①/遅>kitaguniniakogarete さん
投稿者: nanking_victory1937 投稿日時: 2007/09/12 06:32 投稿番号: [230721 / 232612]
>遅いレスになり申し訳ございません。
こちらも遅れました。
申し訳ございません。
...
>少なくとも拉致を解決し、政府(首相)は
方々の国を守るために
殉じた思いに応えなくてはならない。
これらを放置した現状では、
方々が国を守ろうとした思いに対して…
何の『鎮魂』にもならないのではないかという
思いなのです。
国民の生命(主権)を守れない現政府の首相に
命を賭けて国民の生命を守ろうとした英霊の方々に
参拝する資格はない。
故に参拝しても
「方々の思いに応えること」にはならない。
「鎮魂」にはならない。
という事でしょうか?
仰しゃる意味は解かりました。
>鎮魂へのアプローチの仕方の相違だと思います。
その通りだと思います。
では、何故アプローチの仕方が違うのか?
>英霊の方々が守ろうとした思いに応える事
>>彼らの思いを心に照らし「祈りを捧げること」
その相違の根本は、
あなたと私が認識する「英霊の思い」が
全く違っているからだと思います。
>国の施策によって寿命を削り
>天寿を全う出来ず…恐怖と苦痛の中で
この文章のニュアンスからあなたは
「英霊たちは戦前の日本政府による施策の犠牲者」
と捉えられている様に私は感じます。
そして拉致被害者も現政府による
何ら打つ手のない施策の犠牲者。
「政府=国民の生命を粗末にする罪、国民=その犠牲者」
この構図で
戦前の政府と現政府、英霊たちと拉致被害者を
同一視されているのではないでしょうか?
そして日本政府は戦前の兵士たちに対する罪を
拉致問題未解決という形で平成の今、
再び繰り返している。
故に、拉致問題を解決させない限り、
日本政府は戦前の施策の罪を
反省した事にも、償った事にもならない。
その憤りが、
>その誓いが守れないうちは…英霊の前に立つべきではない。
>主権=生命・財産を守れきれていない状況では
英霊の方々に「会わせる顔がない」と自制すべき
という考えに至るのではないかと思われます。
私には
あなたの考える「英霊の方々の思い」にはどうしても
「政府の施策の犠牲者」という悲惨なイメージが付着し
「英霊たちの思いに応える事」の中に
彼らの
「もう二度と我々が被った悲劇を繰り返してくれるな」
という思いに応える事という
意味合いが在るように捉えられてしまいます。
しかし
そうなるとどうしても私には
合点が行かなくなるのです。
もしあなたがそのように思われているのなら
それは決して英霊たちの本当の思いではないでしょう。
英霊になられた方々がこの世に別れを告げる間際、
国家に対し、家族に対し、国民に対し、
どういう心情にあったのか?
人間として生を受けた以上、どんな人間でも命は惜しい。
愛する故郷、愛する親、愛する家族に
二度と生きて会う事が出来ない、
その現実を受け入れる事の無念は
どの兵士であろうとも辛い。
そんな事は私がここで言うまでも無い事です。
しかし
そこを越えて「死」を決断した精神を支えたもの〜
それは国家に対する忠誠心であり名誉であり
更にその心の奥に在るものは、
自分達の日本=故郷・親、家族を「必ず守る」という
『愛』ではなかったのでしょうか?
・・・
「父様、母様は日本一の父様母様であることを信じます。
お正月になったら
軍服の前に沢山御馳走をあげて下さい。
雑煮餅が一番好きです。〜
幸光の戦死の報を知っても決して泣いてはなりません。
靖国で待っています。きっと来てくださるでせうね。
本日恩賜のお酒を戴き感激の極みです。
敵がすぐ前に来ました。
私がやらなければ父様母様が死んでしまふ。
否日本国が大変な事になる。
幸光は誰にも負けずきっとやります。」
「千鶴子、オマエの父は、
今、靖国神社で千鶴子の元気な姿を見下ろしている。
しっかり勉強してお父さんを喜ばせてください。
お父さんに会いたくば、靖国神社に来なさい。」
「あヽ、再び帰る事のない懐かしい
故郷の歌声が聞こえて来るようです。
あの山、あの川、あの小道、
懐かしい思い出ばかりです。
暁も日本帝国海軍軍人として
立派に最後を飾る所存です。御安心下さい。
何れ靖国神社のお社でお会い出来ることを
楽しみに致しております。」
〜「英霊の言乃葉」より
<続く>
・・・
こちらも遅れました。
申し訳ございません。
...
>少なくとも拉致を解決し、政府(首相)は
方々の国を守るために
殉じた思いに応えなくてはならない。
これらを放置した現状では、
方々が国を守ろうとした思いに対して…
何の『鎮魂』にもならないのではないかという
思いなのです。
国民の生命(主権)を守れない現政府の首相に
命を賭けて国民の生命を守ろうとした英霊の方々に
参拝する資格はない。
故に参拝しても
「方々の思いに応えること」にはならない。
「鎮魂」にはならない。
という事でしょうか?
仰しゃる意味は解かりました。
>鎮魂へのアプローチの仕方の相違だと思います。
その通りだと思います。
では、何故アプローチの仕方が違うのか?
>英霊の方々が守ろうとした思いに応える事
>>彼らの思いを心に照らし「祈りを捧げること」
その相違の根本は、
あなたと私が認識する「英霊の思い」が
全く違っているからだと思います。
>国の施策によって寿命を削り
>天寿を全う出来ず…恐怖と苦痛の中で
この文章のニュアンスからあなたは
「英霊たちは戦前の日本政府による施策の犠牲者」
と捉えられている様に私は感じます。
そして拉致被害者も現政府による
何ら打つ手のない施策の犠牲者。
「政府=国民の生命を粗末にする罪、国民=その犠牲者」
この構図で
戦前の政府と現政府、英霊たちと拉致被害者を
同一視されているのではないでしょうか?
そして日本政府は戦前の兵士たちに対する罪を
拉致問題未解決という形で平成の今、
再び繰り返している。
故に、拉致問題を解決させない限り、
日本政府は戦前の施策の罪を
反省した事にも、償った事にもならない。
その憤りが、
>その誓いが守れないうちは…英霊の前に立つべきではない。
>主権=生命・財産を守れきれていない状況では
英霊の方々に「会わせる顔がない」と自制すべき
という考えに至るのではないかと思われます。
私には
あなたの考える「英霊の方々の思い」にはどうしても
「政府の施策の犠牲者」という悲惨なイメージが付着し
「英霊たちの思いに応える事」の中に
彼らの
「もう二度と我々が被った悲劇を繰り返してくれるな」
という思いに応える事という
意味合いが在るように捉えられてしまいます。
しかし
そうなるとどうしても私には
合点が行かなくなるのです。
もしあなたがそのように思われているのなら
それは決して英霊たちの本当の思いではないでしょう。
英霊になられた方々がこの世に別れを告げる間際、
国家に対し、家族に対し、国民に対し、
どういう心情にあったのか?
人間として生を受けた以上、どんな人間でも命は惜しい。
愛する故郷、愛する親、愛する家族に
二度と生きて会う事が出来ない、
その現実を受け入れる事の無念は
どの兵士であろうとも辛い。
そんな事は私がここで言うまでも無い事です。
しかし
そこを越えて「死」を決断した精神を支えたもの〜
それは国家に対する忠誠心であり名誉であり
更にその心の奥に在るものは、
自分達の日本=故郷・親、家族を「必ず守る」という
『愛』ではなかったのでしょうか?
・・・
「父様、母様は日本一の父様母様であることを信じます。
お正月になったら
軍服の前に沢山御馳走をあげて下さい。
雑煮餅が一番好きです。〜
幸光の戦死の報を知っても決して泣いてはなりません。
靖国で待っています。きっと来てくださるでせうね。
本日恩賜のお酒を戴き感激の極みです。
敵がすぐ前に来ました。
私がやらなければ父様母様が死んでしまふ。
否日本国が大変な事になる。
幸光は誰にも負けずきっとやります。」
「千鶴子、オマエの父は、
今、靖国神社で千鶴子の元気な姿を見下ろしている。
しっかり勉強してお父さんを喜ばせてください。
お父さんに会いたくば、靖国神社に来なさい。」
「あヽ、再び帰る事のない懐かしい
故郷の歌声が聞こえて来るようです。
あの山、あの川、あの小道、
懐かしい思い出ばかりです。
暁も日本帝国海軍軍人として
立派に最後を飾る所存です。御安心下さい。
何れ靖国神社のお社でお会い出来ることを
楽しみに致しております。」
〜「英霊の言乃葉」より
<続く>
・・・
これは メッセージ 230703 (kitaguniniakogarete さん)への返信です.