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航海

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2007/12/13 12:12 投稿番号: [7 / 402]
ハワイは貿易風がさわやかに島を吹き過ぎ、風通しのいい造りの家々はエアコンなど必要ない。暑いなー、と思っても日陰に入ると一息つけるのである。私もタイ、エジプト、ユカタン半島など、暑さの名所?を旅したことがあるが、それらの地の、上から叩きつけられるような熱波の威圧感はハワイにはない。楽園とされる所以だ。

1968年(明治元年)5月17日(新暦)、帆を張り上げ、碇を巻いた英国籍帆船サイオト号は横浜を午後2時ごろ出港した。
しかし房総沖で黒潮に乗った翌日、船は春の季節風に襲われる。
「強風は3本マストを折れんばかりにし、荒れ狂う怒涛は舷側を噛み、甲板を滝のように洗う。みな生きた心地もなく、唸る声、念仏を唱える声がゴッタに船室に充満した。」
という大変な時化だったらしい。

このとき体調を崩した和吉は回復することなく出帆から20日目に死亡、33才だった。亡骸は帆布に包んで水葬に付された。
一ヶ月余の航海を、移民の一人が簡単な航海日誌にして残している。抜粋してみよう。

閏四月六日   十時ごろより雨降る。大風に相成り又々心配仕し候。長吉,厳禁の煙草を飲み、手錠嵌められ候。
閏四月八日   朝は天気。西南風殊の外寒し。武助、虎吉を召捕り、手錠を嵌められ候。
閏四月十四日   天気。夕の四時頃より船側にあしか沢山に出で候。
閏四月十七日   浜猫という鳥五匹ばかり捕り申候とも相捨て候。
閏四月二十二日   朝は東風、夕方より南風に相成り候。東の方より蒸気船相見え候。
それまでは島山なるもの一切相見えず。
閏四月二十四日   今以て島のようなものは相見えず。長途の航海にて一同の倦怠思うべし。

移民の大半はいわゆる遊び人である。退屈を紛らわすため必然的に花札・丁半博打が盛んになり夜を徹して耽ったりした。また火災を恐れて禁煙は厳禁だったが、破って3人が手錠をかけられている。品行方正とは言いがたい人方ではある。

「また或る日移民の一人がシナ人コックといさかいを起こし熱湯をかけられるという事件が起こった。だまっていては日本人の恥だと、博打組を中心にコック部屋に押しかけた。」
シナ人もアイヤーっと、まな板ほどの中華包丁を構えて立ち向かう。あわや血の雨が降ろうかというとき元締めの富三郎が仲介に入り事なきを得た。

煮え湯をかけたり菜切り包丁を持ち出したり、どうにもシナ人は乱暴だ。
当時のシナはアヘン戦争でプライドを粉砕されたあげくに、西欧人による被支配は既に定着していた。
開国後上海を訪れた明治政府の高官は、白人に奴隷扱いを受け、また、路上で白人に殴打されるシナ人を幾度も目撃、列強の脅威をひしひし感じ国防の意を硬くしたという。
しかし、相手が弱いと計ったらとことん強くなるのはシナ人の変わらぬ特性である。
とまれ、シナ人との確執は日清戦争勃発をハワイで聞いたとき流血を見ることになる。この件は後ほど記す。

閏四月二十五日   西南風烈しく船は南に行く。永々の海上生活、追々病人出づ。
閏四月二十七日   船中段々病人出来候へば大掃除あり。

初の航海は元年者にとって辛いものだった。しかし、ついに、

閏五月一日(陽暦6月19日)この日よりハワイ国ホノルル沖に到着致し候。
ホノルル国王より塩一樽贈られ候。船は桟橋の横に着し安心致し候。
閏五月二日   天気。船の儀は波止場へ小舟にて引き舟相成り候。早速上陸見物いたし候。

34日間の過酷な航海を経て「元年者」は終にハワイの地を踏んだのである。
一人は航海中に死亡したが、妊婦の一人が船中で出産しており、人数的には出発時と到着時で同じだった。
彼らは2週間の休養をもらい、その間自由な上陸を許される。
出で立ちといえば、男は船出前に支給されたそろいの印半纏に股引、船中で髷を落としたので散切り頭である。女は胸もあらわに単を帯でぐるぐる巻き髪は束ねているだけ、
「白人はもとよりハワイ人、中国人から見ても異様に映った。でも地元民はみんな親切でバナナやパパイアなどをもらったものも少なくない。調子付いた者は妙な手振りで疎通を図り相手と友達になるものもいた。」

地元紙は、
「・・彼ら日本人は、一見するに人が好さそうで、元気旺盛のようである。
これら日本帝国の人民達は外国に行ったことがないらしく、物珍しそうに市内を歩き回っていた。彼らは非常に丁寧な人種で、我々の“アロハ”の言葉をすぐおぼえ、“アロハ,アロハ”とすぐ挨拶した。
彼ら日本人は一般に好印象を与え、ハワイ人からも白人からも好意を以って迎え入れられている。現在の観察では優良なる労働者であることが想像できる。」

と「元年者」の印象を伝えた。
しかしこの元気の良い「元年者」は一筋縄ではいかなかった。
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