南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: あれ〜、味方を撃っちまったわ!

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/15 14:20 投稿番号: [39878 / 41162]
レデイバード号事件の解決 英艦レデイパード号並に同商船に対する誤射事件に関しては、わが政府より英政府に対し、昭和十二年十二月二十八日付公文をもうて、当時の情勢を説明すると共に陳謝の意を表明、併せて将来の保護に関する我が方の意向を申入れるところあうた。

↑日本軍は正直なんだね、チャンコロが撃ったと言えば良かったのに、嘘吐き君の様には成れなかったんだね、嘘吐く君。

Re: あれ〜、味方を撃っちまったわ!

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/15 14:17 投稿番号: [39877 / 41162]
昭和のことも知りたいの、嘘吐く君。

昭和十五年

(8)広東省韓江上ニ於ケル米人誤射事件

Re: あれ〜、味方を撃っちまったわ!

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/15 13:43 投稿番号: [39876 / 41162]
>軍艦北上誤射ノ件 横須賀鎮守府電話(大正十一年十一月三日午後十時

ふぅ〜ん、大正時代の日本軍って正直だったんだね。
やっぱり、日本軍がうそつきになったのは、昭和になってからだったんだな。(納得)

報復は娑婆の在日が

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/05/15 12:27 投稿番号: [39875 / 41162]
在日fukagawatoheiの日本人に対する悪口雑言への報復は、娑婆の在日達が生身で引き受けさせられることになる。

人間の情として仕方のないことかも知れない。

Re: あれ〜、味方を撃っちまったわ!

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/15 12:07 投稿番号: [39874 / 41162]
軍艦北上誤射ノ件 横須賀鎮守府電話(大正十一年十一月三日午後十時) 本日午後六時四十分伊豆大島東方海面ニ於テ砲校教務ニ依ル夜間応用教練射撃施行中山城ヨリ射撃セル十五珊砲弾一個曳的中ノ北上ノ前部一番砲附近二等機関兵山粼試助即死下士官一名軽傷セリ 右為念通知ス

Re: あれ〜、味方を撃っちまったわ!

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/15 11:32 投稿番号: [39873 / 41162]
>誤射は記録にあるけどね

どの記録?

Re: あれ〜、味方を撃っちまったわ!

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/15 11:07 投稿番号: [39872 / 41162]
誤射は記録にあるけどね、嘘吐く必要ないからね、嘘吐く君。

Re: あの3K新聞が報道した南京大虐殺

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/15 11:06 投稿番号: [39871 / 41162]
君が教えてあげなさい、嘘吐く君。

Re: あれ〜、味方を撃っちまったわ!

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/15 10:54 投稿番号: [39870 / 41162]
>友軍を撃ったという戦闘記録は何処にも無い、

まぁ〜、恥ずかしくて書けないでしょう(大笑い)

Re: あの3K新聞が報道した南京大虐殺

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/15 10:52 投稿番号: [39869 / 41162]
>事実が変わったのではなく、間違いが正されるという事だね>

ふぅ〜ん、じゃ〜3K新聞は訂正広告をだすべきじゃないの(藁

Re: あれ〜、味方を撃っちまったわ!

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/15 10:48 投稿番号: [39868 / 41162]
友軍を撃ったという戦闘記録は何処にも無い、嘘吐く君。

Re: あの3K新聞が報道した南京大虐殺

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/15 10:47 投稿番号: [39867 / 41162]
事実が変わったのではなく、間違いが正されるという事だね、嘘吐く君は知らないの、嘘吐く君。

あれ〜、味方を撃っちまったわ!

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/15 09:33 投稿番号: [39866 / 41162]
〔南京入城式が行われているその当日、一方では、揚子江岸で捕虜を処分していた。

「「二万以上の事とて、ついに大失態に会い、友軍にも多数死傷者を出してしまった。中隊死者一、傷者二に達す」」とあるのですが、これはどういうことかというと、多くの捕虜を機関銃で撃った。

ところが日本側がぐるっと囲んで撃ったものですから、向こう側にいる日本兵に当たってしまった。大失態とは、そのことを言っているんです。取り囲んで味方を撃ってしまい、それによって死んだ人もいた。

「「中隊死者一、傷者二に達す」」ということですから、日本軍にとっては確かに大失態です。

翌12月18日、「「昨日来の出来事にて、暁方ようやく寝に就く」」とあります。射殺で時間がかかって、明け方までかかった。それでようやく寝に就いた。

「「起床する間もなく昼食をとる様である。午后、敵死体の片付けをなす。暗くなるも終らず、明日又なす事にして引き上ぐ。風寒し」」。

前日一日かけて射殺をして、死体の片付け(揚子江に流すこと)をした。しかし一日やったけど終わらなくて、また明日やることにした、というのですから、死体はすごい数だということです。「「二万人以上の事」」と、この宮本さんは聞いていたというんです。

12月19日になると、「「昨日に引続き、早朝より死体の処分に従事す。午后四時迄かかる」」と書いています。この日も揚子江に遺体を流す作業をやっていたと言うんです。

これらを見ると、17日の南京入城の前日から組織的に捕虜の殺害が行われて、19日までの4日間、この13師団は一生懸命に捕虜の遺体を揚子江に流す作業をやっていたということが判ります。

先ほどお話した、犠牲者の数が判らないというのは、ここなんです。このように無秩序に殺した遺体を、どんどん流してしまった。こんな状況(射殺された遺体が放置されている)がずっと人目に晒されるのはよろしくないので、大急ぎで遺体を流すということをやったために、また、誰も記録を付けているわけでもないので、そこで亡くなった人の数がどれくらいかが判らないのです。〕

Re: あの3K新聞が報道した南京大虐殺

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/15 09:04 投稿番号: [39865 / 41162]
>今は2012年だから、36年前の記事じゃん。
今は、産経新聞は、南京問題については改心している。>

ふぅ〜ん、事実って〜のは時間がたつと変わるのかい。
まあ〜、いいかげんなマスコミだわ(大笑い)

Re: あのペテン学者東中野某ぼろくそに言わ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2012/05/14 21:53 投稿番号: [39864 / 41162]
――――――
マギー牧師の解説書

  フィルム四
  一二月一三日、約三〇人の兵士が、南京の南東部にある新路口五番地の中国人の家にやってきて、なかに入れろと要求した。戸は馬というイスラム教徒の家主によって開けられた。兵士はただちにかれを拳銃で撃ち殺し、馬が死んだ後、兵士の前に跪いて他の者を殺さないように懇願した夏氏も撃ち殺した。馬夫人がどうして夫を殺したのか問うと、かれらは彼女も撃ち殺した。
  夏夫人は、一歳になる自分の赤ん坊と客広間のテーブルの下に隠れていたが、そこから引きずり出された。彼女は、一人か、あるいは複数の男によって着衣を剥がされ強姦された後、胸を銃剣で刺され、膣に瓶を押し込まれた。赤ん坊は銃剣で刺殺された。
  何人かの兵士が隣の部屋に踏み込むと、そこには夏夫人の七六歳と七四歳になる両親と、一六歳と一四歳になる二人の娘がいた。かれらが少女を強姦しようとしたので、祖母は彼女たちを守ろうとした。兵士は祖母を拳銃で撃ち殺した。妻の死体にしがみついた祖父も殺された。二人の少女は服を脱がされ、年上の方がニ、三人に、年下の方が三人に強姦された。その後、年上の少女は刺殺され、膣に杖が押し込まれた。年下の少女も銃剣で突かれたが、姉と母に加えられたようなひどい仕打ちは免れた。
  さらに兵士たちは、部屋にいたもう一人の七、八歳になる妹を銃剣で刺した。この家で最後の殺人の犠牲者は、四歳と二歳になる馬氏の二人の子どもであった。年上の方は銃剣で刺され、年下の方は刀で頭を切り裂かれた。
  傷を負った八歳の少女は、母の死体が横たわる隣の部屋まで這って行った。彼女は、逃げて無事だった四歳の妹と一四日間そこに居続けた。二人の子どもは、ふやけた米と、米を炊いたとき鍋についたコゲを食べて暮らした。
  撮影者は、この八歳の子から話の部分部分を聞き出し、いくつか細かな点で近所の人や親戚の話と照合し、修正した。この子が言うには、兵士たちは毎日やってきて、家から物を持って行ったが、二人の子どもは古シーツの下に隠れていたので発見されなかった。
  このような恐ろしいことが起こり始めると、近所の人はみな、難民区に避難した。一四日後、フィルムに映った老女が近所に戻り、二人の子どもを見つけた。彼女が撮影者[の私]を、死体が後に持ち去られた広々とした場所へ案内してくれた。
  彼女と夏氏の兄、さらには八歳の少女に問いただすことによって、この惨劇に関する明確な知識が得られた。このフィルムは、同じころに殺害された人の屍の群に横たわる一六歳と一四歳の少女の死体を映し出している。夏夫人と彼女の赤ん坊は最後に映し出される。
――――――


●検証


賊が「なかに入れろ」と要求したら、馬氏が戸を開けた。
夏氏が犯人に懇願し馬夫人が犯人に質問しており、会話をしているのだから犯人は支那人。


婦人が強姦された後、胸を銃剣で刺され、膣に瓶を押し込まれ、赤ん坊は銃剣で刺殺され、他の少女も刺殺され、膣に杖が押し込まれた…
犯行手口から犯人は支那人。


戸を開けた者を直ちに撃ち殺す連中の前に別の者が跪いて他の者を殺さないように懇願したなんて有り得ない。


8歳の子供が犯行日時は12月13日9〜10時と認識し、更に14日間も経って記憶していたなんて有り得ない。


事件後、向かいが日本軍の宿泊所になり、日本兵が家の庭を通る足音が聞こえる都度布団に隠れ、兵士達が毎日来て家から物を持って行ったのに、4歳の妹も泣き喚いたりせず二人で古シーツの下に隠れていたので発見されなかったなんて有り得ない。


傷を負い這っていた8歳の夏淑琴が、銃殺された母の死体が横たわる部屋で、誰にも見つからず14日間も4歳の妹と生き続けたなんて有り得ない。


12月1日に南京市長、12月8日に支那軍司令長官が、全市民に安全区に移るよう命令し、警察や支那軍による強制退去が行われ、12月13日には安全区以外の南京には誰も居なかった。
犯行は13日より前に支那軍か支那人盗賊が行った。


仮に12月13日の犯行だとしても、南京は前夜から本格的な戦闘状態に突入しており、近所の連中が当該事件に恐れて避難したなんて有り得ない。


安全区国際委員会のマギーが日本軍による犯行だと考えれば、現場の日本軍憲兵隊に通報しなければならなかったのに通報しなかった。


⑩駄目押し決定打!
日本軍にはアリバイがあった。
当時8歳の夏淑琴は犯行日時を12月13日9〜10時と証言したが、12月13日9〜10時に日本軍はまだ犯行現場に行き着いていなかった。



●結論

夏淑琴もマギーも大嘘吐き。

Re: あの3K新聞が報道した南京大虐殺

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2012/05/14 21:06 投稿番号: [39863 / 41162]
>1976年12月17日付け3K新聞


オマエ馬鹿だな。
今は2012年だから、36年前の記事じゃん。
今は、産経新聞は、南京問題については改心している。

――――――――――
河村氏の南京発言   これで問題視されるとは
2012.2.24[主張]産経新聞

(一部抜粋)

  メディアの中には、「南京事件については、日中共同の歴史研究がある。市長としての発言にはもっと慎重であるべきだ」「配慮が足りなすぎる」などと、まるで河村氏が重大な失言をしたかのような社説もあった。

  2年前に発表された共同研究では「南京虐殺」があったとの認識が示された。だが、それは研究に参加した日中の一部の学者の意見が一致したにすぎない。

  南京事件は昭和12年暮れから13年にかけ、旧日本軍が南京で多くの中国軍の捕虜や市民を殺害したとされる事件だ。中国は「30万人虐殺」を主張している。

  最近の研究で、「南京虐殺」や「南京大虐殺」は当時の中国国民党の一方的な宣伝だったことが分かってきた。政治的妥協の中で生み出された日中歴史共同研究などにとらわれない、実証的な学問研究の積み重ねが必要である。
――――――――――




>南京に住む外国人たちで組織された難民救済のための国際委員会は、日本軍第六師団長・谷寿夫にたいし、放火、略奪、暴行、殺人など計百十三件の具体的事例を指摘して、前後十二回にわたって厳重な抗議を提出したが、谷寿夫は一顧だにしないばかりか、逆に、血塗られた南京の状況を映画やフィルムに収め、日本軍の”戦果”としてほめたたえたのである。


谷寿夫中将の部隊は、市民の居ない場所に宿営していたから完全に事実無根だ。
――――――――――
申 弁 書
民国三十六年 (昭和二十二年、1947年) 一月十五日
南京戦犯拘留所 被告 谷 寿夫

(一部抜粋)

残存者皆無にして我師団は空家に宿営せり。

  従って我将兵により迫害を受くる対象となる住民は皆無なりき。

(略)

而して被告部隊の宿営地付近に人ありとするも、夫れは空家狙ひの野盗若しくは乞食の類の出没するのみなり。
  故に被告の部隊駐留期間に、該区域に殺人事件生起する筈なし。

  況んや婦女子の強盗事件の如きはあり得べからず。
――――――――――

在日fukagawatoheiの狂いザマが証明する

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/05/14 20:17 投稿番号: [39862 / 41162]
外国人への参政権付与で起こること

「日本軍20万人拉致」慰安婦の碑建立   韓国系5割超の米自治体
産経ニュース   2012.5.11 08:54
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120511/amr12051108550002-n1.htm
>10年の米国勢調査によると、同市の人口は1万9622人で、韓国系米国人が51・5%を占めている。

国外に出た韓国人(朝鮮民族)は現地で固まろうとする。どこへ行ってもコリアタウンの形成に執着する。開放的、融和的な日本人の対処の仕方と対称的である。

民主党政権が韓国で「公約」した外国人参政権法案が成立すれば、その結果は明らかである。

大阪市で区長公選制が導入される時が最初の危機となるだろう。

民主党政権は「民団」から物心両面の支援を受けて選挙を戦う。

日本と日本人に何が起ころうとしているか。単純明快、分らない人間はいないだろう。

Re: あっ、又日本兵がウソついてい

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/14 18:19 投稿番号: [39861 / 41162]
命令書を出しなさい、これが帝国陸軍海軍の決まりだから。

どの様な命令でも命令書なしでは、誰も何も出来無い。

Re: あっ、又日本兵がウソついてい

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/14 18:17 投稿番号: [39860 / 41162]
脳無しが出たんだよ、君。

Re: あっ、又日本兵がウソついてい

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2012/05/14 18:17 投稿番号: [39859 / 41162]
あのさあ,土屋さんというのは現場にいた将校のひとりで,人肉食が
あったことを否定している人なんだけどね。彼の言うことが嘘っぱち
だというなら,おまえさんが困るだけだぜ(藁
http://www.powresearch.jp/jp/activities/workshop/chichijima.html

Re: あっ、又日本兵がウソついてい

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/14 17:13 投稿番号: [39858 / 41162]
>剣道二段でも斬る事は出来ない、剣術師範でも斬るのは難しい

ほ〜ら、ノ〜タリンが出てきた(爆

Re: あっ、又日本兵がウソついてい

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/14 17:07 投稿番号: [39857 / 41162]
剣道二段でも斬る事は出来ない、剣術師範でも斬るのは難しい、嘘吐く君。

あっ、又日本兵がウソついているってか(藁

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/14 16:51 投稿番号: [39856 / 41162]
父島事件土屋氏の証言:

土屋さんは当初、捕虜の首を切ることを命令されていた。土屋さんは学生時代、剣道をしていて二段だった。上官はそれを知っていてそういう命令が出ていた。軍隊では上官の命令には逆らえない。

ところがその後、学徒出陣組の中に四段のいることが分かり、彼がボーンの首をはねた。戦争が終わり、彼は戦犯容疑に問われ、逃げ切れずに郷里で自殺した。

土屋さんはもしあのとき、当初の命令通り自分が切っていたら、自身が殺人容疑の戦犯になっていた。土屋さんは父島事件の真相の一端を以上のように語った。

実際、戦場とはむごく、愚かなもの。そういう現実を目の当たりにしたことが、戦争を繰り返してはいけないという思いにつながり、弁護士への道を歩むことになったと土屋さんは締めくくった。

Re: 証言 (百人斬り)のホラ話 

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2012/05/09 11:25 投稿番号: [39854 / 41162]
佐藤振壽もいいがそれだけでは有効ではない。蛙のションベンが引用している鵜野晋太郎の正体を暴かなきゃ。

>支那の日本人捕虜に対しての洗脳の実態
文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます
平成20年9月1日月曜日晴れのち一時小雨   ○
  <外国を侵略して千万単位の人々を直接・間接に殺し、その結果として原爆や大空襲で自国民の多数をも犠牲にした巨大な戦争犯罪。その責任者らを自らの手で裁かぬまま今なお権力の座におく無責任民族・破廉恥民族は世界に日本人だけである。旧日本陸軍将校・鵜野晋太郎氏は、そのようなかなしい日本にも良心的個人は存在することの証左を示した勇気ある真の「愛国者」といえよう。>
  これは本田勝一氏による本の帯に書かれた推薦文です。その本とは「菊と刀」(鵜野晋太郎著   谷沢書房一九八五年刊)ですが、本多氏が「真の愛国者」と絶賛する著者の鵜野氏は一九二〇年支那天津生まれ、一九四二年久留米第一陸軍士官学校卒業し、撫順戦犯監獄より一九五八年八月一九日出獄した人です。
  つまり、「延安レポート」にも書かれている典型的な支那共産党による対日プロパガンダや日本捕虜に対する"洗脳的教化”を受けたひとりです。
  リポートに書かれているように、優しく接し、教育し、一般の日本兵や日本人が戦争を遂行する指導部を憎悪し、「否定的な厭戦気分から積極的な反戦意識」を持つように教化した。後に支那側の九八人の日本兵捕虜に対し米側が行った「意識調査」では戦争や天皇制を否定する声が九割を超したほどである。
  この鵜野氏の著書にもその様子が書かれています。
<頬を熱いものが滂沱と流れ落ちた。K科長の温顔が涙でかすみ、ガッチリした手が私の手を握りしめて何度も強く握って下さった。その上、凶悪戦犯の私のために送別パーティを開いて下さった・・・・。一〇余年ぶりのウマ酒が奔流となって全身を駆け巡る・・・・。指導員、班長(下士官の看守)、軍医、看護婦、炊事長、理髪員の方々が入れ替わり立ち代わり、惜別と励ましの握手、握手、そして握手である。感激で頬がこわばり、涙が次から次へと溢れて来る。お礼をいいたくてもつまって声にならない・・・・。ただ心の中で叫ぶ・・・・。「済みませんでした・・・・。皆様の・・・・中国人民の・・・・毛主席の大恩は絶対に忘れません・・・・。これが戦犯に対する中国人民の心情なのか・・・・オレは一体何なのだ・・・・・オレは生きてる限り何をすべきか・・・中国人民は、被害者の方々はオレを憎まないのか・・・・。どうしてこんなに温かく遇するのか・・・」
略)
  長い獄中であげ膳、すえ膳の面倒をかけ、たたかれたことも、怒鳴られたこともなく、いつも笑っているような眼、カラリと明るい雰囲気のどこにも、いわゆる鬼のような看守といった影はなく、控えめに辛抱づよく、私が反抗し悪口をいっても、「戦犯を立ち直らさねば・・・」という思いをこめて、私のような鬼を温かく包み込んでくださったことを、ただ慚愧の念で想起するのである。>P二〜三
  すばらしいお言葉ですが、では、そのような大きな心をお持ちのはずの支那人が、戦後六〇年以上たった現在、支那の指導者が「日本には永遠に歴史問題を持ち出せ」「一〇〇年でも二〇〇年でも謝り続けさせろ」と言っているのはどうしてでしょう。
  そして、「日本人には何をしてもいい」と言っている支那人が多いのはどうしてでしょう。
  このような支那人にだまされ、その手先になって我が国で活動している戯けた売国奴も多いのです。
  アホな売国奴を知るネタにしかならない、こんなカスが書いた腐った本が定価三三〇〇円もするのです。古本屋さんでなければとてもアホらしくて買えません。
http://www.tamanegiya.com/unosintarou20.9.1.html

嘘同士が矛盾する在日fukagawatohei

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/05/09 09:18 投稿番号: [39853 / 41162]
嘘をついて(父親が死んだとまで書いて)、その嘘同士が矛盾を来たした。馬鹿だろう    (大笑

「結核が持病である自分の父親が徴兵された」との趣旨の投稿をしたから、「伝染病である結核が持病の人間が徴兵されることはない」と否定されて、次のような苦し紛れの逃げ口上を書いた。

>軍隊に入ってからすぐに広島にある「結核患者を専門に治療していた」
陸軍病院に「入院させられた」という事実から、おいらが親父の
結核は持病だったと表現しただけなんですけどね〜。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ   投稿No.24475   投稿者:fukagawatohei   *注意:これが2008/ 7/ 8の記載である

次に「爆心地か近いところにあった陸軍病院で被爆した」と書いて、またまた、「結核専門病院は爆心地の近くにはなかった」事実を突きつけられて、

>おいらの親父が入院したのは爆心地から1〜1.5kmくらいのところに
あった広島陸軍病院だよ。
結核患者が必ずしも、結核専門の病院に入れられるとは限らないんだよ。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ   投稿No.24782 投稿者:fukagawatohei   *注意:これは2008/ 7/24 である

と書いた。2週間の間に複数の相手と「嘘のやり取り」をしている内に、その場限りの「嘘」同士が、完全に、矛盾した。

入院したのが「結核専門病院であり」同時に「結核専門病院ではない」ことになってしまった。

両方とも嘘だからこうなった。

オカシカッタのは、この「嘘同士の矛盾」を、何回も突きつけられて、本人がなかなかワカラナカッタことである。

嘘ばっかり書いているから、頭が嘘になってしまったのである    (大笑

それ以来、fukagawatoheiは、嘘が「バレタラバレタ時ノコト」と開き直って投稿するようになった。

だから、新しい相手とやり取りを始めても、直ぐ突っ込まれて行き詰まり、あとは悪口雑言ばっかり、と云うザマになっている。

ここ数年間、ずーっと、その調子である。

嘘がばれる前提で嘘を書き続ける。止められない。

やっぱり、完全に、fukagawatoheは狂人なのである。

コピペしては悪

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/05/08 21:00 投稿番号: [39852 / 41162]
<在日fukagawatoheiは、日がな一日、日本人への罵詈雑言に血道を上げている>

コピペは罵詈雑言の前置きに過ぎない。だから同じものを、論破されても何度でもコピペする。中味の妥当性など無関係なのである。

日本人に対して罵詈雑言を吐く。それが在日fukagawatoheiの全生活である。

議論に意味は無い。在日とはそんなやつらなのである。

<在日fukagawatoheiとの議論は有害無益>
fukagawatohei   は左翼ではない。日本人を憎悪する在日である。誰でもいいから悪口雑言を書きたいだけである。嘘や矛盾を指摘しても無駄、同じ事を何回でも繰返す。

相手になるのは悪口のチャンス与えるだけである。fukagawatohei   の書き込みが不愉快なら娑婆の在日に報復すればいい。fukagawatoheiがやっているように。

中味は見なくていい。何なら無視リストに入れて置け。
掲示板ではfukagawatoheiが投稿したことは分かるから、その数だけ娑婆で報復すればいい。

重ねて、fukagawatoheiと掲示板でやり取りするのは無駄である。fukagawatoheiが喜ぶだけ、有害無益である。

<   在日fukagawatoheiの狂気の真の理由   >

在日同胞の婚姻状況(民団統計   2007年)

婚姻件数       8889
同胞間婚姻       847(   9.5%)
外国人との婚姻        (90.4%)
内日本人との婚姻    妻    (24.8%)
           夫    (63.0%)
          合計    (87.8%)
その他外国人         (   2.5%)

日本人と結婚する女性と結婚できない男性の比率が高いことを意味する。
ここ十年この傾向は変らない。

Re: あのペテン学者東中野某ぼろくそに言わ

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/08 17:43 投稿番号: [39851 / 41162]
ハイハイ、嘘吐き君。

資料を読みましょうね、史実を書いた、嘘吐く君。

Re: 証言 (百人斬り)のホラ話 

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/08 17:42 投稿番号: [39850 / 41162]
≪“百人斬り”報道を否定≫

  南京戦に従軍した元東京日日新聞(毎日)カメラマン、佐藤振壽(しんじゅ)氏が今月4日、95歳で死去した。佐藤氏は“百人斬(ぎ)り”の新聞記事の写真を撮影しながら、「記事は事実ではない」と言い続けた。神奈川県藤沢市で行われた通夜・葬儀には、百人斬りの冤罪(えんざい)で処刑された向井敏明少尉の次女、千恵子さん、百人斬り訴訟の弁護団長、高池勝彦弁護士、同訴訟を支援する会会長の阿羅健一氏らが参列し、佐藤氏をしのんだ。

  問題の記事は、東京日日新聞の昭和12年12月13日付に「百人斬り“超記録”」「向井106−105野田」「両少尉さらに延長戦」という見出しで掲載された。

  「【紫金山麓(さんろく)にて十二日浅海、鈴木両特派員発】南京入りまで“百人斬り競争”といふ珍競争をはじめた例の片桐部隊の勇士向井敏明、野田毅両少尉は十日の紫金山攻略戦のどさくさに百六対百五といふレコードを作つて、十日正午両少尉はさすがに刃こぼれした日本刀を片手に対面した」

  この記事には、佐藤氏が撮った日本刀を手にする2人の少尉の写真が添えられていた。

  2人はこの記事がもとで、1947(昭和22)年12月、南京の軍事法廷で死刑を宣告され、翌年1月、銃殺刑に処せられた。

  だが、佐藤氏は平成6年5月の本紙連載「南京の真実」で、こう証言している。

  「浅海一男君(故人)という社会部の記者が2人から話を聞いて、私はそばで聞いていたんです。…これから南京に入るまでどっちが先に百人切るか競争するんだと。でも私には納得のいかないところがあった」「修羅場になったら(野田少尉が務める)大隊副官は大隊長の命令指示を受けて、何中隊はどうする、と命令を下してなくちゃいけないわけです。(向井少尉が務める)歩兵砲の小隊長は『距離何百メートル、撃てーッ』とやってなくちゃいけない。それなのにどうやって勘定するの。おかしいなと私は思ったんですよ」

Re: あのペテン学者東中野某ぼろくそに言わ

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/08 17:18 投稿番号: [39849 / 41162]
>開示されているよ、夏淑琴が居た場所には中国兵が宿営していたと

はいはい、うそつきニャンコチャン(爆

Re: あのペテン学者東中野某ぼろくそに言わ

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/08 17:09 投稿番号: [39848 / 41162]
開示されているよ、夏淑琴が居た場所には中国兵が宿営していたと、嘘吐く君。

Re: 証言 (百人斬り)のホラ話 

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/08 17:08 投稿番号: [39847 / 41162]
百人桐競争は、直接聞いたことは無い、と記者の証言、嘘吐く君。

  このあたりから野田、向井両少尉の百人斬りが始るのである。野田少尉は見習士官として第一一中隊に赴任し我々の教官であった。少尉に任官し大隊副官として、行軍中は馬にまたがり、配下中隊の命令伝達に奔走していた。
  この人が百人斬りの勇土とさわがれ、内地の新聞、ラジオニュースで賞賛され一躍有名になった人である。
  「おい望月あこにいる支那人をつれてこい」命令のままに支那人をひっぱって来た。助けてくれと哀願するが、やがてあきらめて前に座る。少尉の振り上げた軍刀を背にしてふり返り、憎しみ丸だしの笑ひをこめて、軍刀をにらみつける。


軍刀を睨み付ける態勢で首は切れないよ、嘘吐く君。

名刀で無く軍刀だったんだね、これも矛盾する点だね、嘘吐く君。

Re: あのペテン学者東中野某ぼろくそに言わ

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/08 17:05 投稿番号: [39846 / 41162]
>戦闘詳報と矛盾する

ふぅ〜ん?
夏淑琴事件の戦闘記録があるのなら、開示すりゃ〜いいじゃんか(冷笑)

Re: あのペテン学者東中野某ぼろくそに言わ

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/08 16:59 投稿番号: [39845 / 41162]
研究者であれば、元資料を解釈することはないであろう。

資料とは解釈するものでないことは、歴史学者の常識。

戦闘詳報と矛盾する夏淑琴の陳述を裁判所が認識していない、これが問題だね、嘘吐く君。

証言 (百人斬り)のホラ話 

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/08 16:36 投稿番号: [39844 / 41162]
〔昭和十二年十一月 ― 十二月の日本の新聞は、連日南京へ進撃する皇軍のニュースで埋まっていた。とりわけ私の関心は、野田・向井両少尉の百人斬り競争であった。

今日は何人目と報ぜられる記事は何者にもまして素晴らしく、一八歳の私の胸は皇国の無敵ぶりへの確信を一段と高めたものである。

当時私は幼稚な「天下無敵大和魂武勇伝」を盲信していたので、百人斬りはすべて「壮烈鬼神も避く肉弾戦」(当時の従軍記者の好きなタイトルである)で斬ったものと思っていたが、前述の私の体験的確信から類推して、別の意味でこれは可能なことだ――と言うよりもむしろ容易なことであったに違いない。

しかもいわゆる警備地区での斬首殺害の場合、穴を掘り埋没しても野犬が食いあさると言う面倒があるが、進撃中の作戦地区ではまさに「斬り捨てご免」で、立ち小便勝手放題にも似た「気ままな殺人」を両少尉が「満喫」したであろうことは容易に首肯ける。

ただ注意すべきは目釘と刀身の曲りだが、それもそう大したことではなかったのだろう。また百人斬りの「話題の主」とあっては、進撃途上で比隣部隊から「どうぞ、どうぞ」と捕虜の提供を存分に受けたことも類推できようと言うものだ。

要するに「据え物百人斬り競争」が正式名称になるべきである。尚彼等のどちらかが凱旋後故郷で講演した中に「戦闘中に斬ったのは三人で他は捕えたのを斬った云々」とあることからもはっきりしている。

その戦闘中の三人も本当に白兵で斬ったのか真偽のほどはきわめて疑わしくなる。何れにせよ、こんなにはっきりしていることを「ああでもない、こうでもない」と言うこと自体馬鹿げた話だ。

私を含めて何百何千もの野田・向井がいて、それは日中50年戦争――とりわけ「支那事変」の時点での〝無敵皇軍〟の極めてありふれた現象に過ぎなかったのである。〕

あのペテン学者東中野某ぼろくそに言われる

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/08 14:00 投稿番号: [39843 / 41162]
夏淑琴裁判:

地裁判決

「通常の研究者であれば矛盾を認識するはずで、原資料の解釈はおよそ妥当ではなく学問研究の成果に値しない」

高裁判決

「通常の研究者であれば矛盾を認識するはずで、原資料の解釈はおよそ妥当ではなく不合理な点や明らかな矛盾がある」

Re: 火の無いところに煙りは立たないでしょ

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/08 12:08 投稿番号: [39842 / 41162]
嘘吐く君の得意技には誰も勝てないよ、火の無い所に火を付けると言う得意技だよね、嘘吐いて。

Re: 火の無いところに煙りは立たないでしょ

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/08 11:59 投稿番号: [39841 / 41162]
>火の無い所から煙を立たせることは出来る、之を嘘を吐くという

うん、ニャンコチャンの得意技だね。(藁

Re: 火の無いところに煙りは立たないでしょ

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/08 11:49 投稿番号: [39840 / 41162]
火の無い所から煙を立たせることは出来る、之を嘘を吐くという、嘘吐く君。

コピペしては罵詈雑言在日fukagawatohei

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/05/08 10:50 投稿番号: [39839 / 41162]
<在日fukagawatoheiは、日がな一日、日本人への罵詈雑言に血道を上げている>

コピペは罵詈雑言の前置きに過ぎない。だから同じものを、論破されても何度でもコピペする。中味の妥当性など無関係なのである。

日本人に対して罵詈雑言を吐く。それが在日fukagawatoheiの全生活である。

議論に意味は無い。在日とはそんなやつらなのである。

<在日fukagawatoheiとの議論は有害無益>
fukagawatohei   は左翼ではない。日本人を憎悪する在日である。誰でもいいから悪口雑言を書きたいだけである。嘘や矛盾を指摘しても無駄、同じ事を何回でも繰返す。

相手になるのは悪口のチャンス与えるだけである。fukagawatohei   の書き込みが不愉快なら娑婆の在日に報復すればいい。fukagawatoheiがやっているように。

中味は見なくていい。何なら無視リストに入れて置け。
掲示板ではfukagawatoheiが投稿したことは分かるから、その数だけ娑婆で報復すればいい。

重ねて、fukagawatoheiと掲示板でやり取りするのは無駄である。fukagawatoheiが喜ぶだけ、有害無益である。

<   在日fukagawatoheiの狂気の真の理由   >

在日同胞の婚姻状況(民団統計   2007年)

婚姻件数       8889
同胞間婚姻       847(   9.5%)
外国人との婚姻        (90.4%)
内日本人との婚姻    妻    (24.8%)
           夫    (63.0%)
          合計    (87.8%)
その他外国人         (   2.5%)

日本人と結婚する女性と結婚できない男性の比率が高いことを意味する。
ここ十年この傾向は変らない。

火の無いところに煙りは立たないでしょう

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/08 10:11 投稿番号: [39838 / 41162]
アメリカのベストセラー:


4月10日

アメリカ人の反日感情を確実に高めるに違いない本が今、アメリカでよく売れている。

ニューヨーク・タイムズ紙の週間ベストセラーリストの単行本ノンフィクション部門で トップ5に13週連続でランクイン。直近は2位に落ちたが、それまでは6週連続でトップだった。

本書は、次のように具体的な数値をあげ、日本による捕虜の扱いが、ナチス・ドイツよりもひどかったと断じている。

「東洋を暴れ回った日本は、想像を超える規模の残虐な行為と死をもたらした。

その最たるものが戦争捕虜の扱いだった。日本はアメリカ兵やイギリス兵、カナダ兵、 ニュージーランド兵、オランダ兵、オーストラリア兵ら約13万2000人を捕虜にした。

そのうち3万6000人近くが死んだ。4人に1人を超える確率だ。特にアメリカ兵の捕虜の待遇がひどかった。

日本に捕らえられた3万4648人のアメリカ兵のうち、37%超に相当する1万2935人が死んだ。

ちなみに、ナチス・ドイツやイタリアに捕らえられたアメリカ兵のうち、死亡したのはわずかに1%だった」

「何千人もの捕虜たちが、殴られたり焼かれたり、銃剣で刺されたり、こん棒で殴られたりして
殺され、銃殺され、人体実験で殺され、人食いの風習で生きたまま食われた。ごくわずかしか食事が与えられず、
不潔な食品や水のために、さらに何千人もの捕虜たちが餓死し、亡くなった」

捕虜に対する虐待がなぜ日本軍では日常的に行われたのか、本書は次に引用するように日本軍の特異なカルチャーにその原因の一端をみる。

「当時の日本陸軍では、下士兵に対する殴打は日常的に行われていた。『鉄は熱いうちに打て。兵士は下っ端のうちになぐれ』ということが
兵士の間ではよく言われていた。『殴られてはじめて強い兵士ができあがる』とも言われていた。」
兵士たち自身が、日常的に殴られた経験があるため、そのうっぷんが捕虜に向かったというのだ。
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