Re: 朝日に匂う櫻花
投稿者: shinzerosen01 投稿日時: 2007/01/27 17:44 投稿番号: [230143 / 232612]
返信が遅れました。また、長大なレスを戴きありがとうございます。
>自由主義、個人主義、さらには理想主義を志向する白樺派の運動は、
>日本人の家意識、すなわち家において維持されてきた武家的倫理が前時代的な意識を否定した、
>そこに日本人の倫理に空白が生じ、
>そこに軍部が統帥権干犯によって自己の権力を聖域化させ、独走してしまった
>と言う風に理解してもよいですか。
まず、私の一番の関心は、日露戦争と第二次大戦前の政治軍事指導者になぜあれほどの落差が生まれたのか、なぜあんなにまで劣化してしまったのか(と、あえて言いますが)、その大きな理由が武家の伝統的な倫理の消滅にあるのではないか、ということです。武家の伝統的倫理とは、藩にあっては幕府による取り潰し、武家にあっては断絶、切腹という形で最終責任をとる所から生まれる峻厳なる倫理観、公というものに対する厳格な忠誠、といったものです。明治維新で武士は消滅したものの、日露戦争は政治軍事指導者がほぼこの峻厳な武家のエトスを共有しており、明治という時代そのものがそうだったと思います。
白樺派は学習院の文学サロンから生まれた作家集団ですが、【学習院院長であった乃木希典が体現する武士像や明治の精神】へ反発し、【さらには漢詩や俳諧などの東洋の文芸に関しても前世代より無知であり、雅号・俳号の類を用いなかった。】(ウィキペディア)とあるように、明治国家を築いた父親の世代を真っ向から否定しました。彼らが特別浮世離れした階層であったわけではなく、戦争を経て世界の一等国となったという自負、父親の世代への反感など当時の日本人が持っていた意識を代弁していた面もあったと思います。日本人が古いものを否定し、新しいものを欲しがるのは今に始まった事ではありません。
軍が暴走を始めるきっかけが統帥権の曲解にあったのは間違いありません。さらに5・15、2.26などのクーデターで軍は政治を掌握し、重大な軍規違反であるにもかかわらず限られた範囲の処罰で済まされてしまいます。軍はシナ大陸で、満州で数多くの軍規、法令違反を繰り返しますが、誰も処罰される事はなかった。明治には考えられない事です。これは明治の政治軍事指導者にあった厳格な倫理観、公に対する厳粛な忠誠が、昭和の軍人には消滅してしまったことを示し、それは武士の伝統の消滅と期を一にしたのであろうと考えるわけです。
さらに、彼らと大戦時の指導者との決定的な違いは漢学の素養の有無にあるのではないかと考えています。武家の教養である漢学は、詩文、文学というよりも、政治学、軍事学です。我が身を修め国に及ぶという国家統治の学問を幼少の頃から修め、その理念を生きることが使命だった武士の倫理とそれを担う階層の消滅が政治家、軍人の倫理、公に対する忠誠を失わせて、その結果昭和の混乱と破滅を招いた遠因と思っています。
>自由主義、個人主義、さらには理想主義を志向する白樺派の運動は、
>日本人の家意識、すなわち家において維持されてきた武家的倫理が前時代的な意識を否定した、
>そこに日本人の倫理に空白が生じ、
>そこに軍部が統帥権干犯によって自己の権力を聖域化させ、独走してしまった
>と言う風に理解してもよいですか。
まず、私の一番の関心は、日露戦争と第二次大戦前の政治軍事指導者になぜあれほどの落差が生まれたのか、なぜあんなにまで劣化してしまったのか(と、あえて言いますが)、その大きな理由が武家の伝統的な倫理の消滅にあるのではないか、ということです。武家の伝統的倫理とは、藩にあっては幕府による取り潰し、武家にあっては断絶、切腹という形で最終責任をとる所から生まれる峻厳なる倫理観、公というものに対する厳格な忠誠、といったものです。明治維新で武士は消滅したものの、日露戦争は政治軍事指導者がほぼこの峻厳な武家のエトスを共有しており、明治という時代そのものがそうだったと思います。
白樺派は学習院の文学サロンから生まれた作家集団ですが、【学習院院長であった乃木希典が体現する武士像や明治の精神】へ反発し、【さらには漢詩や俳諧などの東洋の文芸に関しても前世代より無知であり、雅号・俳号の類を用いなかった。】(ウィキペディア)とあるように、明治国家を築いた父親の世代を真っ向から否定しました。彼らが特別浮世離れした階層であったわけではなく、戦争を経て世界の一等国となったという自負、父親の世代への反感など当時の日本人が持っていた意識を代弁していた面もあったと思います。日本人が古いものを否定し、新しいものを欲しがるのは今に始まった事ではありません。
軍が暴走を始めるきっかけが統帥権の曲解にあったのは間違いありません。さらに5・15、2.26などのクーデターで軍は政治を掌握し、重大な軍規違反であるにもかかわらず限られた範囲の処罰で済まされてしまいます。軍はシナ大陸で、満州で数多くの軍規、法令違反を繰り返しますが、誰も処罰される事はなかった。明治には考えられない事です。これは明治の政治軍事指導者にあった厳格な倫理観、公に対する厳粛な忠誠が、昭和の軍人には消滅してしまったことを示し、それは武士の伝統の消滅と期を一にしたのであろうと考えるわけです。
さらに、彼らと大戦時の指導者との決定的な違いは漢学の素養の有無にあるのではないかと考えています。武家の教養である漢学は、詩文、文学というよりも、政治学、軍事学です。我が身を修め国に及ぶという国家統治の学問を幼少の頃から修め、その理念を生きることが使命だった武士の倫理とそれを担う階層の消滅が政治家、軍人の倫理、公に対する忠誠を失わせて、その結果昭和の混乱と破滅を招いた遠因と思っています。
これは メッセージ 230136 (komash0427 さん)への返信です.