Re: 田母神俊雄航空幕僚長の論文②
投稿者: shinzerosen01 投稿日時: 2008/11/11 21:39 投稿番号: [231583 / 232612]
>原爆投下にしろ、東京を始めとする日本各地の民間人を巻き添えにした無差別大量殺戮という、人類に対する罪深い米国の行動に対して日本人は正面から取り組むことなく、日本軍部が大国と戦いをしたことがいけなかった、すべて日本人が悪いのだ、としてきたからではないか。
ベトナム戦争での枯葉剤散布やイラクやアフガンでの劣化ウラン弾の使用はアメリカの作戦目的を最も効果的に遂行するための戦術、手段であって、奇形児や発ガン率の増加などは単なる結果でしかなく、それに対してアメリカはいかなる責任を負うものではありません。原爆投下、東京大空襲などの無差別じゅうたん爆撃も同じです。戦争による惨禍の責任は敗戦国、当事国が負うものであって、その責任を対戦国に問うことはできません。
国家が他国の戦争の非人間性を問うことはできません。それは国家は戦争に勝つためには手段を選ばず、いかなる残虐な方法をもとるものであるからで、この点は日本も決して例外ではありません(韓国が日本にいつまでも謝罪を求め、賠償を要求するのも、あの国が戦争に勝ったことがなく、勝つためにはどのような手段をも使うものだということを知らず国家は謝罪するものではないという事を知らないからでしょう。日本が謝罪し続けるのも大問題ですが)
戦争手段の残虐性を非難したり戦争惨禍の責任を追求するいわゆる平和団体というものがあり、世界中にその種の団体はあります。人権団体、左翼とも関係を持ち自虐史観を撒き散らす温床ともなっている。
本当の戦争被災者の立場に立った歴史は(そういうものがあるとして)、自虐史観とはまったく別のものである。私の記憶に強く残る特別攻撃隊の兵として、植村正久という方があります。「素子よ・・・」で始まる有名な遺書を残された方ですが、素子さんは還暦を越えたばかりで存命のはずであり、この方も戦争の被害者です。この方はいわゆる自虐史観にも田母神氏の史観にも決して首を縦に振ることはないでしょう。ご自身の夫が命をかけた戦争を悪と断じられたり、非難されることは断じて認められない。
こうした方々の立場に立った戦争史もありうるはずですが、それは途方もなく困難だと思います。それが書かれ日本人の共通の記憶に定着して、自虐史観の克服が可能になるし、日本が真の平和国家として、アメリカにも他の国にもその戦争の残虐性や非人道性を非難することができると思います。(こうした主張が可能な完璧な国家などありうるはずがなく、日本が真の平和国家となることはないと思いますしその必要もないとは思いますが)
これは メッセージ 231581 (shinzerosen01 さん)への返信です.
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