南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 検証・南京虐殺は全て捏造 横

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/12/21 17:03 投稿番号: [37880 / 41162]
>ハヨ、反日特亜三国に国籍返上し

もしかして、(日本に国籍を返上し)って言いたいのかな?
日本人が虐殺されたって、どの事件の事を指してるの。
いくら田舎者のどん百姓でも、もう少しちゃんとした日本語を
覚えましょう。ガンバレよ。

Re: 検証・南京虐殺は全て捏造 横

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2011/12/21 16:52 投稿番号: [37879 / 41162]
未だ日本国に棲息しているのか〜?

反日サヨって日本人が虐殺された事に付いては、何の痛みも感じないようだなぁ〜。ハヨ、反日特亜三国に国籍返上し、移り住め!このボケ作!

Re: 検証・南京虐殺は全て捏造 横

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/12/21 16:36 投稿番号: [37878 / 41162]
>日本の裁判所は小説や、研究や、学者の良し悪しまで判断するんだね、宗教裁判のようだね、>

うん、その結果、ペテン学者の東中野某が完膚なきまでに敗北しました。
まあ〜、彼が最低の悪質な学者だということを日本の最高裁判所が認定したという事ですね。じゃんじゃん!

Re: 検証・南京虐殺は全て捏造 横

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/21 16:31 投稿番号: [37877 / 41162]
名誉が守られたのではなく、小説の内容が守られたと言うことだよね、嘘吐く君。

日本の裁判所は小説や、研究や、学者の良し悪しまで判断するんだね、宗教裁判のようだね、嘘吐く君。

Re: 検証・南京虐殺は全て捏造 横

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/21 16:29 投稿番号: [37876 / 41162]
南京では何も起こらなかった、だから蒋介石は日本と昭和12年からズート日本と裏で交渉をしていた、嘘吐く君。

Re: 九州大学生体解剖事件

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/21 16:28 投稿番号: [37875 / 41162]
同然の行為だよ、脳死君。

Re: 検証・南京虐殺は全て捏造 横

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/12/21 15:53 投稿番号: [37874 / 41162]
>馬鹿は日本の裁判所ではなくこの文字が何を意味するか理解できない御仁だと思うが「”名誉毀損”事件」>

原告夏さんの名誉が守られた。
夏さんがうそつきか、それとも、ペテン学者中央線東中野某がうそつきか、
どっちがウソツキか、それがはっきりした。それでいいでしょう。
妥当な判決です。何か問題でも?

Re: 検証・南京虐殺は全て捏造 横

投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2011/12/21 15:46 投稿番号: [37873 / 41162]
>日本の最高裁判所の裁判官がニャンコチャンより
バカだとはだぁ〜れも思わないんだよね。

馬鹿は日本の裁判所ではなくこの文字が何を意味するか理解できない御仁だと思うが

「”名誉毀損”事件」

Re: 検証・南京虐殺は全て捏造 横

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/12/21 15:12 投稿番号: [37872 / 41162]
>南京事件が無かったことは、有ったとする馬鹿が集めた証拠が全て捏造又は虚偽だったと言うことから、証明された。>

まあ〜、ニャンコチャンが東大の医学部を何回も受験した天才だってぇ〜
ことは認めるけど、日本の最高裁判所の裁判官がニャンコチャンより
バカだとはだぁ〜れも思わないんだよね。

*南京大虐殺・夏淑琴氏 名誉毀損事件弁護団 声明

2009年2月5日

最高裁判所第1小法廷は、本日、南京大虐殺事件の被害者である夏淑琴氏に対する名誉毀損に関し、慰謝料の支払い等を求めた事件について、一審被告東中野修道等による上告及び上告受理申立を、いずれも棄却する決定を行った。これによって、夏淑琴氏の勝訴が確定した。

本件訴訟は、夏淑琴氏が1937年12月に南京で発生した旧日本軍による虐殺事件 (南京大虐殺事件) において、両親など家族7人を虐殺され、自らも銃剣で刺されて重傷を負うなどの筆舌に尽くしがたい深甚な被害を被ったのにもかかわらず、被告東中野修道が、その名誉を毀損する書籍 「『南京虐殺』 の徹底検証」 を被告株式会社展転社等から出版したことに対し、夏淑琴氏が名誉毀損及び人格権の侵害を理由として、損害賠償と謝罪広告の掲載を求めたものである。

すなわち本件書籍は、史料に被害者として登場する 「『八歳の少女』 と夏淑琴とは別人と判断される」、「『八歳の少女 (夏淑琴)』 は事実を語るべきであり、事実をありのままに語っているのであれば、証言に、食い違いの起きるはずもなかった」、「さらに驚いたことには、夏淑琴は日本に来日して証言もしているのである」 等と記載され、これらの記述は、原告が 「ニセの被害者」 であると決めつけ、ウソの証言までしているものと非難するものであり、原告の名誉を毀損するとともに、その人格権を著しく侵害するものである。

一審被告らは、上告審においても、南京事件は国民政府の謀略である等、荒唐無稽の主張と史実の歪曲を重ねたが、最高裁判所もこれらの主張を受け付けなかった。南京大虐殺事件は歴史的事実であり、当時の日本の侵略性を示す事件として世界に広く報道され、国際的な批判を浴びた蛮行であった。

大都市における顕著な侵略的事実は、当然のことながら多くの目撃者と記録が残され、現地においては公知の事実であり、大規模な虐殺行為が行われたという歴史的事実は疑いのないところであって、現在の歴史学界における定説といってよい。

過去と向き合い、事実をありのままに受け入れることからしか、侵略の歴史への反省はあり得ないし、真のアジアの平和の構築も実現しない。

夏淑琴氏が、高齢にもかかわらず本件訴訟を提起したのは、自分の悲惨な体験を語り続け、戦争の悲惨さと平和の尊さを社会に訴えることが、日中両国民の信頼関係の確立と、アジアの平和にとって必要なことであるという信念に基づく。

最高裁判所が今般、あらためて夏淑琴氏の主張を認め、一審被告らの上告を棄却したことは、本件訴訟のこのような趣旨に照らし極めて大きな意義を有する。

誤った歴史観を許さず、歴史の改竄を許さないことによって平和な国際社会を実現することは、日中両国の心ある市民と我々弁護団の共通の願いである。

今般の最高裁決定によって、この願いが改めて実現したことを、私たちは高く評価するものである。

2009年2月5日

南京大虐殺・夏淑琴氏名誉毀損事件弁護団

Re: 九州大学生体解剖事件

投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2011/12/21 14:07 投稿番号: [37871 / 41162]
>はいはい、お前さんの主張は

で、お前さんの主張はなんら根拠もなく「日本人のやったことは何で悪」
というここまで来ると喜劇としか言いようがないものですな。

Re: 九州大学生体解剖事件

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/21 13:54 投稿番号: [37870 / 41162]
はいはい、お前さんの主張は、九大生体解剖事件は
なんらおかしな行動でない、当たり前の行為だと。
恐れ入りました、はい。

Re: 九州大学生体解剖事件

投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2011/12/21 09:29 投稿番号: [37869 / 41162]
>やれやれ、今度は九大生体解剖事件のことも
おかしな行動でないと言い始めたか。

おかしいと思うならウィキペディアの記事でも直してきたらいかがですかな

>馬鹿ウヨの言う「日本人のやったことは何でもOK」

つまりこの文章がそう読めると

「インフォームドコンセントを経ない臨床実験は当時、”アメリカを含め世界中で一般に行われており”」

どうやらおかしいのはあなたの日本語読解能力のようですね。それとも単に揚げ足取るために文章をよく読まなかったか。

どちらにしろ”ただの”馬鹿ですけどね。

検証・南京虐殺は全て捏造

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/21 05:55 投稿番号: [37868 / 41162]
南京事件が無かったことは、有ったとする馬鹿が集めた証拠が全て捏造又は虚偽だったと言うことから、証明された。

Re: 九州大学生体解剖事件

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/21 05:53 投稿番号: [37867 / 41162]
馬鹿サヨは日本人が蒙った被害を無視するんだよね、脳無しだから。

Re: 九州大学生体解剖事件

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/21 05:51 投稿番号: [37866 / 41162]
九台に収容された飛行兵は、肺気腫を起こしており、九大には当時此の病気の世界的権威が居たので、治療を行った、嘘吐く君。

航空機の与圧から解放されると、人間の肺に損傷が起こるという研究を行っていたのは世界でも少数しか居らず、其の世界的権威の一人が九大に居た、嘘吐く君。

検証・南京虐殺は組織的な犯行なのか(5)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/21 00:25 投稿番号: [37865 / 41162]
南京攻略戦に   直接参加した部隊の中で、上海派遣軍では
歩兵第六十五聯隊基幹Y支隊は、12月14日に捕獲した
14,777名の捕虜を、いったんは   学校に収容した。
支隊長の   日記によれば、15日に   捕虜の処置について
軍司令部と   打ち合わせしたこと、結果、皆殺しにせよと
指示があったことが   記されている。

そして、18日に支隊総出で「捕虜ノ仕末」に「精一杯」で
取り組み、支隊長はその様子を   「江岸ニ之ヲ視察」した。
それでも終わらなかったらしく、19日の午前中も   総出で
「捕虜仕末」を続行したため「出発延期」   になったとする。

この日記には、捕虜の「仕末」についての   具体的な方法は
記述されていないが、「江岸」   で実行されたことはわかる。
支隊が総力を挙げて精一杯取り組んでも   一日では終了せず、
かなり大変な作業となったようだ。
軍司令部の指示により   捕虜を殺害したことは   明白であり、
「捕虜仕末」の具体的方法が   記述されていないこと自体が
その残虐な実態を   物語っている。

他の幹部や兵士の記録によれば、「捕虜仕末」   の方法は、
捕虜を揚子江岸まで引き出し、数十人単位で刺殺し、遺体は
川に投げ捨て、さらに   死にきれない者は、銃殺したことが
記述されている。
一支隊だけで、少なくとも   1万数千人の捕虜を   殺害した
という事実が   分かる。

第九師団については史料が乏しいが、入城後の敗残兵剔出で、
歩兵第七聯隊戦闘詳報では6,670、同聯隊長の日記では
6,500を「処断」した   と記されている。
南京に至る間の   戦闘や入城時に   同師団のその他の部隊が
まったく   捕虜を殺していない   ということは   あり得ない。
犠牲者の総数は   膨大なものになった   と考えるべきだろう。

第十軍の第百十四師団では、歩兵第六十六聯隊第一大隊の
戦闘詳報が   残されている。   そこでは、12月10日から
13日のあいだに   捕虜1,657人を   捕らえたこと、
この捕虜を   旅団命令で14日に   すべて殺したことを、
具体的に記述している。
その記述によれば、数日間にわたって   収容していた捕虜を、
上部の命令で、組織的に虐殺したことがあきらかにされている。
以下に   13日の記事の一部を   抜粋してみよう。

   八、午後二時零分聯隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク
    イ.旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ
     其ノ方法ハ十数名ヲ捕縛シ逐次銃殺シテハ如何
    ロ.兵器ハ集積ノ上別ニ指示スル迄監視ヲ附シテ置クベシ
    ハ.聯隊ハ旅団命令ニ依リ主力ヲ以テ城内ヲ掃蕩中ナリ
     貴大隊ノ任務ハ前通リ
 
やはり   捕虜の大量殺害は、偶発的に発生した事件ではなく
日本軍の中国人に対する侮蔑、国際法規を無視した侵略行為
という背景によって引き起こされた   組織的な犯罪であった。
この事実を踏まえ、野蛮な戦争を   二度と起こさない決意と
人権の大切さ、平和の尊さを   胸にきざむべきだ   と思う。

検証・南京虐殺は組織的な犯行なのか(4)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/21 00:25 投稿番号: [37864 / 41162]
南京攻略戦に   直接参加した部隊の中で、上海派遣軍では
第十六師団の   歩兵第三十三聯隊と   歩兵第三十八聯隊、
第九師団の   歩兵第七聯隊、
第三師団の   歩兵第六十八聯隊   第一、第三大隊、
第十軍では   第百十四師団の歩兵第六十六聯隊第一大隊と
歩兵第百五十聯隊、国崎支隊、歩兵第四十一聯隊の第三大隊、
同第十二中隊の戦闘詳報が、防衛研究所に   所蔵されている。

また、このほかに   数多くの関係将兵の日記が残されている。
第十六師団長の日記によると、同師団は12月13日だけで
2万4千〜5千人の捕虜を「片づけた」   と記録しており、
同師団の旅団長も「我支隊のみで二万以上の敵は解決した」
と記録している。
また、同師団隷下の   歩兵第三十三聯隊の   戦闘詳報では、
13日に捕虜2,896を「処断」した   と記録している。
第十六師団だけで、また   たった1日だけで、少なくとも
2万人を超す捕虜を殺したということが   証明されている。

上海派遣軍のなかで、もっとも組織的に   捕虜の大量殺害を
実行したのは、第十三師団   歩兵第百三旅団が指揮する
歩兵第六十五聯隊基幹の   Y支隊である   とされている。
同支隊は、12月14日に   幕府山付近で14,777名を
捕虜にした。

この人数は、当時の   国内の新聞にも   報道されており、
同支隊の幹部や   兵士の日記にも   記録されているものだが、
17,000名とか   20,000名という   記述もある。
上海派遣軍参謀長の   12月15日の日記にも、「支隊ノ俘虜
東部上元門附近ニ   一万五、六千アリ、尚増加ノ見込」とあり、
14日以降も   捕虜は   増え続けていたことがわかる。

Y支隊は、この大量の捕虜を   いったんは   収容したが、
隊の兵力の   数倍にのぼる数で、その給養にも   困惑した。
支隊長の日記によると、14日には「恰モ発見セシ上元門外ノ
学校ニ収容セシ所、一四七七七名ヲ得タリ」
「斯ク多クテハ殺スモ生カスモ困ツタモノナリ」、
15日には、「捕虜ノ仕末其他ニテ騎兵少尉ヲ南京ニ派遣シ
連絡ス   皆殺セトノコトナリ」   と記されている。

支隊長の日記には、捕虜の処置について   軍司令部と
打ち合わせしたこと、その結果、皆殺しにせよとの指示が
あったことが   記されている。   捕虜殺害は一部の兵士が
感情に任せて行なったのではなく、組織的犯行だったのだ。
支隊長の日記は、さらに   以下のとおり   記述している。

18日   「捕虜ノ仕末ニテ隊ハ精一杯ナリ、江岸ニ之ヲ視察ス」
19日   「捕虜仕末ノ為出発延期、午前総出ニテ努力セシム」

検証・南京虐殺は組織的な犯行なのか(3)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/21 00:24 投稿番号: [37863 / 41162]
このほかにも、軍や師団が   捕虜の処分を命令または指示し、
組織的な殺害が行われていたという記録は、数多く存在する。
派遣軍司令部情報主任参謀で方面軍参謀を兼ねていた中佐が、
捕虜をどうするかという師団からの問い合わせにたいして、
くりかえし「ヤツチマエ」と命令していたという記録もある。
これは、当時   方面軍司令の専属副官だった   少佐の証言だ。

南京虐殺否定説を振り回す連中は、こうした   数々の証言を、
すべて   捏造だ、ウソだ、などと   否定しようとするだろう。
しかし、前述に引用した   陸軍次官通牒や   各種戦闘詳報など
日本軍が残した文書には、これらの証言を   裏付けるように、
日本軍の中国軍兵士への認識や対処方針などが示されており、
資料的価値は   十分にあるものばかりだ。

軍や師団の幕僚が   捕虜の殺害を指示していたという証言には、
次のような例もある。   これは、上海派遣軍の   右翼を進んだ
独立攻城重砲兵   第二大隊第一中隊の   中尉による証言であり、
12月14日仙鶴門鎮付近で大部隊を捕虜にしたさいの状況だ。

   捕虜の数は約一万でしたが、早速軍司令部に報告したところ
   「直ちに銃殺せよ」   と言ってきたので拒否しましたら
   「では中山門まで連れて来い」と命令されました。
    (中略)
   「直ちに銃殺せよ」とは、一体誰が決定し、誰が命令を下した
   のか。   当時、私の胸が痛かった印象は、従軍中はもとより
   今日に至るまで、私の脳裡から離れません。
   (畝本正巳「証言による『南京戦史』(5)」)

師団副官が捕虜を殺せと指示したという   歩兵第三十八聯隊副官の
次の証言もある。

   聯隊の第一線が、南京城一、二キロ近くまで近接して、
   彼我入り乱れて混戦していた頃、師団副官の声で、
   師団命令として「支那兵の降伏を受け入れるな。処置せよ」
   と電話で伝えられた。   (中略)
   部隊としては実に驚き、困却しましたが命令やむを得ず、
   各大隊に下達しましたが、各大隊からは、その後何ひとつ
   報告はありませんでした。

降伏を受け入れるな。処置せよ――   これが師団命令だった。
武器を捨てて降伏して来る者は、捕虜として戦時法に基づき
処遇しなければならない、という国際的常識を無視したのだ。
もとより『陸戦ノ法規ニ関スル条約』を『適用シテ行動スル』
ことは、『適当ナラズ』   という考え方が根本に存在していた。
違法な殺害を   命令することには、特に   逡巡はなかったのだ。

検証・南京虐殺は組織的な犯行なのか(2)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/21 00:23 投稿番号: [37862 / 41162]
前述したように、すくなくとも   日本帝国陸軍の   将兵には
中国人捕虜に対しては、他国民のような処置は   不要である、
という差別意識が   深く根付いていた。
さらに、念頭に置くべきは、日中戦争が全面化し始めたとき
陸軍は、これを   「戦争」ではなく   「事変」であるから、
戦時国際法は適用しない、と決定したことだ。

支那駐屯軍が   華北で総攻撃を開始した直後の   1937年
8月5日に発令された日本軍の指令書、「陸支密第198号」
支那駐屯軍参謀長宛陸軍次官通牒『交戦法規ノ適用ニ関スル件』
には、次のように   示されている。

   現下ノ情勢ニ於テ帝国ハ対支全面戦争ヲ為シアラザルヲ以テ
   「陸戦ノ法規ニ関スル条約其ノ他交戦法規ニ関スル諸条約」
   ノ具体的事項ヲ悉ク適用シテ行動スルコトハ適当ナラズ――

さらに、
「日支全面戦ヲ相手側ニ先ンジテ決心セリト見ラルル如キ言動、
例ヘバ戦利品、俘虜等ヘノ名称ノ使用」などは、つとめて避けよ
と   指示している。

つまり、国際法規は適用しない、俘虜という言葉は使うな、
と指示していた。   要するに、中国兵は国際法上の捕虜として
処遇しなくともよい、と言っているのだ。
こうした   軍中央部の方針は、ただちに   現地軍に伝えられた。
とくに   上海戦での苦戦から   敵愾心にあふれた第一戦部隊に、
捕虜を躊躇なく殺す例が   数多く見られたのは   こうした理由だ。

もともと「之レヲ殺害」しても   「問題トナルコト無シ」などと
侮蔑していた中国兵なのだから、わざわざ収監したり護送するなど
面倒な処置は必要なく、ましてや、国際法規を気にする必要はない
と指示されたのだ。   陸戦法規に基くいた   人道的扱いなどが、
日本軍の念頭から   完全に消え去ったのは   ごく   当然だった。

日本軍の包囲網が完成したことにより、南京城内及び周辺地域には
少なくとも   約10万の中国兵が逃げ遅れ、投降したと推定される。
これに対して   日本軍側には、捕虜収容の用意は   なかった。
これを   裏付けるものとして、大量の捕虜の   処置に窮して、
上級司令部が現地部隊に捕虜殺害を命じたという記録がある。
 
   「捕虜も相当出来たけれども、捕虜に食はせる物もない。」
   「さういふ状態で戦闘しつつ捕虜が出来るから始末することが
   出来ない。   それでちよん斬つてしまうといふことになった。」
   一万余の捕虜があつたのだけれども、そんなのは無論追撃中
   だから戦闘中と見てもよろしい、(略)始末が付かぬものだから
   シヤーシヤーと射つてしまつたのだ。
   その死骸が川に流れた。それから問題になつたのだ。

これは   方面軍司令の証言だが、つまり   捕虜の給養に困り果て、
大量処刑を   「戦闘行為の一部」   として、済まそうとしたのだ。
どうやら、日本軍の司令官は   中国軍捕虜を   処分することを、
国際法上の犯罪だとは   考えていなかったらしい。

検証・南京虐殺は組織的な犯行なのか(1)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/21 00:23 投稿番号: [37861 / 41162]
戦争の実相を知る世代が   少数派となったことに反比例して、
過去の戦争を美化し   正当化しようとする策動が露骨になり、
世界には通用しない「南京事件はなかった」   という妄言が
日本国内だけに限って   さかんに   吹聴されるようになった。
国民が   真剣に考えるべきことは、未来の日本のあり方だが、
そのためには   歴史に学び、教訓とすることが重要だと思う。

そうした観点からみた時   南京虐殺否定派の   軽挙妄言には
心底から   疑問を感じざるを得ない。
世界的に   歴史的事実だと認識されている事件を   否定しても
不信の目を向けられ、国家の恥になるだけだと自覚すべきだ。
南京で虐殺が   あったことは   事実であり、議論の余地はない。
検証すべきは、なぜ   残虐事件が起きたのか   ということだ。
それを客観的に検証することにより、歴史の教訓とすべきだ。

南京への侵攻にさいしての   日本軍による   残虐行為の中で  
とくに問題になるのは、婦女暴行や   民間人の虐殺とともに
大量の捕虜に対する   組織的な殺戮が行なわれたことにある。
捕虜の殺害は、当時も   明白な国際法違反だった。
1899年制定の   「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」   には、
日本政府も加入し、1912年に   批准している。

この条約は、捕虜に対する人道的処遇について   定めたもの
であり、人権尊重の   観念が生まれた   近代社会になって、
戦争の遂行について   はじめて国際的な規範を示したものだ。
日本は、みずからを近代国家として   世界に認知させようと
しているあいだは、戦時国際法を   遵守する努力をしていた。

たとえば、日露戦争におけるロシア人捕虜や   第一次大戦の
ドイツ人捕虜を   収容施設で   厚遇するなど、当時の日本は
国際法の“模範生”だった。   しかし、欧米人に対する場合と
アジア人に対する場合には、あきらかに異なった基準があった。
それは   軍国主義が強まった   昭和に入ると   より露骨になる。

満州事変を経たのちの   1933年1月に、陸軍歩兵学校では
「対支那軍戦闘法ノ研究」   という参考書が   配布された。
これは、同校教官であった大佐の研究を、校長の序を付して
刊行したもので、その中に「捕虜ノ処置」という項目があり、
以下のように   書かれていた。

   捕虜ハ他列国人ニ対スル如ク必ズシモ之レヲ後送監禁シテ
   戦局ヲ待ツヲ要セズ、特別ノ場合ノ外現地又ハ他ノ地方ニ
   移シ釈放シテ可ナリ支那人ハ戸籍法完全ナラザルノミナラズ
   特ニ兵員ハ浮浪者多ク其存在ヲ確認セラレアルモノ少キヲ
   以テ仮ニ之レヲ殺害又ハ他ノ地方ニ放ツモ世間的ニ問題ト
   ナルコト無シ

中国人捕虜は、他国人のような国際法に基づく処置は不要。
殺害しても世間的に問題とならない、と述べたこの文書には、
あきらかに   中国の人々に対する   蔑視があらわれている。
当時、日本人には   他のアジア諸国民を見下す   思想が
植付けられていたが、それに加えて、日本軍の、少なくとも
陸軍将校は、このような参考書で、対中国戦術を学んでいた。

fukagawatohei はどうせ嘘つきさ (笑

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2011/12/20 23:23 投稿番号: [37860 / 41162]
汗水垂らして投稿を繰返しているが、もう議論で勝てることは永久に無い    (笑

嘘つきだと皆にバレているのだから    (大笑

父親が死んだとまで嘘を書いて、その嘘同士が矛盾を来たしたのだから    (笑

馬鹿だろう    (大笑

本当に父親が死ぬぞ、お前!   日本には”言霊信仰”があって、この手の嘘は「言い当てる」と言って極端に嫌われるんだよ、お前!

「結核が持病である自分の父親が徴兵された」との趣旨の投稿をしたから、「伝染病である結核が持病の人間が徴兵されることはない」と否定されて、次のような苦し紛れの逃げ口上を書いた。

>軍隊に入ってからすぐに広島にある「結核患者を専門に治療していた」
陸軍病院に「入院させられた」という事実から、おいらが親父の
結核は持病だったと表現しただけなんですけどね〜。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ   投稿No.24475   投稿者:fukagawatohei   *注意:これが2008/ 7/ 8の記載である

次に「爆心地か近いところにあった陸軍病院で被爆した」と書いて、またまた、「結核専門病院は爆心地の近くにはなかった」事実を突きつけられて、

>おいらの親父が入院したのは爆心地から1〜1.5kmくらいのところに
あった広島陸軍病院だよ。
結核患者が必ずしも、結核専門の病院に入れられるとは限らないんだよ。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ   投稿No.24782 投稿者:fukagawatohei   *注意:これは2008/ 7/24 である

と書いた。2週間の間に複数の相手と「嘘のやり取り」をしている内に、その場限りの「嘘」同士が、完全に、矛盾した。

入院したのが「結核専門病院であり」同時に「結核専門病院ではない」ことになってしまった。

両方とも嘘だからこうなった。

オカシカッタのは、この「嘘同士の矛盾」を、何回も突きつけられて、本人がなかなかワカラナカッタことである。

嘘ばっかり書いているから、頭が嘘になってしまったのである    (大笑

それ以来、fukagawatoheiは、嘘が「バレタラバレタ時ノコト」と開き直って投稿するようになった。

だから、新しい相手とやり取りを始めても、直ぐ突っ込まれて行き詰まり、あとは悪口雑言ばっかり、と云うザマになっている。

ここ数年間、ずーっと、その調子である。

嘘がばれる前提で嘘を書き続ける。止められない。

やっぱり、完全に、fukagawatoheは狂人なのである。

Re: 九州大学生体解剖事件

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/20 23:21 投稿番号: [37859 / 41162]
>特におかしな行動でもないともなるが

やれやれ、今度は九大生体解剖事件のことも
おかしな行動でないと言い始めたか。

馬鹿ウヨの言う「日本人のやったことは何でもOK」
も、ここまで来ると喜劇としか言いようがないな。

Re: 九州大学生体解剖事件

投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2011/12/20 20:28 投稿番号: [37858 / 41162]
>(wikipedia引用)

した以上これも読んでいますよね?

九州帝国大学の組織的関与について [編集]
本事件に大学が組織として関わったという事実は全くない。 大学は事件が発覚した直後に、組織的関与を否定している[5]。米軍側においても(軍事法廷でのフォン・バーゲン主任検事による最終論告において)九州大学の組織的関与については明確に否定している。この事件についてノンフィクション作家の上坂冬子は、いわば九州大学を現場として起こった『一握りの個人のアイデアに基づく行動』と言える性格のものと断定している[6]。もし組織的関与があったならば当時において学部長・総長[7]の責任が問われてしかるべきであるが、GHQから嫌疑をかけられておらず、起訴もされていない。

>(陸軍大臣の許可書ってどこにあんだろ〜ね?)

許可取ってやれば”『一握りの個人のアイデアに基づく行動』”とは言えんと思うがね。

まぁ、もっとも同項目に

「インフォームドコンセントを経ない臨床実験は当時、アメリカを含め世界中で一般に行われており、臨床実験における患者への説明と合意の取り付けの原則が医学界で確認されたのは、事件の2年後に「ニュルンベルク綱領」が発表された1947年においてである。」

とある以上特におかしな行動でもないともなるが。

Re: 南京虐殺事件肯定派 横

投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2011/12/20 17:48 投稿番号: [37857 / 41162]
>100万発?ほんじゃ〜、30万人を殺すだけの銃弾が十分にあったって事だろ〜が。

無理。銃殺系の場合は一般的にこうやるのだが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Edouard_Manet_022.jpg
よって一人10発では少ない方ですけどね。
さらに言えばまだ戦闘自体が終わっていない以上敵の襲来また追撃ように必要である以上虐殺に使える弾薬はさらに減るということだが。

>銃の代わりに銃剣や刀を使って殺すこともできるからね。

日本兵が神話だかSFにでてくる英雄クラスの能力があり、銃剣や刀が伝説の武器クラスの破壊力や耐久性がありさらに言えば中国兵や人民が無抵抗主義者の権化ならばな。

>一度ウソをつくと、どんどんウソを重ねるようになるって本当だね。

単にお前さんが実行が「可能なこと」と実際に実行「すること」の区別がつかないボケナスなだけですな。

九州大学生体解剖事件

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/12/20 17:11 投稿番号: [37856 / 41162]
1945年5月、九州方面を爆撃[1]するために飛来したアメリカ軍のB-29が、熊本県・大分県境で19歳の学徒兵が操縦する戦闘機の空中特攻によって撃墜され、搭乗員のウイリアム・フレドリック少佐ら12名が捕らえられた。

東京からの暗号命令で、『東京の捕虜収容所は満員で、情報価値のある機長だけ東京に送れ。後は各軍司令部で処理しろ』により、捕虜の処遇に困った西部軍司令部は、裁判をせずに12名の搭乗員の内、8名を死刑処分とすることにした。

このことを知った九州帝国大学卒で病院詰見習士官の小森卓軍医は、石山福二郎主任外科部長(教授)と共に、8名を生体解剖に供することを軍に提案した。これを軍が認めたため、8名は九州帝国大学へ引き渡された。

8名の捕虜は収容先が病院であったため健康診断を受けられると思い、「サンキュー」と言って医師に感謝したという。

生体解剖は1945年5月17日から6月2日にかけて行われた。指揮および執刀は石山福二郎主任外科部長であった。軍部は実験対象者の情報について広島の原爆で死亡したと嘘の報告書を提出したが矛盾をつかれ、事件が露呈した。

その後GHQがこの事件について詳しく調査し、最終的に九州大学関係者14人、西部軍関係者11人が逮捕された。なお、企画者の一人とされた石山福二郎教授は「手術は実験的な手術ではないのでその質問には答えられません、私が行った手術のすべては捕虜の命を救う為だったと理解していただきたい」とし、生体解剖については否認し続け、最終的に独房で遺書を書き記し自殺した。

最終的なGHQの調査で捕虜の処理に困った佐藤吉直大佐が小森卓軍医に相談し、石山福二郎教授に持ちかけ、実行されたことが判明したが、企画者のうち、小森軍医は空襲で死亡、石山教授が自殺したため、1948年8月横浜軍事法廷において、以下の5名が絞首刑とされ、立ち会った医師18人が有罪となった。

(wikipedia引用)

(陸軍大臣の許可書ってどこにあんだろ〜ね?)

Re: 南京虐殺事件肯定派の見苦しい捏造

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/20 16:52 投稿番号: [37855 / 41162]
俘虜の処刑には陸軍大臣の許可が要るんだけど其れを見せて頂戴ね、脳死君。

Re: 南京虐殺事件肯定派の見苦しい捏造

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/20 16:42 投稿番号: [37854 / 41162]
>無駄玉は使わない

捕虜を処刑すれば少ない弾薬で確実に敵兵の殲滅数すなわち戦果
が増え、捕虜に食わせる食糧も節約できる。少しも無駄じゃないわな。
そもそも捕虜を釈放したら便衣兵になって日本軍に被害が及ぶんじゃ
ないのかい?(藁

Re: 南京虐殺事件肯定派 横

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/20 16:36 投稿番号: [37853 / 41162]
だから、物理的に不可能と言う事だ、脳死君。

Re: 南京虐殺事件肯定派の見苦しい捏造

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/20 16:35 投稿番号: [37852 / 41162]
作戦準備に用意しなかった弾薬は無いんだよ。脳死君。

必要充分な弾薬を用意する、無駄玉は使わない、脳死君。

Re: 南京虐殺事件肯定派 横

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/20 16:34 投稿番号: [37851 / 41162]
だから?

Re: 南京虐殺事件肯定派 横

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/20 16:33 投稿番号: [37850 / 41162]
君は軍のことを何も知らないんだね、脳死だから?

作戦準備

携帯及び携行弾薬糧秣左の如し

イ.携帯弾薬
   小銃     各人    180発
   軽機関銃   各銃    880発
   擲弾筒    各筒     20発
   機関銃    各銃   3600発
   大隊砲    一門     80発
   手榴弾    各人      2発

ロ.携行弾薬
   小銃弾          一箱
   擲弾筒榴弾        四箱
   手榴弾          六箱

之を補充出来るのが充分な弾薬補給と云うんだよ、薄ら惚け、脳死君。

Re: 南京虐殺事件肯定派の見苦しい捏造

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/20 16:30 投稿番号: [37849 / 41162]
>物理的に出来ない理由、

>1.当時弾薬が三〇萬人を殺せる程なかった。

では、5万人を殺せる弾薬ならあったのかな?
では、銃剣による刺殺なら何人まで物理的に可能なんだい?

>2.当時の政治状況は表では紛争、裏側では蒋介石と日本政府は、紛争解決に交渉中であった。
>3.日本も、蒋介石も紛争早期終結を目論んでいた。
>4.日本軍の現地参謀将校により蒋介石政府と停戦交渉が行われて居た。
>5.現地参謀の交渉を現地の司令官は全て承知していた。

物理的にできないという言葉の意味がわかってるんかな?

>6.南京安全委員会の報告書には市民が虐殺されたという報告はなく、俘虜選別に関して
日本軍と協力したという報告はある。

馬鹿ウヨのお得意の、「国際安全区委員会の報告書では殺人は49件」という話は
どうなったんかな?もし49人なら、「報告はなく」ではないだろう。

7.南京城入城時には戦闘は終了しており、以後銃声は聞かれていない。

13日未明の日本軍入城後、日本軍による掃討戦が続いたことをご存知ないのかな。
その銃声を聞いていないとかいう、東京裁判での証言とやらを引用しろと何度も
何度も何度も何度も何度も何度も要求しているんだが、一向にレスポンスがないな(藁

8.南京俘虜は翌年全て解放されているが、其の解放時の記録が残っている。

それではまず、南京戦終了時の全捕虜の名簿と、収容所の記録を出したうえで、
翌年の捕虜全員の解放時の記録(解放者名簿を含む)を出してくれたまえ。
当時の国際法では、捕虜を扱う権限はこれを捕らえた軍にはなく、その軍の属
する国家にある。捕虜はこれを捕らえた国に移送されて収容される。仮に捕虜を
釈放するとしたら、捕虜に対し、戦争期間中、日本およびその同盟国に敵対
しないことを宣誓させたうえで、普通は中立国で釈放し、これを相手国の同意
のもとに引き渡すようにしなければならない。そのような七面倒くさい手続きを
日本政府(日本軍ではない)が南京戦の翌年に取ったというなら、その記録を
見せてくれたまえ。

Re: 南京虐殺事件肯定派 横

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/20 16:27 投稿番号: [37848 / 41162]
銃弾は十分にあったが無駄だから使わないという主張は、
補給が足りなくて銃弾がなかったから物理的に使えない
という主張から完全に後退してるわな。無駄かどうかを判断
するのはおまえじゃなくて当時の日本軍だからな。

Re: 南京虐殺事件肯定派 横

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/20 15:05 投稿番号: [37847 / 41162]
冗談じゃないよ、戦闘が終わったら残弾報告と補充弾薬請求とがあるからね、無駄に使う余裕は無いよ、計算が出来ない脳死君。

戦闘報告に敵遺棄屍体報告があるから数えて御覧、脳死君。

Re: 南京虐殺事件肯定派 横

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/20 15:02 投稿番号: [37846 / 41162]
弾薬輸送力

歩兵連隊   小銃・軽機関銃弾   172800発(携帯弾薬)

歩兵中隊   小銃・軽機関銃弾   241920発(弾薬小隊分69120発)

歩兵大隊   小銃・軽機関銃弾    弾薬班   168480発

歩兵連隊   小銃・軽機関銃弾    弾薬班   137800発

君は算数はできるんだろうから、計算しなさい、嘘吐く君。

100萬発の発注は支那派遣軍のものだからね、南京占領軍のものじゃないよ、嘘吐く君。

Re: 南京虐殺事件肯定派 横

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/20 14:57 投稿番号: [37845 / 41162]
>一会戦で120発の銃弾。

兵士ひとりあたりの携行数だね(藁

>殺しに十分だったとして使い果たした後どうやって戦争したんだい

戦闘が終わったから処刑している。当時の日本軍の認識では、
捕虜の処刑は戦闘行為の延長。全然無駄な弾薬ではない。「戦果」
を増やすためには、抵抗できない敵を殺すのが一番手っ取り早い。

Re: 南京虐殺事件肯定派 横

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/20 14:49 投稿番号: [37844 / 41162]
殺しに十分だったとして使い果たした後どうやって戦争したんだい、嘘付く脳味噌空君。

Re: 南京虐殺事件肯定派 横

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/12/20 14:41 投稿番号: [37843 / 41162]
>昭和12年度100万発の発注しかなかったものを全部使うというのは君位なものだよね

100万発?ほんじゃ〜、30万人を殺すだけの銃弾が十分にあったって事だろ〜が。
銃の代わりに銃剣や刀を使って殺すこともできるからね。

一度ウソをつくと、どんどんウソを重ねるようになるって本当だね。

Re: 南京虐殺事件肯定派 横

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/20 14:41 投稿番号: [37842 / 41162]
各種弾薬積載

小銃・軽機関銃   三八実包   一箱   1440   重量46㎏   輜重車積載量   五箱   駄馬   2箱   自動車   21箱

Re: 南京虐殺事件肯定派 横

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/20 14:20 投稿番号: [37841 / 41162]
十分だったのは、戦闘に十分だったと言うことだよ、嘘吐く君。

昭和12年度100万発の発注しかなかったものを全部使うというのは君位なものだよね、嘘吐く君。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)