●拉致問題と植民地問題は別問題●
投稿者: chiisana_pen 投稿日時: 2002/11/08 06:03 投稿番号: [18604 / 232612]
●北朝鮮は拉致問題に植民地問題を絡めて交渉をしようとしている。
お粗末な戦術だ。
日本のマスコミの一部の人も、拉致問題を話している時に、拉致問題を解決して植民地問題の補償もきちんとしないといけないですね、などと拉致問題と日韓併合を一緒にして語っている。
どこかの国と違って日本は自由の国だから何を言っても構わないが、頓珍漢な事を言ってはいけない。
拉致問題は現代社会で起きた明白な国際的誘拐犯罪だ。国家組織が犯人だ。
しかも、北朝鮮は犯罪を認めている。
あとは、現在北朝鮮にいる拉致被害者とその家族を全員帰して、拉致被害者や家族が満足する補償金を支払えばいいのである。さらに実行犯を全員日本に引き渡して完了だ。
現代で起きた誘拐という犯罪と100年前の日韓併合と何の関係が有るのか。
日韓併合が有ったから拉致事件が歴史的必然として起きたのか。
起きた時代が全然違う。年月が70年ほど離れている。関連もなければ因果関係もない。拉致問題と日韓併合を同じテーブルで話し合う事自体がおかしい。
2、3分ほどの会話の中に、拉致問題という言葉と日韓併合、植民地補償金という言葉が一緒になって出てくる事は非常におかしい。
それに比べて日韓併合問題や植民地問題は大きな問題だ。帝国主義や思想、歴史観が絡んでくる。
規模も金額も非常に莫大で複雑である。
すでに、北朝鮮の犯罪と分かっていて金総書記が謝罪している拉致問題をさらに絡めて話し合うような問題ではない。
また、国交回復交渉も日韓併合や植民地問題の歴史的解釈の結論を出す席でもない。
ミサイル、核兵器問題を解決して国交を回復しましょうという交渉なのだ。
その後に経済援助をすると決まっているのだ。
日本と北朝鮮の外交官が歴史学者となって韓国併合、植民地問題、帝国主義について学説を出し合う席ではない。
拉致問題は国交回復とも関係がない。
国交回復前に何十人も拉致されて連れて行かれている。
国交回復が北朝鮮と日本の間で人間を運ぶ為の必要条件ではない。
逆のルートで送り返せばいい事だ。もちろん、もう少し立派な客船を使わないといけない。
国交回復前に起きた事件だから、国交回復前に解決するのが当然だ。
そういった認識を双方、特に北朝鮮は持つべきだ。
北朝鮮は交渉責任者に論理的な思考の出来る人物を置くべきだ。
●日韓併合は複雑で規模が大きい問題だ。
19世紀、20世紀初頭の帝国主義旋風の時代は、自分の国家の中だけでなくて地球規模でも強者が弱者を支配してもいいと考えた時代だった。
どこの国でもナポレオンのように多くの国を占領する強者を英雄と賞賛する時代だった。
それまで、自分の国内で強者が弱者を倒して政権を樹立したのと同じ事を世界中で行っても当然だと思った。
どこの国も世界中に対して、正義と平和と法律理論により英仏のような巨大な軍事力を背景にして他国を支配していくのは、おかしいなどとアピールしていく気持は全然起きなかった。
世界中の国が、他国を軍事力で支配していくのは法と正義の観点から間違っていると、帝国主義を脱して平和理論を完成していったのは、20世紀中盤過ぎからである。
日韓併合がいい事だったという人は現代の日本では誰もいない。
だが、1910年という歴史の線上に立てば、日韓併合が悪い事だと世界中の国を説得できる人はいなかった。
日本の日韓併合や英仏などの植民地支配が世界情勢を的確に判断したいい事だったのか悪い事だったかは別にして、あの時代はそういった時代だったのだ。
日韓併合以降に第一次世界大戦は起こり、ドイツは戦った。仮に強力なドイツ軍がフランスなどを支配しても誰も格別文句を言わない。
強いと思ったドイツは負けた。莫大な損害賠償金を取られた。領土も取られた。
英仏はアジアでのみ弱い国から領土や賠償金を奪ったのではなかった。
ドイツはその事をひどいなどと世界中に訴えたりはしなかった。そんな事を思いつかなかった。
崩壊したドイツはすぐに復興した。
1939年リターン・マッチを始めた。たちまちフランス、ポーランドを占領した。
誰もドイツは法と正義に反しているなどと言わなかった。やがてドイツはヨーロッパを占領して世界中を支配するだろうと予測した。
戦争に参加していない国は、ドイツは強い国だと驚いていただけだ。
日韓併合からすでに29年もたっていたが、まだ、強者が弱者や世界を支配しても当然だと考えていた。
あの時代はそういった時代だったのだ。
つづく。 ( 小さなペン )
※日韓併合や帝国主義がいい事であったと言うのではない。
その当時の世界の事を述
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