Re: 児玉義雄証言 その後
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/21 22:41 投稿番号: [11583 / 29399]
> それで、実際に捕虜(正しくは投降兵)の殺害は行われたのだろうか?
>(No.11520)
>
これだ。
>
そして結局は、「つまり、児玉証言に基づく捕虜虐殺の事実を、答え
>られない」という結論に落ち着く、と。
>
それならそれで別に構わないが。
簡単にいうならば、そういう問題を論じているのではなかった、ということですよ。
そのことは、先の投稿で明示したとおりです。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6af
c0a9oa29ta4obbvbcb&sid=1143582&mid=11531>>
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引用
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>> 『飯沼守日記』
>> 十二月十五日
山田支隊の俘虜東部上元門付近に一万五、六千あり
>>尚増加の見込と、依て取り敢へす16Dに接収せしむ。 (『南京戦史
>>資料集1』P158)
>>
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終わり
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>> 上海派遣軍が、直接、山田支隊に命令を出しています。第13師団から、
>>上海派遣軍直轄に命令系統が変わったからです。
>
これこそが「頓珍漢な発言」と言うべきだろう。
>
飯沼日記に記されている「接収せしむ」が命令だったのか、それとも
>単なるアイデアだったのか確認されていないということは横に置いてお
>く。
飯沼少将の「接収せしむ」という命令が、なぜ、「単なるアイデア」なのでしょうか?
そして、「接収せしむ」と命じたにも関わらず、なぜ、実行されないのでしょうか?
まさしく頓珍漢ですね(笑)。
>
まず第一に、これが命令だったとすれば、命令系統の直線的な上位者
>である上海派遣軍司令部が山田支隊に命令を下すのは異例であっても異
>常ではない。
>
最初から命令権限はあるのだから、この一事をもって山田支隊が司令
>部直轄になったと結論づけることは不可能だ。
異例であり、普通ではないからこそ、そう結論づけることができるのです。
>
第二に、山田支隊の抱えている捕虜を第16師団に接収させたからと
>言って、山田支隊が第16師団の指揮下に入った等ということは言えない。
>
この場合は単に捕虜の受け渡しがあるだけで、以後の処置は第16師
>団の任務となる。
別に第16師団の指揮下に入ったとは言っていません。
捕虜の取り扱いに関する権限が第16師団に移ったのであり、第16師団はこの権限において山田支隊に命令を出していると主張しているのです。
これは メッセージ 11562 (nmwgip さん)への返信です.
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