なぜ外務省は日本人に対して冷淡なのか
投稿者: remember140917 投稿日時: 2003/06/01 12:51 投稿番号: [72394 / 232612]
その一義的な理由は、外務省内の派閥が、これまでチャイナスクールについて述べてきたように、外国と癒着することによって自己の出世を図っているからである。
しかし、もう一つ重大な理由がある。
それは、外務省が実質的に世襲制に近い状況にあったからである。
平成13年に廃止されるまで、外務省には外交官試験というのがあった。
これは、通常の国家公務員が、人事院の所管する国家公務員試験に合格しなければならないのに対し、外務省のみが保有していた制度なのである。
外交官だけは、外務省が実施するこの外交官試験により内部で採否が決められていたのであり、情実が働く余地は十分あったのである。
外務省には、「本野」、「青木」、「東郷」などに代表される名家がある。
「青木」の当主は、ペルー大使公邸人質事件で有名になった青木盛久であり、「東郷」の当主は鈴木宗男事件で免職された東郷和彦であり、いずれもみなさんもよくご存知であろう。
文芸春秋6月号では、「日本支配
官僚閨閥図」という記事が掲載されており、この投稿もその記事に多くの部分を依っているのであるが、私は外務省の箇所を読んで心底気分が悪くなるとともに、なぜ外務省がこれほどまでに一般の日本人の運命に対して冷淡なのか、さらに理解が深まったのである。
世襲制に近い状態になっていれば、まず特権階級的な意識が働き、一般庶民などどうでもいい存在に思えるであろうということ。
そして、世襲制であれば、自己の身を犠牲にしても日本の国益や日本人の保護のために現地政府とトラブルを起こそうなどという気概が働かないであろうということ。
これらのことから、外務省に巣くう多くの外交官にとって、一般の日本人など、路傍の石ころ並にしか見えないのだと思う。
我々は、チャイナスクールのエースと呼ばれた槇田駐シンガポール大使のあの一言を決して忘れてはならない。
「たかが11人のために、日朝国交正常化が止まってもいいのか。」
槇田自体は、世襲ではないようだが、この一言が、外務省というものの一般の日本人に対する意識を何よりも劇的に表現しているのだ。
これは メッセージ 72393 (remember140917 さん)への返信です.
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