南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Re: 11歳で強姦しまくった鬼頭久二(仮名

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/11 21:30 投稿番号: [11322 / 29399]
>投降兵の殺害も、南京大虐殺の一部ですよ。

正当な投降兵の処分が「南京大虐殺」かい!(ノ∀`)アチャチャチャー


>>故に、戦時法規は一定の条件下において投降の拒否を認
>>めるのである。
>>この見解はオッペンハイムを始め多数の戦時国際法家に
>>支持されている。
>>「投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。
>>第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に
>>対して、
>>第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、
>>第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容
>>すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍
>>自身の安全が危うくされる場合においてである。」
>>(オッペンハイム)

>重要なポイントは、これらの条件に合致することを証明しなければならないことでしょうね。
>残念ですが、当時の日本軍の状況から考えて、この条件に合致するとは言えないと思われますよ。

3つの全てのケースが実際に存在したが、君にも解かる最も簡単なのは、第二の「敵の戦争法規違反に対する報復として」だろう。
日本軍は南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜にして保護したが、支那軍は支那事変8年間で日本兵を一人も捕虜として保護しなかった。
これだけでも、「敵の戦争法規違反に対する報復として」支那軍投降兵の処分は正当化されるだろ。
で、結局、日本軍による南京市民虐殺はなかったことは認めるんだね。
了解。


>>1.支那人犠牲者の名簿   ×なし

>一部が東京裁判や南京軍事法廷に提出されていますね。

一部って何人分の名簿だよ?
で、それは、何時、誰が作成した名簿なの?


>石射猪太郎日記   1938年1月6日
>上海から来信、南京に於ける我軍の暴状を詳報し来る、掠奪、強姦目もあてられぬ惨状とある。嗚呼之が皇軍か」

この石射猪太郎という者は、陸軍に対する個人的な恨みを持っていたようで、彼の464頁もの大著は、日本と支那の関係を「日中」ではなく「中日」と呼称していた程だ。
いわゆる反日外務官僚のさきがけのような者だった。
しかも、「掠奪」「強姦」と書いているが、「虐殺」はないね。( ´∀`)アハハ


>重光葵   1942年1月に南京に赴任した時の回想

1942年ね〜?
1942年の南京には、汪兆銘政府が樹立されており、揉め事があったとは聞いてないなー。
1942年の南京で具体的にどんな事件があったのかな〜?

>ほか岡村寧二中将や、当時陸軍大学に在校していた加茂川幸太郎(戦史研究家)などの証言あり。

当時は、南京安全区国際委員会が自国の新聞記者や友人や領事館に、ありもしなかった日本軍の犯罪を宣伝しまくっていたから、日本の外務省や軍の上層部にそのことが伝わり、その出鱈目宣伝を真に受けてしまった外務省関係者や日本軍関係者がいたんだ。
現地の安全区国際委員会や日本軍憲兵隊などが確認できた虐殺事件は1件もなかったよ。
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