南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
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Re: バカウヨの振り込めサギにご注意!
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/08 14:49 投稿番号: [38684 / 41162]
心配しなくても良いよ、続々振り込まれているからね、嘘吐くな。
これは メッセージ 38683 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: バカウヨの振り込めサギにご注意!
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/08 14:17 投稿番号: [38683 / 41162]
↑
このサギグループは桜井ワル子、(桜ちゃん寝る)の水島ブタ社長
らによって運営されています。
くれぐれもこの犯罪者連中に騙されないよう、注意して下さい!
これは メッセージ 38682 (fukagawatohei さん)への返信です.
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バカウヨの振り込めサギにご注意!
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/08 13:59 投稿番号: [38682 / 41162]
●尚、上記の趣旨に賛同され御支援くだされる皆様方には、誠にお手数で御座いますが、下記の郵貯銀行番号まで宜しくお願い致します。
■xx銀行;口座名
【『南京のxx』を国内外のメディア 図書館等に寄贈する会】
●
銀行から→
郵便局へ振込する場合の番号。
018−801xxxxx
●
現金持ち込みして郵便局から→下記指定口座に振り込みする場合の口座番号は次の通りになります。
10150−8012xxxxx
この場合の振込手数料は
振込額
30,000円迄は
525円必要です。
振込額
30,000円を超える場合の手数料は
735円です。
使用する払い込み指定用紙は
電信払い込み請求書・電信振替請求書
(青色の用紙)です。
●
個人の郵便貯金口座から→自動支払機で
下記指定の郵便口座に振り込む場合の振込手数料は無料です。
10150−801xxxxx
「御支援戴きました皆様方の個人情報は秘密厳守とさせて頂きます」
※連絡先住所;〒105ーxxxx
東京都港区芝公園6番xx号;xx会館5F;xx報道気付;『南京のxx』を国内外のメディア 図書館等に寄贈する会
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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Re: 今週のSAPIO (全米に慰安婦の碑)
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/08 12:36 投稿番号: [38681 / 41162]
大いに話題になって良いんだよ、日本の馬鹿サヨの実体が分かるからね、嘘吐くな。
これは メッセージ 38679 (shoujouji さん)への返信です.
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今週のSAPIOの目次だよ
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/08 12:35 投稿番号: [38680 / 41162]
【新春特大号ご愛読感謝のお年玉企画】純金カード120名様大プレゼント
【総力特集】「金正日の亡霊〈軍事国家〉」は踊り続ける
・発火点
金一族「憎しみと暗殺の連鎖」が金正恩を「血みどろの権力闘争」に追い込んで行く
・核のボタン
核兵器を起動させる「安全装置解除コード」は金正日の実妹ら「先軍政治派」の手に落ちた!/恵谷治
・独占公開
「ジャンパー」「刈り上げ具合」「上げ底靴」ほか SAPIOが図解してきた“虚飾の独裁者”の素顔
・新独裁者
権力掌握のために金正恩が狙う軍事挑発「延坪島への再砲撃」で日米が試される/李英和
・拉致交渉
事実上の傀儡となりえる若き金正恩への圧力は日本人拉致問題解決への最大のチャンスとなる/安倍晋一
・韓国の危機
慰安婦問題批判は日韓離間を狙う北の思うツボ韓国大統領の外交音痴が「金正恩の核実験」を呼ぶ/黒田勝弘
・周辺国の責任
最悪シナリオは中国人民解放軍が南進し、米軍と激突する「第2次朝鮮戦争」勃発です/櫻井よしこ
【SIMULATION REPORT】〈金、為替、中国、原発、教育、暴排条例ほか――〉2012年を生き抜く「黄金の知恵」テーマ別 大予測&処方箋
・選挙予測
総選挙でも「維新の会」躍進で、ついに政界キングメーカーが小沢一郎から橋下徹に世代交代する/福岡政行
・教育
僕もそうだった! 子供たちに「学問が面白い」と思わせられる教師=恩師の育成が急務です/小柴昌俊
・為替
ユーロ消滅も! 2011年の予告編を経て、1ドル=50円時代に向けた波乱の本編がいよいよ始まる/浜矩子
・暴力団
暴排条例でマフィア化、増殖する半グレ集団
国民の防御策は[近づがない」[近づけない」/溝口敦
・日本人論
勇者の苦悩/曽野綾子
・米大統領選
最大の争点は「経済」と「外交」!
オバマが再選すれば中国・北朝鮮の増長が止まらない/落合信彦
・沖縄基地
政府は国内問題に矮小化しタブー化された「普天間移設」の本質をきちんと国民に説明せよ/ケビン・メア
・世界経済
欧州危機を予測していた「金価格の推移」は次に米中欧「同時経済崩壊」を暗示している/増田悦佐
・ロシア外交
プーチン大統領復帰で北方領土交渉を動かす鍵は「共同経済開発」だ/前原誠司vs佐藤優
・日本経済
日本企業よ、震災・欧州危機を乗り越えろ「エクセレント・カンパニー」になるための新たな条件/大前研一
・中国大崩壊
民衆暴動「群体性事件」が年間12万件も! 最高指導部総入れ替えで反日気運が高まる/ウィリー・ラム
・脱原発
“なし崩し再稼働”にNO!「立川モデル」と「東電解体」で電気料金は劇的に安くなる/渡辺喜美
・日米関係
オバマ大統領のアジア太平洋志向の中で、日米同盟強化のために野田政権に望む「3つの課題」/リチャード・アーミテージ
・皇室
「女性宮家創設」議論で避けて通れない天皇陛下のこ意思と「女系・女性天皇」容認論/高森明勅
・ネット社会
ウェブが変革をもたらした新しい世界ではゼネラリストはいらず専門家だけが生き残る/佐々木俊尚
・国家戦略
いつ沈むかわからないグローバリズムという「隔壁なきタンカー」からそろそろ日本人は降りよ/藤原正彦
・ゴールド相場予測
世界経済危機の最中、中国の大量買いによって金価格は5年以内に3000ドルに達する/豊島逸夫
これは メッセージ 38676 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: 今週のSAPIO (全米に慰安婦の碑)
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2012/02/08 12:34 投稿番号: [38679 / 41162]
>↑朝鮮人は世界的に信用を失っているし、支那人の言う南京大虐殺は
霧の彼方に消えてしまった。証拠明確で規模の大きい虐殺が何回も
発生しているが、それすら話題にならんのだ。
仮にそうだとすれば、馬鹿ウヨにとっては何も困ることはないだろう。
そのまま黙っていれば話題にならないものを、馬鹿ウヨが捏造だぁーと
騒ぐから問題が世界中に広まって行く。やぶ蛇というわけだな。
これは メッセージ 38677 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 今週のSAPIO (全米に慰安婦の碑)
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/08 12:27 投稿番号: [38678 / 41162]
オランダには国民慰安所があるのにね、世界中の目は見えないんだろうね、嘘吐くな。
これは メッセージ 38676 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: 今週のSAPIO (全米に慰安婦の碑)
投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/02/08 11:38 投稿番号: [38677 / 41162]
>バカウヨが南京大虐殺と慰安婦は捏造だぁ〜と騒ぐほど、この問題
が世界中に広まっていくね。バカは死ななきゃ直らないって
本当だなぁ〜
↑朝鮮人は世界的に信用を失っているし、支那人の言う南京大虐殺は
霧の彼方に消えてしまった。証拠明確で規模の大きい虐殺が何回も
発生しているが、それすら話題にならんのだ。、
これは メッセージ 38676 (fukagawatohei さん)への返信です.
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今週のSAPIO (全米に慰安婦の碑)
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/08 10:36 投稿番号: [38676 / 41162]
>慰安婦制度は良い制度だよ
今週のSAPIOの見出しには(全米20ケ所で慰安婦の碑)と書いてあったけど、
この計画が実現すれば、ニャンコチャンが主張する(慰安婦制度は
良い制度)という宣伝に大いに役立つことになるだろ〜ね(嘲笑)
バカウヨが南京大虐殺と慰安婦は捏造だぁ〜と騒ぐほど、この問題
が世界中に広まっていくね。バカは死ななきゃ直らないって
本当だなぁ〜(苦笑)
これは メッセージ 38667 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 糧食送付
投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2012/02/08 09:36 投稿番号: [38675 / 41162]
>そんなもの自慢にもならんわ。
その結果日本の性犯罪率が先進国はおろか世界レベルで見ても低い水準にあるのならば十二分に自慢できますけど。
>本来「慰安婦」とは無縁の、清く正しく美しい日本人の心。
いったいどこの世界だか次元の日本人だか知りませんがこの世界の日本における性文化や認識に関しては大昔から現在進行形で「無法地帯」扱いですけど。
>比叡山かどっかで修行してこいや。
だから行きたければお前が行ってこいと。誰も止めはしませんので。
これは メッセージ 38672 (nidanidao さん)への返信です.
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Re: 糧食送付
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/08 09:03 投稿番号: [38674 / 41162]
中国には公娼と私娼が居たんだよ。
中国は威張っているんだけどね、此の制度を。
これは メッセージ 38672 (nidanidao さん)への返信です.
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Re: 糧食送付
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/08 09:01 投稿番号: [38673 / 41162]
禁欲は兵隊を駄目にする。
これは メッセージ 38668 (nidanidao さん)への返信です.
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Re: 糧食送付
投稿者: nidanidao 投稿日時: 2012/02/07 22:16 投稿番号: [38672 / 41162]
>公娼制度が有った日本国。
どあほ〜
そんなもの自慢にもならんわ。
本来「慰安婦」とは無縁の、清く正しく美しい日本人の心。
ま、たしかにお前のような
煩悩にまみれた日本の恥部のような人間もおる。
比叡山かどっかで修行してこいや。
これは メッセージ 38671 (konoyo_anoyo さん)への返信です.
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Re: 糧食送付
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2012/02/07 21:57 投稿番号: [38671 / 41162]
公娼制度が有った日本国。
それが無いシナ、欧米の価値観と一緒に考えないでくれんか〜
お前も、日本文化を失いつつ有る、日教組教育の賜物かいなぁ〜。
これは メッセージ 38668 (nidanidao さん)への返信です.
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捏造とでっち上げが好きなワダツミの声
投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2012/02/07 20:09 投稿番号: [38669 / 41162]
>>事件があったか
なかったか
などという論議は、既に無意味だ
と書いてあるのだから、書いた本人が、
・私が書いたことは、事実に基づくものではない
・私が書いたことは、捏造、出鱈目だらけです、
・私が書いたことは、でっち上げと嘘に基づきます
と自白した訳だ、、、、笑い
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Re: 糧食送付
投稿者: nidanidao 投稿日時: 2012/02/07 18:52 投稿番号: [38668 / 41162]
>兵隊はストレスがたまるからね、ストレス発散の為に嗜好品は必要なんだよ。
じつはそこに罠があるんだな。
ストレス発散のために嗜好品を与えると、さらにそれを求めたがる人間の性向のためにストレスがたまる。
つまり悪循環なんだよ。
それを断ち切るには、禁欲しかないのだよ。
これは メッセージ 38667 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 糧食送付
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/07 15:15 投稿番号: [38667 / 41162]
兵隊はストレスがたまるからね、ストレス発散の為に嗜好品は必要なんだよ。
慰安婦を現地の売春婦に求めると、性病感染を心配しないならないんだよね。
又内地に帰って、家族間感染も心配だしね。
慰安婦制度は良い制度だよ、管理売春のね、内地乃至朝鮮人の醜業婦を集めてするんだからね。
これは メッセージ 38666 (nidanidao さん)への返信です.
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Re: 糧食送付
投稿者: nidanidao 投稿日時: 2012/02/07 13:48 投稿番号: [38666 / 41162]
>いいえ必要だったんですよ、慰安の為に。
慰安のことばっか考えて戦争には勝てんぞ。
事実、さんたんたる負けっぷりだったな。
日本軍たるもの、慰安婦募集とはなにごとか!
これは メッセージ 38663 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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お〜いどん百姓 何故行動しない
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/07 09:40 投稿番号: [38665 / 41162]
>グダグダ言ってないで、21世紀現在のシナ大陸や北朝鮮に何故行動しないのだい〜?>
↑
そう言うおまえは何故中国と北朝鮮に行動しないんだい?
田舎者で無教養の百姓にはとても無理だよなぁ〜(嘲笑)
これは メッセージ 38656 (konoyo_anoyo さん)への返信です.
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Re: 父島人肉事件とジョージブッシュ
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/07 09:34 投稿番号: [38664 / 41162]
人間の臓器を漢方薬として扱う例は暇がないよね。
然し日本には飢餓以外で人食するという例は無い。
中国朝鮮では陵遅刑の人肉を量り売りするのは常識だったんだよね、戦前。
之は映像でも残されているよね。
戊辰戦争の時の戦闘記録にはその様な記録は無いよ。
人食を憎悪が原因だとすると言うことには何があるよね、世界通念に反するからね。
又、戦闘直後に人食するという事もおかしなお話しだよね、自分が殺されかねないからね、況してや火を起こすなど、戦闘を知らないお馬鹿な少し知恵遅れの人の戯れ言だよね。
これは メッセージ 38658 (forever_omegatribe さん)への返信です.
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Re: 糧食送付
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/07 09:26 投稿番号: [38663 / 41162]
いいえ必要だったんですよ、慰安の為に。
何処の軍隊でも常備品だったんですよ、もっと勉強することですね。
馬鹿な知識は役に立ちません、君にのような半端知識はね。
これは メッセージ 38657 (nidanidao さん)への返信です.
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昭和10年平凡社『手紙講座』・第4巻UP
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2012/02/07 08:50 投稿番号: [38662 / 41162]
きのうUPしようとしたら、UPできないのです。
結局、夕方から夜中まで変化なく、今朝になって、やっとUPできました。
著作権侵害とか何とか言って、妨害が入っているのではないかと思いました。
私のホームページは、以下の考え方によれば、
保護される方向にあるのではないか、と、思っております。
<<書き込まれた事柄が公共の利害に関する事実に係り、
もっぱら公益を図る目的であったと認められたときや、
公務員や公職選挙の候補者に関する事実に係る場合には、
書き込まれた事柄が真実であったときは、
名誉毀損の罪にはなりません。>>
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38662.html
Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/07 08:48 投稿番号: [38661 / 41162]
良くお調べですね、先ず病死と戦傷死の根據を教えてださい。
単なる推測では根拠となりません。
中国戦線で飢餓に瀕していたのは、中国共産党の方だという事は、毛沢東の手記によっても明らかですし。
中国共産党が、一般民衆から食糧の掠奪、貴金属の掠奪、婦女子の暴行、虐殺を行っていた資料は、日本の資料だけではなく中国新聞、報道により明確にされています。
日本軍に関するその様な事実を示す資料はありません。
これは メッセージ 38655 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38661.html
Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/07 08:43 投稿番号: [38660 / 41162]
南京に於いて軍人以外が直接日本軍の手に依って殺害された事実はありません。
南京戦の戦闘詳報によっても、日本兵の証言及び中国人の証言の矛盾は明らかです。
公式見解では虐殺を認めた資料は何処にもありません。
これは メッセージ 38640 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38660.html
中央公論新社へメール
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2012/02/07 08:42 投稿番号: [38659 / 41162]
中央公論に画像UP了解を兼ねてメールを出しました。
御社の秦郁彦著『南京事件「虐殺の構造」増補版』中公新書p131の、
「井家又一日記」の写真版を、私ホームページにUPしていますので、
ご連絡申し上げます。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/syasinnbanniiemataitinikki.html捕虜335人を殺害したと証言する、異常な日の個人日記の一部です。
手書きしたことを考えれば、長い文だと思います。
しかしこの日記は、昭和10年の日本の著名人の筆跡に比べれば、非常に達筆流麗な文字です。
昭和10年平凡社『手紙講座』から、1894年以降に生まれた人、
1890年から1893年までに生まれた人、
1885年から1889年までに生まれた人、と、
年代別の手書き文字もUPしました。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/nenndaibetutegakimoji.html
このように年代別に整理したのは、1901年から実施となった、
小学校での「現代ひらがな」教育の影響が、手書き文字に与えた影響を見るためです。
最終的には、昭和10年刊・平凡社『手紙講座』
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/tegamikouzazenn.html
の170人、全部の手書き文字例をUPする予定です。
(手書きの画像画面から戻るには、パソコン上段のタスクバー?の「←」で戻る必要あり)
井家又一日記の写真版を、下の解読文、前頁その他と照合して、よく見ていただきたいと思います。
1筆勢、
2字形の整え方、
3字配り、
4画数の多い数字「大字」や草漢字風の変体がなの使用、
5戦後に使われるようになった新かな遣い「いる」や、兵士は使わなかった「捕獲」という言葉遣い、
6文章上の文法間違い「本日新聞記者に自分は支那売店に立っている時」とか「眺めらされる」
などは、昭和10年の著名人の手紙と比べて、戦場日記と言うにしても、
戦前の日本人の手紙と言うにしても、あまりにも違和感があると思うのです。
ところが秦郁彦氏は、自ら検閲体制の厳重さを言っているにもかかわらず(p22)、
「これをどうやって日本に持ち込んだか」については「一言も言及しないで」、
これを証拠物件として扱っています。(これは笠原十九司『南京事件論争史』平凡社でも同じです)
検閲をくぐりぬけて持ち込もうとする兵士にとって、それをどうやって持ち込むか、は、
非常にスリリングな課題だと思うのですが、誰もそれを問題にしません。
本当に南京事件当時のものを、兵士たちが日本に持ち込んだのでしょうか?
戦後の中国の偽作ではないでしょうか?
南京事件では多数の元兵士の日記が発掘されています。
その内、A級戦犯として処刑された松井石根大将他、井家又一日記を含む18篇が、
偕行社(戦没者慰霊を目的とする公益法人)刊行『南京戦史資料集』に掲載されています。
しかしこの井家又一日記の奇妙さが、
戦前戦後の変化のわかる、草書変体仮名の解読者にも指摘されないのであれば、
偕行社『南京戦史資料集』に掲載された他の17篇の日記も、
奇妙さがあっても指摘されないことになるでしょう。
つまり、発見された元兵士の日記は、「全部疑う必要がある」のではないか、
と思うのです。
南京事件関連の現代史議論の担い手は、原本の手書きに、
関心がない方が多いと思います。
私には、この手書き・井家又一日記は、335名の捕虜を殺害した日に、
日本兵の手で書かれたものとは、思えません。
一度、秦郁彦氏にも、私の疑問をお伝え願えないでしょうか?
そして、井家又一日記の現物をお持ちなら、是非、日記全体の姿、全ページの公開を、お願いしたいのです。
これは メッセージ 38639 (mokneybrain123 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38659.html
Re: 父島人肉事件とジョージブッシュ
投稿者: forever_omegatribe 投稿日時: 2012/02/06 23:44 投稿番号: [38658 / 41162]
これは メッセージ 38626 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38658.html
Re: 糧食送付
投稿者: nidanidao 投稿日時: 2012/02/06 20:31 投稿番号: [38657 / 41162]
>酒
29,120立
>煙草
5,000千本
>ウイスキー
2,100本
↑これは超大国アメリカと戦う弱小国日本には必要ないものであった。
これは メッセージ 38272 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2012/02/06 20:26 投稿番号: [38656 / 41162]
グダグダ言ってないで、21世紀現在のシナ大陸や北朝鮮に何故行動しないのだい〜?
大東亜戦争終戦後、日本国は断罪された。それで反省し、今後戦争を無くすべく努力をすれば宜しかろ〜。戦中日本軍はこう言うあくどい事をしたと喚いているだけの、反日サヨ民族には反感を覚えるのみ〜。
お前等だけが、反日教育凄まじい反日特亜三国や欧米を奇麗事に見ているマンマの、日本国の良さを否定し尽す、反日日本人なんだろうな〜。
何で日本国に棲息してるんだい〜?
これは メッセージ 38640 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(15)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/06 20:25 投稿番号: [38655 / 41162]
太平洋の孤島や南方の密林とは違い、人口稠密で物資豊富な
中国戦線では、餓死者など
生じなかった
と思われやすい。
しかし、敗戦前2年間の
中国戦線では
戦死者数よりも
病死者数が上回っており、その死因は
栄養失調、もしくは
栄養失調と不可分の
マラリア、赤痢、脚気など
だった。
中国戦線でも、補給困難による飢餓と
栄養失調による体力
消耗で、病気が重症化して
多数の「英霊」
を発生させて
いったのだ。
ある軍医の記録を
以下に引用する。
「酷熱多湿なるうえ敵機の跳梁、道路の破壊等により補給は
予定の如く
行なわれず、敵味方の大軍により
現地物資は
消費し尽され、将兵の疲労
言語に絶するものがあった」
(長尾五一著『戦争と栄養』、西田書店1994年より抜粋)
中国戦線の「英霊」増加が
もっとも
集中したのは
最後の2年間であり、その多くが
戦死ではなく病死だった。
その状況は、45年に入って
さらに
深刻になっていた。
中国戦線で最後の作戦となった
第二十軍のシ江作戦の場合、
45年4月から6月の3ヶ月間の死者の内訳は次のとおりだ。
戦
死
695人(22%)
戦傷死
322人(10%)
戦病死
2,184人(68%)
合
計
3,201人(100%)
圧倒的に多い戦病死者の詳細な内訳は不明だが、その大部分が
長期間の不十分な給養で、栄養失調状態から病気への抵抗力を
失い、病死にいたったことは、軍医の記録から
判明している。
中国大陸では、45万の
戦没者が発生した。
その過半数が
戦病死、それも
給養不足による
栄養失調や、
それが原因での体力消耗による
広い意味での餓死だったのだ。
戦死者よりも
餓死した者が多い、これが
日本軍の特徴だ。
中国大陸でも
太平洋でも、その事態は
変わらない。
このような「近代軍」が
20世紀にも
存在したのだ。
しかし、その悲惨な実態は
「玉砕」や
「散華」という
大本営が作り出した
美しく勇ましい言葉で
覆い隠された。
第二次大戦における
日本軍の戦没者の総数、その中での
戦死・戦病死者などの
正確な割合は、残念ながら判らない。
日本軍の敗北に終わったこともあって、正確に数えることは
きわめて困難であり、多くの戦場が「玉砕」
つまり全滅し、
生存者の証言や記録が失われていることも
原因の一つだ。
また、降伏の直後に、戦争犯罪の追及を恐れて、組織的に
関連資料の大量焼却が実行され、陸海軍の各部隊、さらには
市町村役場の
兵事関係書類までが
焼かれてしまったのだ。
このため、戦後も日が経つにつれて
調査がすすみ
戦没者の数が
どんどん増えていく
という状況だった。
この点からみても、旧軍部の体質を窺い知ることができる。
これは メッセージ 38653 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(14)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/06 20:25 投稿番号: [38653 / 41162]
インパールから
敗退する道は、日本軍兵士たちによって
「靖国街道」、あるいは
「白骨街道」
と名づけられた。
悲惨な退却の様相について、前述した
将兵とは別の
一人の
将校の証言を、以下に
引用してみたい。
兵隊達の姿は
既に骸骨に
等しかった。
げっそり窪んだ眼が、伸び放題の無精髭と
尖り立った
頬骨の奥に空ろに光っていた。顔色は日灼けのした上に
泥濘をまぶしつけて、それでいて、その底に澱む
不透明な蒼白さが
浮いて見えた。
手先きは
僅かに皮膚を冠ったばかりの骨が、一本一本
浮き立ち、その上を通る静脈がどす黒く不気味であった。
足先きは
靴が脱げない程
ふくらんでいた。
雨にふやけたのだ。
まるで豆腐糠のように光沢のない
白さに腫れ上がっていた。靴を穿き潰した者が大勢いた
が、そんな者の
足先きは
一層ひどかった。
被服は
いうまでもなく
泥にまみれ切って
臀や肘の
あたりがべろべろに破れていても修理など出来なかった。
それを
ひらひらさせながら
歩いていた。
もう
その頃になると、脚気で全身むくみあがった者は
いなかった。
とっくに
落伍したのだ。
したがって、
兵隊達は
一様に枯れ切った細い枯木に
ひとしかった。
(中略)
その頃、誰言うことなく、この街道を靖国街道と言った。
その儘歩き続ければ、靖国神社に通じるという意味である
(村田平次『インパール作戦―烈兵団コヒマの死闘』より)
1952年に
厚生省援護局の調査したビルマ方面の作戦兵力と
戦没者の数は、次のとおりだ。
兵
力
303,501
戦没者
185,149
帰還者
118,351
戦没者は、じつに
61%にも
達したことが分かる。
これは、陸軍の陸上部隊のみで
航空部隊は
含まれていない。
つまり、海軍と航空部隊を加えれば、犠牲者数は
もっと多い。
この戦没者の中で、餓死・病死者の割合が
どうであるかは、
正確には判明しないのだが、多くの将兵の証言や記録によると
戦死者よりも
餓死・病死者が
はるかに多かったことが判る。
補給を無視した
無謀な作戦に駆り出され、飢餓地獄のなかで
歩く体力を失い、助けてくれ、連れて行ってくれ
と泣き叫び
友軍兵士の脚に
すがりついていた
重病患者たちの
無念さ、
悲しみを
思うとき、「玉砕」などという粉飾された言葉を並べ
偽りの戦果ばかりを発表し続けた大本営、そして日本軍自体に
怒りと
情けなさを
感じざるを得ない。
同時に、その当時の軍部が
垂れ流した
戦争の大義名分や
美しく
粉飾された
武勇談などを、いまだに疑うことなく
賛美礼賛して憚らない
愚かなヤスクニ派が存在することも、
同じ日本人として
恥ずかしいことであり嘆かざるを得ない。
これでは、平和を生きる
日本国民としては
無責任であり、
無念の死を遂げた大勢の戦争犠牲者に対し本当に申し訳ない。
これは メッセージ 38652 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(13)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/06 20:24 投稿番号: [38652 / 41162]
惨憺たる敗北を喫し、おびただしい数の「英霊」
を増産した
インパール作戦の実情について、もう少し
記述しておこう。
南方軍復員本部復員課が
1946年6月に作成した資料、
「ウ号作戦及次期態勢移行ノ作戦間ノ給與及衛生」を引用する。
歩兵第六十七聯隊
大佐滝口一郎
給與
終始後方補給皆無ニシテ主食米ハ現地物資ヲ利用
セルモ、其他特ニ塩補給極メテ困難ニシテ全般的ニ
極メテ不良ナリ
衛生
給與ノ素悪、雨期、薬物補給ノ皆無等ニ依リ、
栄養失調、マラリア、脚気多発シ、戦病死者多発
スルノ止ムナキニ至リ、衛生状態極メテ不良ナリ
これは、報告の
ごく一部であり、他の聯隊長からの報告も
同様か、あるいは
それ以上に
悲惨な状況を報告している。
いずれも
作戦中は
糧秣の補給がなかったこと、
そのために
栄養失調やマラリア、脚気、赤痢などが多発し、
多数の死者が
出ていたことを
伝えている。
大本営が、作戦の失敗を
ようやく認めて、中止を命じたのは
7月3日のことだったが、ときすでに
遅かった。
兵士の体力は衰え、健康な者など
誰一人
いなかった。
兵士の命を第一に考えるなら、いさぎよく降伏すべきなのだが、
敵の捕虜になるなら死ぬべきだ
とする
皇軍においては
それは許されず、悲惨な退却が
試みられることになった。
飢餓に苦しみながら、雨期に入ったアラカン山系の密林の中を
退却中に力尽きた
将兵の死体が
退路を埋めた。
惨状は、生き残った兵士によって、次のように描かれている。
遺棄された死体が横たわり、手榴弾で自決した負傷兵の
屍があり、その数が
だんだん増えてきた。
石ころの
難路を越え、湿地にかかると、動けぬ重症の
兵たちが三々五々屯していた。水をくれ、連れていって
くれと
泣き叫び、脚にしがみついて
放れないのだ。
髪はのび放題のび、よくもこんなにやせたものだと
思うほど、骨に皮をかけただけの、あわれな姿だ。
息はついているが、さながら
幽霊だった。
(中略)
途中、潅木の中にひそんだ盗賊にやられた兵が、
腹部を至近弾でやられ、雑嚢が散乱している姿を見た。
戦争は生きることの全貌を一変させるものだ。
生きるためには、味方さえ
殺しあうのだ。
われわれも、恥もなく
屍についた雑嚢を探したのだが
食い物はなにひとつはいっていなかった。
おぞましい
非人の仕業もあきらめ、歩いては休み、休んでは歩き、
体内に残る生命の焔をかきたて、生きようとする苦行だけは
つづけた。
(志摩辰郎「地獄街道の戦い」より引用)
日本兵は、餓死寸前の状態で、インパールからの退却を続けた。
まさに
地獄であり、どこにも
美しい「散華」は存在しない。
このような
退却の様相は、ほかの将兵によっても語られている。
これは メッセージ 38651 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(12)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/06 20:23 投稿番号: [38651 / 41162]
ガダルカナル、ニューギニアなど
太平洋の島々のほかにも、
補給無視で
「英霊」を
増産した作戦として
有名なのは、
1944年に
ビルマ方面軍が強行した
インパール作戦だ。
戦力枯渇が目立つ44年になって、成算のないインド領への
大挙侵攻を実行するなど、無謀というほかない
作戦だった。
じつは、第十五軍司令官の
功名心から
実行されたものだ。
チンドウィン河を渡り、インド・ビルマ国境アラカン山脈を
越え、インド領内に侵入しようという
この作戦の経路には、
密林と
山脈があり、交通機関はなく、第十五軍の3個師団
10万の大軍の
兵站線確保の見込みは
最初からなかった。
すでに制空権は
連合国軍に移り、昼間の行動は
困難であり
道路を構築するための資材も土木機械も
日本軍にはなかった。
道路があっても、制空権がないため
物資を運ぶための
自動車を
走らせることはできず、また
走らせる自動車も、
ガソリンも欠乏していたのだから、土台
無理な計画だった。
なお、このときの
第十五軍
司令官は、盧溝橋事件の際の
支那駐屯歩兵第一聯隊長で、戦争のきっかけを作った人物だ。
軍司令官は、作戦に懸念を表明する補給担当の参謀を一喝し、
像や牛、馬、水牛の収集と
調教を命令した。
これらの動物に荷物を背負わせて運び、用が済んだら殺して
食べるのだといい、この作戦を
義経の「鵯越え」
や、
ハンニバルのアルプス越えに例えて得意になっていたという。
当時、大本営の作戦課長だった真田穣一郎大佐は、報告を受け
「第十五軍ノ案ハ徹底的ト云フヨリ寧ロ無茶苦茶ナ積極案ナリ」
と回想録に書いた。
(引用:『戦史叢書・インパール作戦』)
ところが、この“無茶苦茶な”作戦が、南方軍の認可を受けて
実行に移されてしまった。日本軍には構造的欠陥があったのだ。
3月上旬、携行食糧2週間分を持って、チンドウィン河を渡り、
攻撃を開始した
第十五軍の兵隊たちの運命は、悲惨だった。
左翼の第三十三師団は、3月下旬にインパール平地に達したが
食糧はなくなり、弾薬も不足して
攻撃続行が困難となった。
軍司令官は
これに憤って、師団長の柳田中将を罷免した。
中央を進んだ第十五師団も、インパール間近まで
迫ったが、
三十三師団と同様の状況から
攻撃が頓挫した。軍司令官は
消極的だとして、第十五師団長の山内中将も
罷免した。
右翼を進んだ第三十一師団の佐藤中将は、インパール北方に
進出していたが、「米一粒も補給がない」ため、独断で退却。
この佐藤中将の判断は当然であったが、日本軍という特殊な
組織では
許される行為ではなく、抗命の容疑で罷免のうえ、
軍法会議にかけられ、精神錯乱ということで
片付けられた。
軍司令官は
3人の部下師団長を全員罷免し、強引に攻撃を
督促したが、補給の途絶えた
部隊の状況は
地獄だった。
これは メッセージ 38650 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(11)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/06 20:23 投稿番号: [38650 / 41162]
補給無視の無謀な作戦で
大量の餓死者を出した例として
ガダルカナル戦と
ソロモン群島の戦闘状況を紹介したが、
これらは、大量の「英霊」
増産の
一例に
すぎない。
太平洋戦争の
各戦場で
餓死・戦病死が
多数発生した。
これは、日本軍の
近代軍にあるまじき欠陥に要因があった
無謀な侵攻作戦の例は、ガ島やソロモン群島の他にも数多い。
たとえば、42年の
ポートモレスビー攻略戦。
道なきジャングルを
踏破して、標高4千mの
山脈を越え、
ニューギニア東南岸を攻略するという無謀きわまりない作戦で
結果、日本軍は惨敗・退却したが、敗残兵の多くは補給もなく
餓死者を大量に発生させて
全滅に近い
状態となった。
このときの様子を、歩兵第百四十四聯隊の小岩井第二大隊長が
次のように述べている。
食糧の欠乏は、敵弾以上の徹底的損害を
我が軍に与える
ようになって来た。私の大隊の将兵もみんな飢餓で体力を
消耗しきってしまい、頬は落ち
髪は伸び放題となり、
眼球は深く
凹んで
底に異様な光が残った。
そして顎はとび出し、首は一握りほどに細り、気力なく
足を引きずってよぼよぼと歩き、着ているものは破れ、
跣足で棒のように痩せた腕に飯盒をぶら下げ、草を摘み
水を汲んで歩く姿にはどこにも二、三十才の年齢は見られず
老いさらばえた乞食といった様子だった。
栄養失調の衰弱した体に
一たび下痢が始まりマラリアが
頭を擡げると、血便をくだし、四十度前後の高熱に襲われ
キニーネ等の微温的な投薬では解熱どころか却って下痢を
悪化し、発病までは一粒の米でも貪り食った者が、今度は
戦友の心尽くしの一滴の粥すら
欲しないようになり、水
ばかり飲んで喘いでいるのだった。
(中略)
患者はたいてい一週間も発熱を続けると
脳症を起こして
うわ言を
いい始め、嘘のように脆く、
ちょうど晩秋の落葉のように
飽気なく
死んで行った。
三十才にもなろうかという男が
無意識に
母親の名を
呼び続けて
死んで行くこともあった。
(中略)
この作戦の終ったあとで戦歿者の統計を調べると
三割が
敵の弾による戦死、残る七割は病死だった。
戦場の実態は
このような惨状だったが、大本営はこれを「玉砕」
という
美しく華々しい戦闘死であったかのように
伝えている。
無謀な作戦に駆り出され、補給もないまま
やせ細って
死んだ
多くの犠牲者の無念、苦しみ、悲しみは
すべて覆い隠された。
これは メッセージ 38649 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(10)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/06 19:48 投稿番号: [38649 / 41162]
第十七軍と同じく、タロキナ作戦失敗後の
第六師団が
現地自活に移ってからの
状況の例として、「戦史叢書」は
第六歩兵団司令部
木下西舟少佐の
次の回想を掲げている。
タロキナ作戦終了後の歩兵大隊の兵力は二〇〇〜三〇〇名
であったと思うが、マラリアと栄養失調で
悲惨な状況で
あった。
糧食の補給は
間もなく
全く
なくなった。
現地自活に着手し、一人一畝を
耕作して、これによって
一日
約一キログラムの芋を
収穫することにしたが、
収穫までは
約三カ月かかるので、この間
毎日
ジャングルの中の
野草を捜した。
ひどい時には
飯盒の蓋一杯の
野草が食糧で、
これに
時に澱粉椰子の団子が
加わる程度であった。
塩は海岸で作った。
ようやく
芋が出来始めると、今度は畑を荒す者が出た。
畑を荒す者は
銃殺であった。
人肉を食べた者がある
などという話も
あった。
(引用史料:『戦史叢書・南太平洋陸軍作戦〈5〉』)
タロキナ作戦終了後
4万余の兵力は、方面軍の報告によれば
45年の
敗戦後には
23,053名にまで
減少しており、
「大部分このような事情に基づく戦病死者であると推定される」
と書かれている。
NHKの教育テレビで
「封印――脱走者たちの終戦」という
ドキュメント番組が
放送されたことが
ある。
その内容は、
ブーゲンビル島の第六師団のすさまじい飢餓の状況にかんする
旧日本兵たちの生々しい証言だったが、その中で
食糧を求め
離隊し、終戦後に戻った兵を
逃亡兵として、裁判にもかけず、
銃殺したというもので、終戦後60日もたってから30人もが
「処刑」
された
という証言もあった。
極限の飢餓状態の中で、食糧を求めて
隊を離れた
兵士を
「敵前逃亡」の罪名を被せて、軍法会議にかけずに殺害した
ということが事実であれば、当時の日本軍が
いかに
非人道的な強制を
行なっていたかが
示されている。
食糧は、わずかながら
自給できたとしても、栄養の偏りは
避けられず、将兵の体力は
低下していった。
さらに
補給の途絶によって、医薬品も
底をついた。
44年9月ごろには、マラリアの薬が
なくなり、全部隊の
人員の
じつに95%が
マラリア経験者だった
という。
なんらの戦果も期待できず、戦略的価値を
完全に失った島で
敵からさえも無視されまま、ただ餓死者を増やし続けた皇軍に
残された
唯一の道は、一人でも多くの生命を
救うために、
いさぎよく
敗北を認めて、ただちに
降伏を
すべきだった。
しかし、皇軍には
人権感覚や
近代軍としての
判断力が、
まったく
備わっていなかった。
その無謀な体質の背景には、「死」を
美しく
粉飾し続ける
靖国思想の侵淫が
少なからず存在していたと言えるだろう。
これは メッセージ 38648 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(9)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/06 19:47 投稿番号: [38648 / 41162]
44年1月、日本軍の軍事拠点ラバウルは
完全に孤立した。
ニューギニアとニューブリテン島の間の
ダンピール海峡が
米軍に突破され、さらに
北方の諸島を
占領されたからだ。
44年3月、日本軍は
タロキナの敵陣地への反撃を試みたが、
圧倒的な米軍の火力に阻まれ、戦力をまったく喪失してしまう。
以後、ブーゲンビルの
第十七軍約3万2千、第八艦隊約2万、
計5万の陸海軍将兵は飢餓と戦いつつ敗戦を迎えることになる。
タロキナ作戦失敗後の状況は、第十七軍残務整理部が作成した
「ブーゲンビル島の作戦」
という史料に、記録されている。
タロキナ攻略作戦は全力を傾けて行はれた。
残余の軍需品も戦力を培養する為
無制限に使用されたのは当然である。
そこでこの作戦が失敗に帰したときには
食ふべき何物も
残って居らなかった。
そして銃を捨てると鍬をとった。
作戦間に荒れ果てた耕地はもとより
密林を伐開して開墾につとめた。
(中略)
土民の所有しているものが多くあらう筈がないのに
之も半ば強制的に徴発するものも出て来た。
木の芽、草の根、食べられるものはすべて食した。
海の魚はとりたくても
敵機が絶えず哨戒するし
爆薬は将来の作戦を考へればこんなことに供用は
出来なかった。
小川の魚は
すぐとり尽された。
蛋白質の給源は「トカゲ」であり
蛇であり鼠、
「バッタ」の類に
及ばざるを得なかった。
(中略)
以上のような給養状態であるから負傷したものの傷は
なかなか
癒らないし
病後の恢復は
むつかしく、
マラリアの蔓延は
之を助長した。
かくの如くして「タロキナ」
作戦にもまさる
兵力の損耗を来した。
率直に云ふならば死ぬ前に
一度、たった一度だけで良いから
腹一杯食べたい
と思ったのは
死んでいった戦友だけではなかった。
戦線が
すでに
北太平洋に移行したので、連合軍側は
この無力化した日本軍を無視し、あえて強攻を
加えることなく、
第十七軍は、もっぱら「飢餓」
という強敵とのみ
戦いながら、
おびただしい数の
「戦死者」ならぬ
「餓死者」を出しながら
惨めな敗戦を
迎えることになった。
「英霊」が
大量に増産された背景には、こうした惨状があった。
これは メッセージ 38647 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(8)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/06 19:47 投稿番号: [38647 / 41162]
惨めな
ガダルカナル敗退後の
ソロモン諸島方面の状況は、
その教訓を
生かせず、補給困難な離島に
兵力を送り込み、
「飢餓」大量発生の悲劇を
繰り返すばかりだった。
ガ島撤退の際、ラバウルの第八方面軍は、新来の第六師団を
北部ソロモンの
ブーゲンビル島に送り、第十七軍の収容と
同島の警備に
当たらせた。
また
従来から少数の陸軍部隊を配備していた中部ソロモン
ニュージョージア島ムンダや
サンタイサベル島のレガタに、
海軍陸戦隊を増強した。
陸軍も新たに南東支隊を編成した。
しかし、1943年当時
すでにソロモン群島方面の制空権は
米軍の手中にあり、島々への
補給輸送は
困難をきわめ、
ガ島の
二の舞になることは、必至の状況
となっていた。
米軍の
中部ソロモンへの攻撃は、ガ島撤退から
4ヶ月後、
43年6月30日に
始まった。
7月上旬には飛行場を奪い、
8月中旬には
北部の島にまで
上陸した。
各戦線では
残存部隊が
敵中に取り残され、撤退もできず、
また
降伏することも
許されず、「置き去り」
となった。
北部ソロモンの主島
ブーゲンビルには、各方面から
撤退してきた
部隊が
集まっていたが、11月1日、
米軍は
日本軍の予想をうらぎって
ブーゲンビル島
西海岸の
タロキナ岬に
上陸した。
ブーゲンビル島は
ラバウル防衛のための
要点だった。
海軍は
航空兵力の主力をあげ、タロキナへの反撃を行なった。
この
ブーゲンビル島沖航空戦について、大本営は、戦艦4隻、
航空母艦5隻、巡洋艦10隻撃沈などの
大戦果をあげた――
と
発表したが、これは
例によって、まったくの虚報だった。
第十七軍は、ジャングルを踏破して
タロキナ岬を攻撃したが、
圧倒的な火力の差で
反撃に失敗した。
米軍は、タロキナの橋頭堡と
飛行場を確保した後は、
日本軍を深追いせず、すでに
次の作戦に移っていた。
北部ソロモン群島の戦いが続いている間に、米軍は中部太平洋
方面での攻撃を進展させ、43年11月にはギルバート諸島の
マキン、タラワ両島に
上陸し、海軍守備隊は
全滅した。
44年2月には、マーシャル群島のクェゼリン、ルオット両島で
上陸した米軍に
陸海軍の守備隊が敗北、全滅した。
大本営は、これを
例によって
「玉砕」
と発表した。
同月17日、海軍の根拠地
トラック島が空襲で大損害を被った。
その後、ニューブリテン島はるか北方のアドミラルティー諸島を
占領されたので、ラバウルは完全に敵中に孤立することになった。
この段階で、ブーゲンビル島はもちろん、ラバウルの戦略的価値は
完全に失われた。
にもかかわらず、日本兵は投降できなかった。
撤退も降伏も許されない戦場で、皇軍兵士たちは
敵兵ではなく
より苛酷な
飢餓という
強敵との戦いを
続けることになった。
タロキナ作戦失敗後の
第十七軍の状況については、後述したい。
どのようにして「英霊」が大量増産されたか、実態を知ることで
ヤスクニ神社が美化する
戦争の真実を、明らかにできるだろう。
これは メッセージ 38646 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(7)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/06 19:46 投稿番号: [38646 / 41162]
ガ島奪回作戦は、補給をまったく無視して
部隊を送り込み、
戦死者の3倍もの餓死者を出すという
悲惨な結果を迎えた。
大量の餓死者を出すというこの戦局で、何よりも問題なのは
補給が困難なのがわかっているのに
上陸作戦の強行を命じ、
長期間
撤退させず、持久戦を命じた
大本営の責任だろう。
その伏線は、すでに
ミッドウェー作戦にあった。
連合艦隊が
ミッドウェー作戦を
計画したとき、当初
大本営海軍部は
強行に反対した。
その反対理由のひとつは、
たとえ
ミッドウェーを攻略できたとしても、占領後の防備や
補給輸送が難しい
ということだった。
(参考文献:防衛研究所『戦史叢書・ミッドウェー海戦』)
じつは、陸軍部も当初は反対で、補給が難しかろうというのが
その理由だった。
しかし、海軍主体の
作戦なので、陸軍は
わずか歩兵一大隊主体の
一木支隊を派遣することにしたのだ。
一木支隊の兵力は
歩兵第二十八聯隊長一木清直大佐指揮下の
歩兵一大隊を基幹とする
約3,000名だった。
この
一木支隊が、ガ島の
奪回作戦に
振り向けられた。
制海権が失われていたために
輸送船は使えず、一木支隊は
駆逐艦で
ガ島に送り込まれた。
このため、重火砲などは
運ぶことができず、火砲や戦車をそろえて待ちかまえていた
米軍に
敵うはずはなく、わずか
半日の戦闘で
先遣隊は
全滅し、聯隊長は
自決した。
圧倒的な兵力の差はもちろん、武士道精神と
銃剣突撃で
米軍の弾幕に
対抗できるはずは
なかった。
一木支隊惨敗の後も
大本営は、同じように
川口支隊、
第二師団、第十七軍と、兵力の逐次投入を
繰り返した。
補給は
輸送船が使えず、「鼠輸送」や「蟻輸送」に頼った。
「鼠輸送」とは、本来戦闘用の艦艇である高速の駆逐艦を使い、
「蟻輸送」とは、小型の発動艇を使って昼間は島の陰に隠れて
夜間に
少しずつ行なう
輸送のことだ。
どちらも
兵員や小火器を運ぶのがやっとで、重火砲や戦車を
運ぶことはできず、少人数の補充兵を
送るのがやっとだから、
大軍を支える補給品、弾薬や食糧を運ぶことは無理だったのだ。
そんなところに
陸軍兵力を
次々と送りこんだということは、
圧倒的に優勢な米軍の火力装備に
銃剣で勝てるという妄想を
軍上層部が
抱いていたからでは
ないだろうか。
さらには、
送り込んだ兵力への補給を無視し、持久戦を命じていたことは
精神力で飢餓を克服できると大本営は、本気で考えていたのだ。
歩兵の白兵突撃は、米軍の自動小銃と機関銃の圧倒的な弾幕に
なぎ倒され、ことごとく
全滅した。
ところが
日本軍は、
同じ失敗を、敗戦まで、他の島々でも
繰り返したのだ。
こうして、「玉砕」と称する
悲惨な全滅戦が全域で続けられ、
大量の
「英霊」が
生み出されていくことになった。
これは メッセージ 38645 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(6)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/06 19:45 投稿番号: [38645 / 41162]
補給もなく、飢餓と
栄養欠乏による疾病で、兵士が
次々と
倒れていく
惨状。
にもかかわらず、大本営は
ガ島作戦を
中断せず、11月16日には、持久戦をせよ
と命令した。
第十七軍参謀長
小沼治夫少将は、次のように
書いている。
輸送、補給が続く状況に於ては
持久戦が成立するが、
輸送補給が
途絶し
第一線将兵が飢え
杖をついて
辛うじて歩行して居る「ガダルカナル」の第十七軍が
持久任務を受けて
何時迄持久し得るやの回答は単に
「敵の大攻勢を受ける迄持久し得」
といふに止まる。
予が
大本営から持久任務を受領して
感じたことは
「敵をして
大攻勢をとらしめないように
陣地特に
アウステン山方面の陣地を
強化しつつ
進んで欺瞞、
陽動及局部的積極行動を採り絶えず敵に危惧、圧迫感を
抱かせる」
ことの必要であった。
つまり、補給が途絶えている状況で
持久戦を命じられたが、
見通しは立たず、結局のところ
敵に攻撃されるまで耐える
だけであり、できることとして
考えられるのは、局地的な
ゲリラ戦法等で
敵軍に
不安感、精神的圧迫感を
抱かせ、
攻撃を遅れさせるしかない、ということだ。
さらに
小沼参謀長の手記は
以下のように続く。
第一線陣地の守兵中歩行に堪えない傷病者は
陣地の守備に
任じ(壕内に寝て居り敵が近づいて来ると起き上って射撃し
又は手榴弾を投ずる)。
杖に倚って歩行し得る者は後方の
糧秣運搬及炊事を担任し
比較的元気の者は或は挺進斥候と
なり(出発数日前から飯の配給量を増加し元気を回復させて
出した)敵陣深く潜入して
後方撹乱を行なわせ
或は夜間
敵陣地又は哨所を奇襲して
偉功を樹てる等上下一致、戦友
相励まし終始積極的(局部的なるも)に行動し敵の大攻勢を
遅らせるに役立った。
歩行できない兵士が陣地の守備、杖をついて歩く兵士は後方支援、
「比較的元気」
のある者が
夜間奇襲などを
試みていたのだ。
このように
寝たきり状態や
杖を頼りに歩く
兵士を抱えて、
ガダルカナル島の
持久戦が行われていた。
これでは自滅作戦だ。
防衛省の
公判戦史が、各種資料から推計した
数によると、
陸軍の
ガダルカナル島に
上陸した人員は
31,400名、
そのうち、途中病気などで
離島した者は
740名、
撤収作戦で
収容されたのは
約9,800名
であるから、
じつに
20,860名
もの生命が
失われたことになる。
このうち、純戦死が
5,000名から
6,000名であり、
残りの
約15,000名が
栄養失調症、マラリア、下痢、
脚気などの悪化による餓死や
病死である
とされている。
(参考:防衛研究所『戦史叢書・南太平洋陸軍作戦〈2〉』)
つまり、純然たる戦闘死の
3倍以上が
広義の餓死者なのだ。
このような
悲惨な状況を自ら招いた「皇軍」
には、根本的に
近代軍としては
致命的な欠陥があった
と言えるだろう。
これは メッセージ 38644 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(5)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/06 19:28 投稿番号: [38644 / 41162]
降伏を許されず、死ぬまで戦うことを義務づけられた兵隊が、
戦うための体力を失い、密林の中で
次々と餓死・病死した。
そうした状況を
生き延びた将兵が
残した手記がある。
以下、小尾靖夫「人間の限界――陣中日記」
より引用する。
12月27日(1942年)
今朝もまた数名が昇天する。
ゴロゴロ転がっている屍体に蝿がぶんぶんたかっている。
どうやら俺たちは
人間の肉体の限界まで
きたらしい。
生き残ったものは全員顔が土色で、頭の毛は産毛のように
薄くぼやぼやになってきた。黒髪が、ウブ毛にいつ変った
のだろう。
体内にはもうウブ毛しか生える力が、養分がなくなったらしい。
(中略)
やせる型の人間は骨までやせ、肥える型の人間はブヨブヨに
ふくらむだけ。
歯でさえも金冠や充填物が外れてしまった
のを見ると、ボロボロに腐ってきたらしい。歯も生きている
ことを初めて知った。
この頃アウステン山に
不思議な生命判断が流行りだした。
限界に近づいた肉体の
生命の日数を、総計の結果から
次のように
わけたのである。
この非科学的であり
非人道的である
生命判断は
決して
外れなかった。
立つことのできる人間は・・・寿命三十日間
身体を起こして坐れる人間は・・・・三週間
寝たきり起きられない人間は・・・・一週間
寝たまま小便をするものは・・・・・三日間
もの言わなくなったものは・・・・・二日間
またたきしなくなったものは
・・・・明日
これが、ガ島の第一線部隊の
食糧欠乏がもたらした
状況だ。
こんな惨状に陥っている第十七軍に対しても、なおも大本営は
11月16日付で、持久戦をせよ
という命令を
下している。
裸の人間を
毒蛇の巣に放り込んでおいて、そこで
耐えろ
と言っているに
等しい。
これでは
まるで、意図的に
「靖国の英霊」を、大量に増産しようとしていたかのようだ。
これは メッセージ 38643 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38644.html
大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(4)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/06 19:27 投稿番号: [38643 / 41162]
補給が
不可能ならば、近代戦では
「敗北」
を意味する。
それでも
大本営は、ガダルカナル島奪回作戦を
打ち切る
という決断を下すことができず、前線の指揮官も作戦中止を
言い出すことができず、ずるずると
無謀な戦いが継続した。
この間の
海空の大消耗戦で生じた
艦船、航空機、兵員の
莫大な損害は、取り返しのつかない
戦力喪失となり、
その後の戦況にも
大きな影響を
及ぼすこととなった。
大本営が、やっとのことで
ガ島からの撤退を決めたのは、
42年12月31日に
なってからだった。
撤収作戦そのものは、米軍に
察知されずに
成功したが、
かろうじて救出された者は、上陸した全兵力の
3分の1、
その兵隊たちも
栄養失調で体力を失い、餓死寸前だった。
この
ガ島惨敗の責任は、まったく
大本営の作戦にある。
装備も優秀で
準備万端を整えて上陸してきた
米軍に対し、
情報収集もせずに、わずか1000名で軽装備の一木支隊を
銃剣突撃で飛行場を奪回しようという、およそ戦理に反した
無茶な攻撃を実行させ、その後も
同じ失敗を
繰り返した。
一木支隊先遣隊が、米軍の火力に阻まれ、戦車に蹂躙されて
一瞬にして全滅したのに、何回も同じ戦法を繰り返したのだ。
制海・制空権を失ったために
闇夜の中の鼠輸送しかできず、
重火器も運べず、白兵突撃戦法しか採れない――
これでは、優秀な火力装備に
勝てないことは明らかなのに、
大本営は、装備も補給も軽視して
亡国的怠慢を犯したのだ。
装備が
運べないのだから、食糧も
運べない。
人間は
食糧がなければ
生きて行けない。
ましてや
戦闘に耐えうる
体力維持は
不可能だ。
大本営の作戦当局者たちは、前線に送り込んだ兵隊たちの
食糧補給を、いったい
どう考えていたのだろうか。
南太平洋方面の日本軍の
戦略基地であった
ラバウルと、
ガダルカナル島との間は
1100キロも
離れている。
制海・制空権を
奪われ、補給が困難なことは明白なのに、
3万を超す将兵が、身一つで
この島に送り込まれたのだ。
上陸した兵士たちは、背嚢に背負った
数日分の食料を
食いつくした後は、食糧の補給を
受けられなかった。
空腹に耐えかね、野生の植物を食べて
下痢をおこしたり、
有毒植物に当たる場合も
多かった。
栄養失調で
体力が衰えているため、赤痢や
マラリア、
その他の風土病への抵抗力もなくし、次々と
倒れていった。
そうした記録を
掘り起こしながら、太平洋戦争の実相と
玉砕という愚挙を繰り返した
日本軍の性質を
考えていきたい。
これは メッセージ 38642 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38643.html
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