南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Re: 11歳で強姦しまくった鬼頭久二(仮名

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/11 21:31 投稿番号: [11323 / 29399]
>蒋介石「日本国民に告げる書」


『日本国民に告げる書』は、蒋介石が日本軍による南京市民虐殺を認識していなかった明白な証拠なのだ。

『日本国民に告げる書』で蒋介石は、「八月十三日に上海を進犯す」と述べたが、8月13日に上海を大軍で攻撃したのは蒋介石自身だ。

更に蒋介石は日本軍による毒ガス使用を非難するが、違法毒ガスを使用したのは支那軍であり、『日本国民に告げる書』を発表したほんの少し前の1938年6月20日頃にも支那軍は山西で違法毒ガスを使用し付近の住民を巻き添えにしたばかりだった。

『日本国民に告げる書』は、次に日本軍占領地区における無辜の良民及負傷兵士の大規模殺戮を非難するが、これも事実は全く逆だ。
例えば、日本軍が占領し、支那軍の攻撃から開放された上海には、支那軍が戻って来た南京などから大勢の市民が避難して来たのだ。
そして、日本軍が南京を占領すると、今度は上海などから多くの市民が南京に戻って来て南京の人口は増加に転じたのだ。
支那事変が始まってから、日本軍は半年間で北京などの北支や上海・南京など揚子江流域の大半の主要都市を占領したが、いずれの地域でも日本軍占領前より治安は改善されたのが史実だ。
満州事変以降、年間百万人を超す支那人が満州国へとなだれ込んだ事実だってある。

その次に『日本国民に告げる書』で蒋介石は日本軍による広州などへの爆撃を非難する。
しかし、最も悪質で被害も大きかった爆撃も支那軍による上海の市街地爆撃だった。

上海で戦争を始めたのも、違法毒ガスを使用したのも、支配地(占領地)で暴虐・悪逆の限りを尽くしたのも、爆撃で多大な犠牲者を出したのも、全て蒋介石の支那軍なのに、支那はその都度自分たちの暴虐・悪逆を日本軍の仕業に転嫁して宣伝した。

蒋介石の『日本国民に告げる書』は、国民党や外国人工作員が常日頃から行なっていた嘘・デタラメを羅列する低俗で卑劣な宣伝工作を凝縮したものに過ぎない。

この低俗で卑劣な宣伝文書を読んで、蒋介石が日本軍による南京市民の大規模虐殺を認識していたと言い張る奴は脳タリンだ。
当時の日本国民や支那人や外国人が読んでも誰もそんなことは思わなかった。



>蒋介石日記   1938年1月22日

まず、日記の原文には「殘殺」という言葉が使用されており、蒋介石が「市民大虐殺」について記述するなら日記には「屠殺」とか「大屠殺」と書き込むのが普通であり、「殘殺」という言葉は、南京占領後の便衣兵などの処刑を指しているものと考えられる。
そもそも、蒋介石が日記で日本軍の悪口が書くのは当たり前のことだ。
一体、1月22日頃のどこに虐殺があったと言うのだろうか?
どうして早々と南京を逃げ出した蒋介石がそのような誰も知らないことを知っていて、南京戦を戦った何応欽将軍が大虐殺を全く知らなかったのだろうか?
1938年の2月に顧維鈞が国連で行った演説でも、本当に南京で大虐殺があったと認識していたら誰でもすぐに判るような明らかな嘘や逆宣伝や戦時プロパガンダと一緒に南京のことを演説をする筈がない。
ましてや、その日記の約5ヵ月後、支那事変一周年目の7月7日に発表した『日本国民に告げる書』に「広州などへの爆撃」については述べて、「南京虐殺」については述べなかったのだから認識はなかったのだ。
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