小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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Re: 朝日に匂う櫻花

投稿者: shinzerosen01 投稿日時: 2007/01/27 17:48 投稿番号: [230144 / 232612]
>日本以外の東アジア諸国やほかのアジア諸国さらには欧州においてこれほど近代化を進める条件にめぐまれた国は数えるほどしかないように思えます(都合の良い面ばかりをチョイスしているかもしれませんが)。

近代化とは何を称して近代化というかいろいろな見方があろうかと思いますが、大体は国民国家の成立を持って近代化が始まったといえるように思われます。国民国家は国民が主権者となって国家のあり方を決め運営するような国といっていいんでしょうか。そうすると日本は本当の意味で近代化したといえるかどうか疑問なしとしません。明治憲法は欽定憲法です。日本国憲法は占領軍が国民を主権者と決めました、日本人が自ら主権者が国民と決めたわけではありません。しかし日本が国民国家として出発するような条件は江戸時代既に十分備えていたといえると思います。

国民が主権者として国を治めるのに一番重要な条件は国民が強大な権力や厳格な宗教的戒律から自由であることです。国民の思考や生活がイスラムやインドのように宗教的戒律によって支配されていたり、北朝鮮や軍事政権のような強大な権力が支配するような国は国民国家とはいいません。西欧の場合宗教改革により宗教から解放され、民主革命により強大な権力から解放されたといえるのではないでしょうか。

日本の場合宗教的戒律が国民を支配していたという時代はありませんでした。平安仏教に一部見られるだけでしょうか。鎌倉仏教が本来の仏教を世俗化させ日本人に広まりました。この現象を日本における宗教革命とする見方もあると聞いたように思います。長い歴史から見ても、日本人の多くは厳格な宗教的戒律からも強大な権力からも自由であったのではないでしょうか。

印象画家が日本の浮世絵に親近感を持ったのは、その世俗性にあったと聞いた事があります。浮世絵に描かれるのは江戸時代の日本の風景です。絵の中には人間や自然を超えた超越的な存在は描かれていません。印象画家も同じです。

国民国家の基盤である自由な市民層が西欧では宗教改革と市民革命によって成立し、日本では、庶民は権力支配から比較的自由であったために西欧の市民層らしきものが存在しえたのであろうと思います。(これは日本の場合、天皇制度の存在と密接な関係があったのではないかと思います。天皇が権力を将軍に委任して行使させる形を取ったために、シナや朝鮮のように庶民を皇帝が直接支配する強大な支配構造にならなかったのではないか、ということです)

>近代化の契機は強いられたものですが、伝統的価値の破棄は他国に強いられたものではなく、葛藤しながら自分たちが進んで行ってきた、と言えないでしょうか。

近代化と伝統の破棄は一体のものですが、西欧の場合伝統の破棄は日本ほど激しいものではないように思います。近代化が民族性に根ざしたものである分必然的なものだったではないかと思いますが、日本は、民族性が西欧とは全く違います。

伝統は目に見えない精神的な伝統もあるでしょうが、多くは形のあるもの、システムとして代々継続されていくもののように思います。武家の消滅と共に武士の伝統も消滅しました。戦前の家父長制度が夫婦単位の家族制度に変わって、日本から家父長が消え、家督制度も消えていきました。

伝統的な家が消滅した結果、家庭の崩壊が進んでいる。親が子を橋の上から突き落とし子が親をバットで殴り殺し、兄弟姉妹が殺しあって遺体を切り刻む時代になりました。年金を妻が離婚しても半分もらえるようになるそうですが、そうなると夫婦もやがては消滅するかもしれません。

開国直後日本を訪れた外国人が夢の国、おとぎの国と讃えた日本が、かくも無様に変わり果てた事に慨嘆を禁じ得ません
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