kuecoeさん
投稿者: kisimenjp 投稿日時: 2005/07/22 21:56 投稿番号: [209278 / 232612]
綴られた書物に浮かぶうたかたをあれやこれやと眺めせしまに
しかし何だね、私は読まなかった本、君は読んだ本、違うお方が読んだ書評。
それを論じるにはいささか無理がある。
多分本とは作家の生きた証でありそれを世に問いかけるのが作品だと思う。
普通の社会でも同じ人間が見る人によって評価が分かれ生き方によって
感じ方も変わる。
それを一つの答えも持って正誤の判断とするのは如何なものかと成る。
>本書が出版されたのは、1948年であって、著者がGHQで働いた米国人の歴史家で、出版対象は米国人です。
この判断を何回も語られるが、それは一つの前提であって作品の価値とは無関係だ。
「ダグラス・マッカーサーが日本での翻訳出版を禁じた衝撃の書。」ってのもあったね。
当然我が国に関係した事柄が書かれ、アメリカの占領統治にとって不都合な内容だったと。
それにも関わらず、「負けを認め一言の文句も言わず戦後復興に努力してきた」と
書評された方がお感じになっても何の不都合もない。
むしろ其処に不適切を感じるとしたなら、「アメリカ占領政策の欺瞞性」
に抵抗したなら良かったと君が思う事になる。
またはあの本によってアメリカ世論が動き別の占領政策に変わる事を望むと取れる。
しかし時は流れ今もって原爆投下の正当性を変えないアメリカの権力とは
あの時と同じ性質のモノと思いませんか?
>(C)については、もはやレビューではありません。「
紹介されたページにあった書評ですよ。
その後何人かの別の書評が書き加えられていた。
本に洗脳されず、独自の判断を書かれているだけだがそれが許されるのも読書であり
本を買った特権でもある。
>アメリカが日本を鏡にして反省するのは
>勝手だが日本史を同じレベルにまで貶めるべきではない.
この部分に致命的な言葉を感じるとしたなら、アメリカによる日本の見方が
正しい日本史である、となってしまうよ。
>レビューとしては、極めて不適切なものだといえるのです。
評論に適、不適があるの?
掲示板もその一種だ、不適切ではなくて君の評論は違うとしたほうが
傲慢でなくなる。
小泉首相のポチ評論を受け入れたくないから傲慢になるのだろう。
そんなもの自衛隊派遣を見れば一目瞭然だよ。
これは メッセージ 209265 (kuecoe さん)への返信です.
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