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怪人 ヴァン・リードというオランダ人

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2007/12/12 12:10 投稿番号: [6 / 402]
「元年者」渡航のプロジューサーはアメリカ国籍を持つオランダ人ヴァン・リードだ。
この漢はとんでもない奴で、後にわが国の総理大臣になる高橋是清をアメリカに連れて行き、奴隷として赤の他人に売ってしまうということをやってのけたのだ。

リードの新聞広告「アメリカへ学問修行交易又は見物遊歴に、渡海被成度ものは随分お世話可申候」にさっそく応募した当時13才の是清は、サンフランシスコのリードの邸宅で3年契約の家僕として働く傍ら勉学に勤しんだ。しかし、そのうちリードは是清を騙して奴隷契約にサインさせ、他人に同じ3年契約で売ってしまったのだ。

リードは1859年に来日し武器貿易や銀相場で瞬く間に巨利を成した人物である。米本土、ハワイ、横浜に邸宅を持ち、徳川幕府に金を貸すほどの大金持ちであった。
この本(行こかメリケン、戻ろかジャパン)では、「ヴァン・リードが高橋を「転売」したのは、高橋から受け取ったアメリカ行きの船賃を着服してしまい、後にその船賃立替を口実として年季奉に売ろうとしたものである。」とだけしか書いていない。
どうもよく分からない文章である。

ともかく稀代の大金持ちが前途有望な外国青年を奴隷労働に売り払ってしまうなど、なんとも理解しがたいものがある。
オランダ人というのは今に至るも極端に性格が悪いが、ユダヤ人の国でもあるし、独特な金銭感覚、日本では強欲というが、そんなセオリーが染み付いた漢だったのであろうか。

彼は横浜山下町に船員相手の売春宿を作ったり、異人館通りの女郎の鑑札を作らしたりと怪しい振る舞いが多いが、一方伊藤博文、大隈重信の明治新政府が京浜鉄道施設資金の融資を、高島嘉右衛門を仲介に頼んだりする大物でもあった。(この融資話は断られている)

「巨体、鉤鼻にくぼんだ青い目で赤毛、しょっちゅう緋ラシャの陣羽織に唐桟のアワセを身にまとい、朱羅宇のキセルで、刻みタバコをプープカ吹かして、・・」
「亜米利加人ウィンリウと申すは商人なり、日本の身振り音色にて交わり至て通人なり」などと記されている。   まさに怪人であろう。

とまれ、牧童や果樹労働などの辛酸を舐めさせられた是清は、旧縁のある亡命仙台藩士の元に逃げ込み、翌年やっと帰国を果たすことができた。まったくフー(嘆息)である。

この漢が企てた初のハワイ移民は紆余曲折を経ることになる。彼が渡航許可を粘り強い交渉の上獲得したのは徳川幕府からであったが、その幕府が出航直前に崩壊してしまったのである。
新政府は、“リードは奴隷として日本人渡航者を売り払うつもりだ“との風評を聞き及んでいて移民許可を出さなかった。

既に公募審査を終えた約150人の日本人移民希望者は6日前から船への乗り込みを開始し、ひたすら出帆を待っていたが、船は動き出さない。
1週間近くも軟禁状態にあった移民者達が騒ぎ出し騒然としてきた。

リードは“国際慣例を無視するものだ”と新政府に猛烈に抗議していたがまったく相手にされない。業を煮やしたリードは無許可のまま出航を強行する。
ともあれ、漸くにして「元年者」は大いなる夢を抱いて異国の地へと旅立ったのである。

実は、18年後から始まる明治新政府の官斡旋移民の対象は貧農村の若者が対象だったが、リードの場合は横浜で一般に人を対称に移民募集を行ったもので、応募してきたものは町人が大半だった。職歴を記してみると江戸時代の職掌が知れて面白い。

左官・瀬戸物焼き・料理人・植木屋・青物渡世・生糸師・煙草切り・桶屋・絵師・紺屋・髪結・仕立屋・魚屋・鍛冶屋・こんにゃく焼き・酒造り職・印刷師・櫛挽き・なめし師・棒屋・箔屋・木挽き、等である。

彼らのほとんどは地方から横浜に出てきた自由人、ある意味遊び人的な階層で、事実彼らのうち数人は地元で「やくざ組織」を作り上げる。

6人の女性はいずれも人妻で、「単衣にぐるぐる巻きの帯をしめ、髪は無造作にたばねていた」とある。   単身赴任者は定めし女不足であっただろう。
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