南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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>>^4「実質勝訴」の謎 #2

投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2005/09/01 16:20 投稿番号: [9921 / 29399]
toitatoiさんの、以前のお尋ね↓の一つにに答えておきます。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4obbvbcb&sid=1143582&mid=5203&thr=5073&cur=5073&dir=d

私>>作者の六車氏は、野田氏と同期の同じ連隊の第1大隊副官と思われますので「百人斬り」のことと考えるのが自然です。

toitatoiさん>六車氏は歌や「100人斬り」について、どのように述べていますか?

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「鎮魂   第3集」(陸軍士官学校四十九期生会発行)「野田大凱の思い出」(1967年)より

北支に上陸してからは、別々の戦場で戦うことが多くほとんど顔を合わせることはなかったが、中支に転じて南京攻略を目前にした一日、南京東部の句容鎮付近で珍しく一日だけ進撃の止まった日があった。聯隊本部へ命令受領に行くと野田君も来ていて、出征以来三ヶ月振りに会った。この時まで私はいつも聯隊本部から離れた第一線にいたので、新聞など見たこともなく、野田少尉と向井少尉との百人斬り競争の噂は知らなかった。戦斗の数は俺の方が多く、敵を斬った数も俺の方が多い筈だがとひそかに思ったものであった。
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ちなみに、野田氏の父親は、「南京城入城前に百人斬り競争を同連隊の向井少尉となし、...」と述べています。

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野田少尉の父親   野田伊勢熊氏が1967年6月、陸軍士官学校49期生会が発行した「鎮魂   第二集」に寄稿した文より

愚息毅は支那事変当時少尉時代京都師団から出征し、南京城入城前に百人斬り競争を同連隊の向井少尉となし、其の活動状況を毎日新聞に盛んに書きたて中央の雑誌等にも書いて国民銃後の志気を鼓舞しました。
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inti-solさんのHP「百人斬り資料集   その2」に掲載されています。
http://andesfolklore.hp.infoseek.co.jp/intisol/hyakunin2.htm
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