一夫一婦主義を宣言した天皇
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/12/01 00:20 投稿番号: [223822 / 232612]
大正天皇が妃の節子と結婚したのは明治33年で、その2年前から、日本に一夫一婦制を確立した民法典が施行されていたため、大正天皇も一夫一婦主義を宣言し、側室を置かないことにした。置かなくても、妃が多産であったため、血統が途絶える心配があるとは誰も考えなかった。
昭和天皇もまた、香淳皇后との結婚(1924年)にあたって、一夫一婦で行くと宣言し、側室を置かなかった。ほどなくして、男子が2人生まれた(平成天皇と常陸宮)ため、このときも血統が絶えることを心配する人はいなかった。
このとき男子がすぐに生まれなくても、昭和天皇には弟宮が3人もおり、そのうちの三笠宮はすでに男の子供(寛仁親王)を作っていたから、将来、男系相続困難になるなどとは誰も考えていなかったのである。
しかし、それからこれだけの時間がたってみると、系図を見るとすぐにわかるが、天皇家は、男子がいかにも少なく、男子が生まれても、その子供の代までいくと女子ばかりという女系家族の典型で、男系男子にこだわっていては、皇統断絶の日が目の前に迫っていることは、一目で明らかである。
天皇制をやめてしまおうというなら話は別だが、天皇制をつづけるというなら、ここはどうしても、女性天皇、女系天皇の容認に踏み切らざるをえない、というのが、有識者会議の報告書のエッセンスである。それは事実問題としてその通りだと思う。
象徴天皇のあり方は国民の総意に基づくべき
天皇に関する議論は、すべて、日本国憲法第1条の、
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の在する日本国民の総意に基く」
の規定に基づいて考えられるべきだと思う。
要するに、大事なのは、国民の総意であって、それ以外の要素に対する総意ではない。この世の中には、天皇制の廃絶をとなえる人もいることはいるが、いまだかつて、その意見が「国民の総意」に近づいたことは一度としてない。
女性天皇、女系天皇の容認もそれと同じだと思う。国民の大多数がそれを容認する立場にあることは動かないと思う。第一、人口の半分にあたる女性がほとんど全部それを支持するだろう。
そもそも天皇という存在は、歴史的にいって、政治における女性原理の側に立つものであって、男性原理の側に立つものではない。
何をいいたいのかというと、歴史において、明治天皇、後醍醐天皇、後鳥羽上皇、神武天皇など、自ら武人として軍を率いて闘ったマッチョな天皇もいるにはいたが、ほとんどの天皇は、戦場に出ることなど全くない宗教的、政治的、文化的天皇として終始した。
これからの時代、マッチョな武人天皇は全く必要とされない。憲法によって、天皇は政治に関与することが禁じられているから、政治的天皇も必要ではない。宗教的存在としても、天皇家の伝統を守る行為としての宗教的行いをとり行うことは許されているが、それ以上の宗教行為は、やはり憲法上許されていない。
昭和天皇もまた、香淳皇后との結婚(1924年)にあたって、一夫一婦で行くと宣言し、側室を置かなかった。ほどなくして、男子が2人生まれた(平成天皇と常陸宮)ため、このときも血統が絶えることを心配する人はいなかった。
このとき男子がすぐに生まれなくても、昭和天皇には弟宮が3人もおり、そのうちの三笠宮はすでに男の子供(寛仁親王)を作っていたから、将来、男系相続困難になるなどとは誰も考えていなかったのである。
しかし、それからこれだけの時間がたってみると、系図を見るとすぐにわかるが、天皇家は、男子がいかにも少なく、男子が生まれても、その子供の代までいくと女子ばかりという女系家族の典型で、男系男子にこだわっていては、皇統断絶の日が目の前に迫っていることは、一目で明らかである。
天皇制をやめてしまおうというなら話は別だが、天皇制をつづけるというなら、ここはどうしても、女性天皇、女系天皇の容認に踏み切らざるをえない、というのが、有識者会議の報告書のエッセンスである。それは事実問題としてその通りだと思う。
象徴天皇のあり方は国民の総意に基づくべき
天皇に関する議論は、すべて、日本国憲法第1条の、
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の在する日本国民の総意に基く」
の規定に基づいて考えられるべきだと思う。
要するに、大事なのは、国民の総意であって、それ以外の要素に対する総意ではない。この世の中には、天皇制の廃絶をとなえる人もいることはいるが、いまだかつて、その意見が「国民の総意」に近づいたことは一度としてない。
女性天皇、女系天皇の容認もそれと同じだと思う。国民の大多数がそれを容認する立場にあることは動かないと思う。第一、人口の半分にあたる女性がほとんど全部それを支持するだろう。
そもそも天皇という存在は、歴史的にいって、政治における女性原理の側に立つものであって、男性原理の側に立つものではない。
何をいいたいのかというと、歴史において、明治天皇、後醍醐天皇、後鳥羽上皇、神武天皇など、自ら武人として軍を率いて闘ったマッチョな天皇もいるにはいたが、ほとんどの天皇は、戦場に出ることなど全くない宗教的、政治的、文化的天皇として終始した。
これからの時代、マッチョな武人天皇は全く必要とされない。憲法によって、天皇は政治に関与することが禁じられているから、政治的天皇も必要ではない。宗教的存在としても、天皇家の伝統を守る行為としての宗教的行いをとり行うことは許されているが、それ以上の宗教行為は、やはり憲法上許されていない。
これは メッセージ 223821 (hangyosyufu さん)への返信です.