小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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主体思想って4

投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/11/08 05:43 投稿番号: [157483 / 232612]
⑮私たちは社会的運動の主体(社会運動を起こし、推し進めていく物質的存在)を当該社会の社会的存在として見る観点から出発し、1972年9月にはじめて主体思想に関する提議を次のように行った。

「主体思想とは、革命と建設の主人は人民大衆であり、革命と建設を推し進めていく力も人民大衆にあるという思想である。」
「自分の運命の主人は自分自身であり、自分の運命を開拓できる力も自分自身にあるという思想である」
この定義で革命と建設と指摘したのは、当時北朝鮮社会で人間の運命を開拓するための社会的運動一般を革命と建設と表現していたためである。

もし主体思想にかんする定義を一般的な用語を使って表現するならば、
「主体思想とは、社会的運動の主体は人民大衆であり、社会的運動を押し進めていく推進力も人民大衆にあるという思想である」といえる。いいかえれば、
「人間の運命の主人公は人間自身であり、人間の運命を開拓できる力も人間自身にあるという思想である」といえる。

⑯この定義において階級主義思想や首領絶対主義思想を見いだすことはできない。
しかし北朝鮮統治者たちはこの定義を「首領がいてこそ党があり、党があってこそ労働階級があり、労働階級があってこそ人民大衆の運命の主人として人民大衆の運命開拓において決定的役割をはたすという命題へとすりかえた。

北朝鮮統治者たちは、首領の唯一的な思想意志に従って団結した社会が、まさに社会政治的生命体だと主張するようになったが、ひいては、首領は社会政治的生命体の中心をなす脳髄であり、人民は脳髄の指示に従って動く肉体機関と同じであると主張した。
はなはだしくは、首領は桃の種でり、人民大衆は桃の果肉であるとした。
すなわち桃の果肉は種のために存在するという意味である。
結局人民のために首領が必要なのではなく、首領のために人民が必要であるという論理である。

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