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投稿者: east_jungle3 投稿日時: 2004/11/08 07:09 投稿番号: [157495 / 232612]
1970/黄河流域の2里頭に中国の古代王朝・堯・舜帝に続く禹帝が治山・治水に成功して建国→”夏”という大宮殿祉が発見.
"夏"の王国は、中国、周辺国&日本国において、人類普遍の理想国家の原点になっていた。その理想国家である”夏”を慕う思想を”慕夏思想”という。
中国はコロコロ王朝が変遷する歴史ですが、”5帝の時代だけ”は、理想の徳治、儒教の”王の道”が行われる理想の国とされた。
コロコロに反して日本国は建国殿→神武天皇様以来、今日まで、万世一系として、存続しており、これを因として、実は、人類普遍の理想国家”夏”につながる真の理想王朝は、日本国で実現したとする見解ガ派生します。
江戸時代・儒教→官学の主流=”朱子学”は中国製の儒学であり、その朱子学とは決別し、孔子や孟子が説いた”王の道”こそ人類普遍の規範であり、それは日本で実現したとする国粋主義的儒学→日本製・新儒学が登場。
荻生徂徠師は、"孔子の道"="王の道"そしてその"道"こそ"天下を安んずる道"として、朱子学など、過去の儒学の総てに反対して儒学の原点に回帰→それを日本の皇祖・天神と結びつけ→日本的儒学を確立した。
この儒教・原理主義思想が”勤皇思想”に合致することになった。
黄長菀先生は半島日本統治下時代に日本国の天皇制&日本製儒学に強く影響されたという説もあります→本人がどのように仰せかは知りません。
当時のアジアに於ける日本国の強い影響力から思考いたしますと、日本的文化思想→日本儒学は周辺国の産みの親を超えて、その存在感が充分に有り得たと思います。
敗戦後、占領軍により、真の歴史は大層に変えられていると思います。
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これは メッセージ 157413 (sofiansky2003 さん)への返信です.
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