小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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愛憎の船 バンケイ峰号4

投稿者: ahoahoahochann7 投稿日時: 2003/08/22 22:00 投稿番号: [83235 / 232612]
第3回 検査態勢 (2003年08月12日掲載)
「政治圧力」で骨抜きに
乗船者チェックほぼ皆無
  1971年初夏、新潟港。再開した帰還事業の「復活第2船」を、当時法務省
幹部だった男性(75)=都内在住=は、緊張した面持ちで見つめていた。乗船
者の厳重なチェックを初めて実施しようという決意を固めていた。万景峰号
の入港問題で揺れる今、男性は当時の秘められたエピソードについて、重い
口を開いた。

   ■    □    ■   

  「野放しに近かった」。男性は、帰還事業以来、新潟港での検査態勢につ
いてこう言い切る。

  59年に始まった帰還事業は帰国する在日朝鮮人の減少を理由にいったん67
年に終了したが、要望の高まりを受けて71年2月、再開が決まった。

  5月の「復活第1船」は、乗船者チェックはほとんどなかった。そこで自
民党の一部から「手ぬるすぎる」との指摘を受けた法務省は、第2船からの
チェック強化を図った。当時本省幹部だった男性や係官40人を急きょ新潟へ
派遣した。

  このとき強化策として、乗船者には外国人登録証の提示を促す厳格姿勢で
臨む方針だった。「不提示」の現行犯逮捕も視野に入れ、新潟に着くと、県
警など関係者の協力を取り付け、万全の態勢を整えていた。

  「その話は待ってくれ」。突然本省から連絡が入った。「登録証」ではな
く、事前に氏名や年齢、住所を記入するだけでいい「訪船券」方式への変更
命令だった。

  この券を見せるだけで簡単に乗船、下船ができる。「年齢や外見が似てい
れば、本人かどうか確認しようがなかった。こんなやり方では、船内ですり
替わった『工作員』を見破れるはずがない」

  憤る男性とは裏腹に、これが前例となり、訪船券方式が始まった。第5船
以降は男性たち応援部隊も本省へ戻され、現場の職員も減少。チェックシス
テムは事実上、骨抜きにされた。

  後日「圧力があった」と耳打ちされた。「総連(在日本朝鮮人総連合会)
や社会党から『登録証提示は人権侵害だ』と迫られていた」と上司は明かし
た。さらに「政府は何度も廃案になっている懸案の『出入国管理法案』を通
過させることに必死な時期で『今、野党との間で波風を起こすのは得策でな
い』との政治判断をしたらしい」とも知らされた。

  男性は「その場しのぎの政治に、ほんろうされてしまった」と振り返る。
同時に現在、弁護士としての立場から今の風潮に危うさも感じる。「万景峰
号の入港検査を厳格にやるのは当然のことだが、まず入港阻止ありきとは違
う。世論も政治も、あまりにも極端に左から右へとぶれすぎる。もっと冷静
にならなければ」
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