南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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南京大虐殺(歴史学事典)

投稿者: arkansas_carpenter 投稿日時: 2010/10/18 07:08 投稿番号: [34088 / 41162]
弘文堂『歴史学事典   第7巻』

「南京事件」(執筆者・笠原十九司)

日中戦争初期、当時の中国の首都南京を日本軍が攻略・占領した際に中国軍民にたいしておこなった虐殺、強姦、掠奪、放火、拉致、連行などの戦時国際法と国際人道法に反した大規模な残虐行為の総体。
南京大虐殺事件、略称として南京事件という。単に南京大虐殺ともいう。
一九三七年(昭和十二)年十二月一日の大本営の下令によって正式に開始された南京攻略戦は、もともと参謀本部の作戦計画にはなかった。激戦三ヶ月におよび、甚大な損害を出した上海派遣軍を独断専行で南京に進撃させてのは、中支那方面軍司令官の松井石根大将と、参謀本部から出向して同軍の参謀副長となった拡大派の武藤章大佐らであった。上海派遣軍は、疲弊して軍紀も弛緩していたうえに、休養も与えられず、補給体制も不十分なままに、難行軍を強いられたため、中国軍民に対するむきだしの敵愾心と破壊欲を増長させ、虐殺、強姦、掠奪、放火などの残虐行為を重ねながら南京に進撃していった。
十二月四日前後に中支那方面軍は、中国軍の南京防衛陣地(南京特別市行政区に重なる)に突入、南京の県城・農村地域から日本軍の残虐行為は開始された。南京城区には四〇万〜五〇万人(南京攻略戦以前の人口は一〇〇万人以上)、近郊の六つの県には一〇〇万人前後(同じく一五〇万人以上)の市民が残留していたが、日本軍はこれらの膨大な中国民衆を巻き込んで、南京防衛軍に対する徹底した包囲殲滅(皆殺し)作戦を実施した。同作戦は、戦時国際法に反して、自ら武装解除した投降兵・敗残兵あるいは武装解除された捕虜までもすべて殺害することになった。一般民衆も敵対行動、不審行動をする「敵国民」と判断された場合は殺害された。日本軍は、十二月十三日南京城を占領した後、十七日の南京入城式に備え、徹底した残敵掃蕩戦を展開、長江沿岸などで捕虜および投降兵の大量処刑を行なった。武器を捨て、軍服を脱ぎ捨てても、中国兵であった者、中国兵と思われた者はすべて殺害したので、多くの市民、難民が巻き添えにされて犠牲になった。さらに日本軍には戦勝の「慰労」として一〇日間前後の「休養」が与えられ、総勢七万人以上の日本軍が南京城内に進駐、勝利者、征服者の「特権」として、強姦、掠奪、暴行、殺戮、放火などの不法行為を行ない、南京事件は頂点に達した。
その後、第十六師団が駐屯して軍事占領を続け、三十八年三月二十八日に中華民国維新政府が成立するまで、日本軍の残虐行為は続いた。
極東国際軍事裁判(東京裁判)では、南京事件による中国軍民の死者を二十万以上とし、不作為の責任を問われた松井石根が死刑となった。中国国民政府国防部戦犯軍事法廷(南京軍事裁判)では、犠牲者三十万以上とし、四人の将官が死刑となった。一九七〇年代から八〇年代末にわたり、歴史事実か「虚構」「まぼろし」かをめぐっていわゆる「南京大虐殺論争」が展開され、家永教科書裁判の争点にもなったが、いずれも否定論が敗れた。犠牲者数の確定は困難であるが、現段階の日本側の研究では、十数万から二〇万人の中国軍民が犠牲になったと推定する説が有力である。

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: ueniikuyo 投稿日時: 2010/10/17 16:55 投稿番号: [34087 / 41162]
中国人・韓国人・北朝鮮人はすぐ嘘をつく!

中国人の共食いで数万人の犠牲者

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/10/16 21:33 投稿番号: [34086 / 41162]
南京事件の真実。
中国人同士の共食い人数まで日本の責任にされちゃ、叶わんな。

「中国人(漢人)は四足の食台以外は何でも食べる」は、事実です。
本草拾遺や本草綱目にも、人肉・人間の薬効が記されている訳だから、
無数に人食いを試した動かぬ証拠ですよ。

王朝交代の度に、漢人同士が共食いしたことで
人口が10分の1まで何度も激減したのも歴史的な事実です。

この中国4000年の人食い文化・伝統から考えれば、
当時南京市内に残った中国人同士が共食いして
数万人・数十万人が中国人の胃袋に入ったと考えるべきでしょう。

半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、
馬鹿な日本の左派学者と朝日新聞などは「文化大革命バンザイ」でしたね。

NNNドキュメント

投稿者: nippon_typhoon 投稿日時: 2010/10/16 13:54 投稿番号: [34085 / 41162]
NNNドキュメント兵士達が記録した南京大虐殺

part1
http://www.youtube.com/watch?v=iA_gprpCT-U&p=89CBC9986CA22A8D&playnext=1&index=11

part2
http://www.youtube.com/watch?v=CM-PgnTLXqc&p=321302362EFFB52F&playnext=1&index=1

part3
http://www.youtube.com/watch?v=L7VBoJLGc3s&p=89CBC9986CA22A8D&playnext=1&index=13

part4
http://www.youtube.com/watch?v=BIY_fpkV0rc&p=321302362EFFB52F&playnext=1&index=3

part5
http://www.youtube.com/watch?v=3gfbElUS6Ks&p=321302362EFFB52F&playnext=1&index=4

Re: 古本屋さんは

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/14 22:40 投稿番号: [34084 / 41162]
深川討平の脳味噌は、赤黴が生えていて悪かったね。

腐れチャっているから。

憎悪の狂人fukagawatoheiが舞い戻った

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2010/10/14 19:36 投稿番号: [34083 / 41162]
理由も根拠も無い日本人に対する憎悪の狂う狂人fukagawatoheiが、

このトピに舞い戻った。

ただただ憎悪に狂うだけである。

どうしてこれ程日本人を憎むのだろう?

日本でしか生きて行けないくせに。

狂人fukagawatoheiの日本人への憎悪②

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2010/10/14 19:02 投稿番号: [34082 / 41162]
fukagawatoheiの日本人に対する理由も根拠も無い憎悪はすさまじい。完全に狂った人間のものである。誰も説得できない妄想を、長い時間をかけて作り上げ、ただただ憎悪の為の憎悪を書き付ける。憎悪は憎悪しか生まない。fukagawatoheiとは日本人に対する憎悪だけの人間である。

掲示板の外の世界では、一体どんな顔でどんな生活をしているのだろう?   日本でしか生きて行けないくせい。

以下、例証②   日夜ぶっ続けでこんな捏造に狂奔している。

<海外ニュース>   「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ
偏見をあおるバカ 2010/10/ 8 20:30 [ No.34061 / 34063 ]
投稿者 : fukagawatohei

日本の食人風習については、田中香涯「我国に於ける食人の風習」、南方熊楠「日本の記録に見る食人の形跡」などの論考に詳しい。
日本には綏靖天皇が七人の人を喰ったという故事(『神道集』)をはじめとして、伝説の酒呑童子説話中の源頼光一行や、安達原の鬼婆の家に立ち寄った旅人等、説話にカニバリズムが散見される。
「遠野物語拾遺」第二九六話と第二九九話には、遠野町で5月5日に薄餅(すすきもち)を、7月7日に筋太の素麺を食べる習慣の由来として、死んだ愛妻の肉と筋を食べた男の話が記録されている。
また、中国のカニバリズムにある割股の話は、日本にも類話が見える(『明良綱範』)。『信長公記』によると、戦国時代に鳥取城が兵糧攻めに遭い、城の兵たちは草木や牛馬を食べ尽くした末、痩せ衰えた人間を銃殺して食い争ったとある。
江戸の獄門で処刑された死体で日本刀の試し切りを職とした山田浅右衛門が死体から採取した肝臓を軒先に吊るして乾燥し、薬として販売したとされる(これは人胆丸といい、当時は正式な薬剤だった)。
随筆『新著聞集』では、元禄年間に増上寺の僧が葬儀にあたって死者の剃髪をした際、誤って頭皮をわずかに削り、過ちを隠すためにそれを自分の口に含んだところ、非常に美味に感じられ、以来、頻繁に墓地に出かけては墓を掘り起こして死肉を貪り食ったという話がある。
戊辰戦争の折には幕府側総指揮官松平正質が敵兵の頬肉をあぶって酒のさかなにしたといい、また薩摩藩の兵が死体から肝臓を取り胆煮を食したという。
確実な記録には江戸四大飢饉の時に人肉を食べたというものがある。
また天明の大飢饉の際には1784年(天明4年)弘前で人食いがあったと橘南渓が『東遊記』で述べている。
明治以降は、1870(明治3)年4月15日付けで、明治政府が人肝、霊天蓋(脳髄)、陰茎などの密売を厳禁する弁官布告を行っている(『人喰いの民俗学』)。
しかし闇売買は依然続いたらしく、度々事件として立件、報道されている(東京日々新聞等)。
作家の長谷川時雨は明治中期の話として「肺病には死人の水ー火葬した人の、骨壺の底にたまった水を飲ませるといいんだが…これは脳みその焼いたのだよ」と、「霊薬」の包みを見せられて真っ青になった体験を記している。
また、太平洋戦争中に起こった人肉食事件(通称ひかりごけ事件)は日本中を揺るがす大問題に発展した。
太平洋戦線の島嶼等(インパール・ニューギニア・フィリピン・ガダルカナル等)でも、補給の途絶に伴って大規模な飢餓が発生し、しばしば死者の肉を食べる事態が発生した。
1944年12月にニューギニア戦線の日本軍第十八軍は「友軍兵の屍肉を食す事を罰する」と布告し、これに反して餓死者を食べた4名が銃殺されたという。
奥崎謙三は映画『ゆきゆきて、神軍』で、上官が部下を処刑して糧食にしたと主張している。
また、ミンダナオでは1946年から1947年にかけて残留日本兵が現地人を捕食したとの証言があり、マニラ公文書館に記録されている。
なお連合軍兵士に対する人肉食もあったとされるが、多くが飢餓による緊急避難を考慮され、戦犯として裁かれることはなかった。
ただし、殺害した米軍捕虜の肉を酒宴に供した小笠原事件(父島事件)は、関係者がBC級戦犯として処刑されている。罪状は捕虜殺害と死体損壊であった。
なお、葬儀の場面でお骨を食べる社会文化的儀礼としてのカニバリズムは、全国に広く残っている。俳優の勝新太郎は父の死に際して、その遺骨を「愛情」ゆえに食したと、本人が証言している。
昭和40年代まで全国各地で、万病に効くという都市伝説を信じて、土葬された遺体を掘り起こして肝臓などを摘出して黒焼きにして高価で販売したり、病人に食べさせたりして逮捕されていたことが新聞で報道されている(「明治大正昭和   事件犯罪大辞典」「新聞集成   明治編年史」)。

狂人fukagawatoheiの日本人への憎悪①

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2010/10/14 19:01 投稿番号: [34081 / 41162]
fukagawatoheiの日本人に対する理由も根拠も無い憎悪はすさまじい。完全に狂った人間のものである。誰も説得できない妄想を、長い時間をかけて作り上げ、ただただ憎悪の為の憎悪を書き付ける。憎悪は憎悪しか生まない。fukagawatoheiとは日本人に対する憎悪だけの人間である。

掲示板の外の世界では、一体どんな顔でどんな生活をしているのだろう?   日本でしか生きて行けないくせい。

以下、例証①

次の投稿はfukagawatoheiが日本人に対して抱く理由も根拠もない憎悪が生んだものである。事実が存在しなければ憎悪は妄想にはけ口を求める。まさに狂っている。fukagawatoheiの日本人に対する憎悪に狂った精神は、同時に女性に対する凄惨な加虐性をも燃やしている。

だからこのような妄想に日夜狂い続けているのである。

<海外ニュース >   「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実」のトピ
残虐性では負けないでしょうね 2010/ 9/14 17:17 [ No.46249 / 46252 ]
投稿者 : fukagawatohei
>【足立区綾瀬女子高生誘拐監禁集団リンチ虐殺コンクリート詰め死体遺棄事件の真相】
◆アルバイト帰りの女子高生を誘拐して不良仲間4人で輪姦
◆不良仲間の家に監禁し暴走族仲間十数人で輪姦、関係者は100人に及ぶ
◆陰毛を剃り、陰部にマッチの軸木を挿入して火をつける
◆全裸にしてディスコの曲に合わせて踊らせる
◆自慰行為を強要
◆性器や肛門に鉄棒、瓶などを挿入
◆殴打された顔面が腫れ上がり変形したのを見て「でけえ顔になった」と笑う
◆度重なる暴行に耐えかねて、被害者は「もう殺して」と哀願
◆顔面に蝋を垂らして顔一面を蝋で覆いつくし、両眼瞼に火のついたままの短くなった蝋燭を立てる
◆衰弱して自力で階下の便所へ行くこともできず飲料パックにした尿をストローで飲ませる
◆鼻口部から出血し、崩れた火傷の傷から血膿が出、室内に飛び散るなど凄惨な状況となった
◆素手では、血で手が汚れると考え、ビニール袋で拳を覆い、腹部、肩などを力まかせに数十回強打
◆1.74kgのキックボクシング練習器で、ゴルフスイングの要領で力まかせに多数回殴打
◆揮発性の油を太腿部等に注ぎ、ライターで火を点ける
◆死んだのでコンクリート詰めにして放置
◆遺体の性器には、オロナミンCの瓶が2本突き刺さっていた
◆性器と肛門と顔面は完全に破壊され原型をとどめていなかった
◆腕や足は、重度の火傷で体液が漏れ出していた
◆脳が萎縮して小さくなっていた

古本屋さんは

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/10/14 16:09 投稿番号: [34080 / 41162]
>今将に猿の脳味噌を食するところ。中国は、今も昔も、食には貪欲んだね。>

古本屋さんは脳みそがなくてよかったね。

中国人は脳みそがお好き

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/14 11:42 投稿番号: [34079 / 41162]
「発言は撤回しない。中国の動物虐待は、全世界で最悪だ」 〜英国人歌手“中国人は劣等人種”発言で非難殺到

:2010/09/06(月) 17:58:39 ID:???0
英国人歌手のスティーヴン・パトリック・モリッシーさんが動物を虐待する中国人は「劣等人種だ」と発言したとで、批判と非難が高まった。中国新聞社が報じた。

モリッシーさんは雑誌の取材に対して「奴らがどんな風に動物を扱っているのを見たことがあるか?とてつもなく恐ろしいことだ。中国人は劣等人種だと、思わざるをえない」と述べた。

同発言については「人種差別主義者だ」、「人種にかんするタブーに挑戦したのかもしれないが、許されないことだ」などの批判や非難が相次いだ。モリッシーさんは2008年、人種差別に反対する組織に寄付をしたが、同団体は「2度と、(モリッシーさんの)寄付を受けることはしない」と表明した。

モリッシーさんは3日、「発言は撤回しない。中国の動物虐待は、全世界で最悪だ」と述べた。

モリッシーさんは、「食用のために、動物の命を奪うことも許されない」と主張し、菜食主義者だ。09年には屋外の音楽祭出演のため米国を訪れたが、会場に「バーベキューのにおいがする」との理由で、演奏を拒否した。一方、07年には「移民が英国のおもむきを変えてしまった」と発言。しかしその後、「自分は民族主義者ではない」と主張した。

「中国人は劣等人種」の発言を伝えた中国新聞社には、モリッシーさんを非難するコメントに混じって、自分たちにも反省の必要はあるとの書き込みが、集まり始めた。(編集担当:如月隼人)

記事引用元:サーチナ[2010/09/06(月)17:42配信]

中国人は脳みそがお好き

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/14 11:03 投稿番号: [34078 / 41162]
人は何故猿を食べるか


前島篤志



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山野に広く分布し、特に人間や農作物などに害をなし、けして希少なわけでもない割には、猿は食用とされることの稀な動物である。特に説得力のある禁忌が存在するわけでもないが、かくいう我々も猿など食べてみようとも思わないまま一生を終える可能性が高い。
しかし、中国人は違う。「空を飛ぶものは飛行機以外なんでも食べる、四本足のものは机以外なんでも食べる、二本足のものは親以外なんでも食べる」という中国人に事実上、食のタブーはない。当然、猿も食べる。
彼らが編み出した猿の調理法数多あれど、もっとも不可思議なものは脳みその食べ方だろう。といっても、何も複雑な方法ではない。まず捕まえた猿を椅子に座らせ、幾重にも縛りつける。次にペンチの親玉のような器具で猿の頭を挟みつけ、しっかりと固定する。続いて頑丈な糸のこぎりのようなもので、きこきこと猿の頭蓋を丸く切ってゆくのだ。このとき、中身の脳みそに傷をつけないよう細心の注意を払うのは言うまでもない。この頃には猿もすっかりおとなしくなって、心なしか放心した表情になっている。あとは頭頂部を掴んでぱかっと開き、大ぶりのスプーンでねっとりした脳みそをすくって食すのみである。
不可思議、と私がいうのは、生食の習慣の少ない中国人が猿の脳みそに限って「こればっかりは生、それも生き作りでなくては」と口を揃える点だ。そのこだわりは、単なる美食への情熱を超えたところがある。味を追求するのであれば、きれいに蒸し上げてしまった方が、血の臭いも抜けて蛋白質のほくほく感も出ようというものだが、中国人たちは耳を貸そうとしない。しかし、その理由については「なぜだか知らないが、生きた猿こそがすべてだ」と言い張るばかりなのである。
長年の考究の果て、私がたどりついた仮説をここで披露しよう。彼らはあたかも獏が夢を食うように、猿の夢を食らっているのだ、と。
ご存知のように、世界には死の瀬戸際に立ち、光を見たり、空を飛んだり、横たわっている自分を眺めたりしたのち生還した、といういわゆる臨死体験の報告例が無数に存在する。なぜ、そんなことが起こるかは明らかになっていないが、有力な仮説の一つに脳内麻薬説がある。
肉体的危機状態に陥ると、それを和らげるために脳内麻薬物質エンドルフィンがどばっと分泌されることはよく知られている。たとえば心理的ストレスにさらされるだけでも、エンドルフィンの分泌量は増加するのだ。しかも臨死状態では新陳代謝の機能は低下しているから、エンドルフィンもなかなか代謝されず、頭脳に過剰に蓄積される。臨死体験は、この脳内麻薬が見せる幻覚だというのである。
ここまで説明すれば、もうお分かりだろう。生きながら頭蓋骨をきこきこやられた猿の脳はモルヒネの十倍以上の効き目を持つ麻薬をたっぷり含んでいるのだ。中国人の食べていたのは、単なる猿の脳みそではなく、猿の脳みその麻薬漬だったということになる。猿はもうひとつの阿片だったのである。
この仮説によって、何故きこきこされるのが猿でなければならなかったのか、その必然性も理解できる。猿ほど脳が十分に大きく、また複雑に発達した動物はちょっといないからだ。
「脳が十分に大きく、また複雑に発達した動物」といえば、すぐに思い当たる動物がいる。そう、鯨である。このことに気付いた中国が突然、猛然と捕鯨活動に乗り出しても、私は驚かない。一部の反捕鯨論者は「鯨は知能が高いから食べてはいけない」と主張するだろうが、中国人には何の説得力もないだろう。なぜなら彼らが猿や鯨、そして人間を食すのは「知能が高い動物だから」にほかならないからである。

Re: 兵隊は脳みそがお好き

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/14 11:00 投稿番号: [34077 / 41162]
http://www.all-creatures.org/ha/img11/monkeyonTable0001.jpg

今将に猿の脳味噌を食するところ。

中国は、今も昔も、食には貪欲んだね。

【マレーシア】カニクイザルを密輸〜中国のレストランに
★カニクイザルを密輸、中国のレストランに
【マレーシア】マレーシア野生動物局は今月7 日、ジョホール州ポンティアンでカニクイザルを国外に密輸していたグループ4人を検挙し、カニクイザル950匹を保護した。当局はサル料理を出す中国のレストラン、オランダの動物実験室などに対し、1匹400リンギ前後で輸出されていたとみている。



中国人は「空を飛ぶものは飛行機以外なんでも食べる、四本足のものは机以外なんでも食べる、二本足のものは親以外なんでも食べる」と言うことなんだね。

Re: 兵隊は脳みそがお好き

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/14 10:44 投稿番号: [34076 / 41162]
特に猿の脳はインポテンツを治療すると信じられたために、猿脳の習慣は乱獲を引き起こすといわれた。中国政府は雲南省金絲猴を1977年に最高保護リストに掲載したが、一部地域の料理では珍味とされたため、猿の脳の密猟は続いた。

Re: 兵隊は脳みそがお好き

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/14 10:43 投稿番号: [34075 / 41162]
猿脳(えんのう)は、食料または薬餌としての猿の脳味噌である。主に中国で食される。

Re: 兵隊は脳みそがお好き

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/14 10:09 投稿番号: [34074 / 41162]
君が引用したのは中国兵のお話だね。

日本軍は定期的に検査をしているからね、性病が重くなることはなかった。

中国人は、猿の脳味噌を猿が生きたまま食しているそうだからね、中国兵ならやりそうなことだよね。

兵隊は脳みそがお好き

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/10/14 09:15 投稿番号: [34073 / 41162]
(淋病や梅毒になったら軍医さんにしかられるんや、病院に入れられてかなんから、自分で治すのには、人間の脳みそがいいんや。

淋病言うたら小便したらじっとしてられへんぐらい痛いんや。それで、どこかでニイコの子どもを殺すんや。支那人の頭をゴンボ剣でこじ開けて飯盒(はんごう)で脳みそを炊いてたのを分隊長や分隊の者は知っていたけど、知らんふりや。食ってるのを見たんや。

「これ食ってみるか」て言われたわ。女の子にいらんことやっているのは、えらいさんでもやっているのに、部隊でいっぱいやっているのは当たり前や。)

子を易えて食う、、、中国の食文化

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/10/12 08:31 投稿番号: [34072 / 41162]
前回も書いたが、
漢籍の日本人学者や日本人の仏教坊主、、こいつ等は本当に酷いね。

人食いが中国4千年の食文化なのは、明々白々たる事実なのに、
黒を白と言いくるめる東大教授・大僧正は、ハッキリ言えば確信犯的な詐欺師、振り込め詐欺師だな。

さらに酷い学者になると、中国関係の本を翻訳した書籍の注に
・人食いは事実でないだろう
・人食いが事実である筈がない
・人食いは比喩的な意味だ
等と、ふざけた注書き付けているから、恐れ入るよ。

人食い支那人、人肉食文化がある支那

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2010/10/11 01:34 投稿番号: [34070 / 41162]
日本でも飢饉の時には死んだ人の肉を食べて生き長らえた記録があるが、支那では文化として唐の時代から20世紀まで人肉が犬肉や豚肉と同じように市販されていた。

一応支那共産党は儒教や人肉食文化を批判していたようで、『人民日報』や『解放軍報』などの支那共産党の新聞にはいたるところに「儒教=人食い」の文字が躍っていた。

それでも、つい何十年か前まで普通に存在していた人肉食文化が急になくなるわけではなく、今も闇で人肉食が行われている。

闇とは違うが、最近も次のようなニュースがあった。

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中国、男性頭部をスープで煮込み娘に与えた女が有罪に
2009年06月23日 23:32   発信地:北京/中国

【6月23日 AFP】中国・四川(Sichuan)省で、人の頭部を煮込んだスープを飲ませれば娘の精神疾患が治ると信じて男性を殺害した女が、執行猶予付きの実刑判決を言い渡された。地元紙Chengdu Commercial Newspaperが23日、伝えた。

  同紙によると、四川省南西部出身のLin Zongxiu被告は2008年に、男性の頭部で作ったスープを飲ませれば、娘が長年患ってきた精神疾患が治るという話を聞いたという。

  Lin被告と夫は前年12月、別の男に協力を依頼。男は、酒に酔った76歳の通行人の男性を殴って気絶させて、頭部を切り落とした。

  そして、夫婦は被害者の頭部と鴨で作ったスープを25歳の娘に飲ませたという。

  地元裁判所は22日、殺人の罪で、実行犯の男に対し執行猶予2年付きの死刑判決を言い渡した。また、被害者が着用していた血まみれの衣服や靴など証拠品を隠滅した罪で、Lin被告は有罪判決を言い渡された。

  執行猶予付きの死刑判決は、執行猶予の2年間のうちに別の犯罪をおかさなければ、無期懲役に減刑される可能性が高い。(c)AFP
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唐末に戦乱が激化した時には、犬や豚など他の動物の肉、あるいは米よりも人肉の方が安かった。

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  時の政府は医学と「忠孝仁義」という伝統倫理のイデオロギーを結合させ、食入を奨励した。

しかも食用人間の飼育や兵糧としての「乾尸(屍)」、「塩尸」が歴史に登場し、市場では人肉の公然販売も開始された。

まさに食人の全盛期である。
こうした事実は『唐書』『新唐書』や『清史』といった正史だけでなく、『資治通鑑』『続資治通鑑』『明紀』、そしてアラビア商人が書いた『シナ・インド物語』、マルコ・ポーロの『東方見聞録』などでも知ることができる。

  ではなぜ唐の時代から人肉が公然と市販されるようになったのか?
  その原因を、私は唐末の戦乱の激化と貨幣経済の発達にあると見る。

  私の研究では、まず唐以後に各大都市で販売された人肉はたいてい、犬や豚など他の動物の肉、あるいは米より安かった。

たとえば   『資治通鑑』中の「唐紀」によると、九〇二年の西京鳳翔城の肉市場では、一斤当たりの価格が人肉で百銭、犬肉で五百銭だった。

というのは、争乱や飢僅の影響で家畜の値段や米価が高騰したのに比べ、人間のほうはいくらでも確保できるため、自然と人肉の価格が下がったというわけだ。

  また男の肉は女の肉より安かったようだ。
顧山貞の『客●述』では、一六四七年当時の四川では「男の肉が一斤七銭で、女の肉は一斤八銭で市販されている」とある。

黄文雄著『日中戦争は侵略ではなかった』
―――――――
(●はさんずいに眞)



(参考文献)

『本草拾遺』
『唐書』
『新唐書』
『帰潜志』
『曾国藩日記』
『清史』の「洪秀全載記」
『狂人日記』
『喫人と礼教』
『資治通鑑』
『続資治通鑑』
『明紀』
『シナ・インド物語』
『東方見聞録』

『中国食物史』篠田統著

『呪われた中国人"中国食人史"の重大な意味』黄文雄著
『日中戦争は侵略ではなかった』黄文雄著

Re: 偏見をあおるバカは唐変木だね4

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/10 08:00 投稿番号: [34069 / 41162]
研究に参加したホセ・マリア・ベルムデス・デ・カストロ氏によると、バイソンやシカ、野生のヒツジなどと一緒に少なくとも11人の骨が見つかり、すべて食用に解体された痕跡があったという。肉を切り取ったり、骨を砕いて髄を取り出したり、脳を食べた痕跡もある。

  スペイン、ブルゴスの国立人類進化研究センター(National Research Centre on Human Evolution)に所属するベルムデス・デ・カストロ氏は、頭蓋の側下部にある側頭骨に切断や打撃の跡があり、首が切り落とされたことがわかると説明する。「おそらく頭部を切り落として、脳を取り出したのだろう。脳組織は食用に適している」と同氏は言い添えている。

  人骨が動物の骨と一緒に捨てられていたことから、食人には信仰と関わる儀式的な役割はなかったとベルムデス・デ・カストロ氏らは推測している。

  また、食糧が手に入らない非常時だけ人肉を食べていたわけでもなさそうだ。研究論文によると、食用となった人間の骨は約10万年にわたる地層から発掘されており、長年の食人風習だったことがうかがえるという。

  さらに、一帯では食べ物に困る状況はほとんどなかったはずだ。洞穴があるシエラ・デ・アタプエルカという地域は、初期人類には最高の居住地だとベルムデス・デ・カストロ氏は話す。食べ物や水に恵まれ、気候も穏やかだったという。

  シエラ・デ・アタプエルカに魅せられた初期人類は、この豊かな土地をめぐって争ったのだろう。「敵を食べてしまえば、手っ取り早く争いが決着する」とベルムデス・デ・カストロ氏は説明する。

  しかも、まともに戦った結果ではないらしい。肉を食べられた11人はすべて子供か10代の若者だった。身を守る能力が不十分な若者を狙えば、「捕まえる側は危険が小さく、敵を支配する戦略としても効果的」だという。

  ロンドン自然史博物館で人類の起源を研究した経歴を持つ人類学者ピーター・アンドリュース氏は、今回の研究結果を条件付きで支持している。

  アンドリュース氏は電子メールで次のようなコメントを寄せた。「人類の大部分の進化過程で、食人は一般的だったようだ。人類の祖先の発掘研究が始まったばかりの頃は、食人の証拠を見落としていた可能性もある。現時点で見つかっている証拠が示唆する以上に食人は広まっていたのかもしれない」。

  ただし、「食人が習慣化していたのか、または食糧不足の非常時に限られていたかはまだ明らかになっていない。断定できるほど厳密な時期がわかる発掘現場は少ないためだ」。どちらか判明するには、「月単位の厳密さが必要だ」とアンドリュース氏は指摘する。

  この研究結果は、「Current Anthropology」誌8月号で発表された。

偏見をあおるバカは唐変木だね4

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/10 07:41 投稿番号: [34068 / 41162]
初期人類は日常的に人肉を食べていた?2010年9月1日 19時54分 (ナショナルジオグラフィック)


スペインの洞穴で発掘された人骨。たたいたり、切ったりした跡がはっきり見える。 Photograph courtesy Current Anthropology(ナショナルジオグラフィック)   洞穴で暮らすヨーロッパの初期人類にとって、人肉は儀式のごちそうでも餓死を避ける最後の手段でもなかったようだ。スペインで発掘された骨の化石から、日常的な食人の可能性が明らかになった。しかも、化石が発掘された一帯では、すべての初期人類が人肉を食べていた可能性がある。食人風習の最も古い例だという。

  80万年前に解体された人間の骨が見つかったのはスペイン北部、アタプエルカのグラン・ドリーナ洞穴。骨に残る跡から、西ヨーロッパ最古の人類とされるホモ・アンテセッサー種(Homo antecessor)は食人が一般的だったとわかった。

  発表によると、1994年に発見されたホモ・アンテセッサー種は、遺体の調理が一般的で慣習化していたらしい。必要な栄養を摂取し、しかも敵を根絶やしにできる一石二鳥を狙ったようだ。

  発掘された骨には、切削痕や打撃の跡がはっきり残っていた。“調理”用の石器によるものと思われる。

  研究に参加したホセ・マリア・ベルムデス・デ・カストロ氏によると、バイソンやシカ、野生のヒツジなどと一緒に少なくとも11人の骨が見つかり、すべて食用に解体された痕跡があったという。肉を切り取ったり、骨を砕いて髄を取り出したり、脳を食べた痕跡もある。

偏見をあおるバカは唐変木だね3

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/10 07:39 投稿番号: [34067 / 41162]
首切断犯は中国人!人肉まで生で食べていた!

ごくごく普通にバスに乗っていて突然、隣の人間から、切りつけられ、その上、首まで切断されてた挙句、肉まで食べられるなんて、誰が想像できよう。
きわめて異常で、恐ろしい事件だ。
カナダはもちろん、アメリカでも連日トップニュースで伝えられています。
でもなぜか、日本では、控えめ。
犯人が中国人だから遠慮してるのかな?


カナダのバス車内で殺人、男が隣の乗客の頭部を切断
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=
20080801-00000239-reu-int
カナダ警察によると、西部アルバータ州エドモントンから中部マニトバ州ウィニペグへ向かっていた長距離バスの車内で7月30日夜、男が隣に座っていた男性乗客を刃物で刺し、さらに頭部を切断した。
男は駆けつけた警察に拘束された。
同乗していた目撃者の話によると、容疑者の男は窓にもたれて眠っていた被害者を突然襲ったとみられ、大きな包丁のような刃物で繰り返し刺した。車内には30-40人の乗客がいて、大半が眠っていたが、被害者の男性の「逃げろ」という声で、全員脱出した。

運転手と乗客らは通りかかったトラックの運転手から工具を借り、容疑者を車内に閉じ込めた。
被害者の様子を見ようとドアに近づいたところ、容疑者が被害者の頭部を切断しているのが見えたという。

容疑者と被害者の身元などは公表されていない。
目撃者によれば、容疑者は事件の約1時間前に乗車し、途中の停留所でいったん降りてたばこを吸ってから、被害者の隣の座席に座った。
特に興奮した様子などは見られず、犯行中も「ロボットのよう」だったという。一方、被害者は19歳前後の若い男性とみられる。

http://douga-kan2.seesaa.net/article/104517560.html

偏見をあおるバカは唐変木だね2

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/10 02:20 投稿番号: [34066 / 41162]
【海外事件簿】人肉を食らいケバブ屋に売ったロシアの猟奇殺人 (1/2ページ)
2010.7.3 12:00

このニュースのトピックス:◇世界万華鏡
  殺した男の肉を食い、その残りを肉料理店に売り払った−。そんな猟奇的な殺人事件がロシアで発生し、逮捕された男らが有罪判決を受けた。人肉食いに加え、その残りの肉が市民の口に入った可能性があるという考えがたい事件は、ロシア社会のみならず海外にも大きな衝撃を与えている。(黒川信雄)

  事件が起きたのは、ウラル山脈にほど近いロシア中部の都市ペルミの郊外。バス停近くの林のなかで、男性の遺体の“残骸(ざんがい)”が発見された。

  警察は昨年11月に容疑者として3人のホームレスの男たちを逮捕した。ホームレスらは2人が30代、1人が50代で、いずれも犯罪歴があったという。殺害がいつ行われたかについては明らかにされていないが、殺されたのは25歳の男性で、犯人らは男性に対し「個人的な恨みがあった」という。

  人々が耳目を疑ったのは、殺害後の行動だ。現地紙などによると、犯人らはまず男性をまずナイフで刺し、ハンマーで殴り殺した。その後、殺された男性の肉の一部を食べ、残りの肉を街角でケバブや肉詰めのパイを販売していた街中の店に売り払ったのだという。

  ケバブはミンチにした羊の肉などをくしに巻いて焼き上げ、野菜やパンとともに食べる料理だ。その手軽さが受け日本や欧米でも人気があるが、ロシアでも大衆料理として幅広く食べられている。

  露紙コムソモルスカヤ・プラウダによると、犯人が店に持ち込んだ人肉は4キロとされる。警察がその店舗を調べた時点で人肉は残っていなかったというが、豪州紙ヘラルド・サンによると、事件を担当したセルゲイ・モルチャノフ捜査官は「男性の肉はすでに販売されたか、食べられてしまったもようだ」と述べたという。


ロシアの裁判所は6月23日、2人に懲役18年、1人に懲役13年の有罪判決を下した。刑期が短い1人は殺人のみに関与し、残りの2人は“死人の体に対する侮辱”の罪が加わり、刑期がより長くなった。

  ただ、人肉を食べた事件はロシアだけで起きているわけではない。最近では07年1月にフランスの刑務所で男が同じ独房囚を絞め殺し、その肺を切り取り“タマネギと一緒にいためて”食べたという信じられない事件が発生している。犯人の男に対してはロシアの事件の判決が下された翌日の6月24日、フランスの裁判所で懲役30年の実刑判決が下されている。

偏見をあおるバカは唐変木だね

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/10 02:17 投稿番号: [34065 / 41162]
2008年09月16日 10時32分00秒
悪魔崇拝者たちが少年少女を殺害し死体を食べる儀式を行う


ロシアで4人の少年少女が悪魔崇拝者(サタニスト)に殺害され、その死体を食べられるという事件が起きたようです。被害にあった少年少女はいずれも10代で、少女が3人、少年が1人。少年少女は6月から行方不明になっており、先月の8月に遺体が発見されたとのこと。

悪魔崇拝者たちがある目的のために少年少女を殺害したようなのですが、その後の調べによって、この事件の恐ろしい真相が明らかになったようです。

詳細は以下より。


Teens eaten by satanists | The Sun |News

被害にあったのは「Anya Gorokhova」さん、「Olga Pukhova」さん、「Varya Kuzmina」さん、 「Andrei Sorokin」さんの4名。彼らは6月ころから行方不明になっており、先月8月に彼らの手足や心臓や頭部がモスクワ郊外のヤロスラヴリ地域で発見されたとのこと。悪魔崇拝者たちのリーダーである「Nikolai Ogolobya」容疑者が逮捕されたことにより、8人の悪魔崇拝者たちが、彼らを殺害し遺体をバラバラにしたことが分かりました。

その後の調べによると、悪魔崇拝者たちは少年少女を殺害しただけでなく、少年少女の死体を焼き、食べていたことが判明したとのこと。彼らは死体を解体する前に666回ほど刃物で突き刺し、その後死体を解体し、その死体をたき火の中に放り込み、焼けた人肉を食べたそうです。少年少女は殺害される前に1人ずつコテージに誘い込まれ、無理やり多量のアルコールを飲まされたとのこと。また容疑者の中には墓に埋まっている死者の遺体を掘り起こし、遺体を食べていた者もいたようです。

容疑者たちの言動から、神(サタン)に助けを求める儀式として犯行に及んだ可能性が非常に高く、また被害にあった少年少女も容疑者の悪魔崇拝者たちの事を知っており、被害者たちも悪魔崇拝者であった可能性もあるそうです。

Re: 偏見をあおるバカ

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/10 02:15 投稿番号: [34064 / 41162]
君は日本人だけが、カリバニズムを持っていると言いたいのかね。

食糧難の時は、人肉(死んだ)を喰ってもそれは常識とされている。

以下日本人が食された記述。

2008年12月15日 16時39分00秒
「日本人が一番ウマい」人食い首長人肉を語る


日本食は低カロリーかつ栄養バランスがよく世界的に人気のある食べ物ですが、ある部族によるとそれを作り出した日本人の肉も美味しいそうです。実際に食べ比べてみた人の感想が明らかになりました。

詳細は以下。


Meeting the cannibals of Papua New Guinea: "Japanese people taste the best - whites are too salty!" - Bild.de

写真家のIago Corazzaさんと文化人類学者のOlga Ammannさんがパプアニューギニアの原住民族を取材した「最後のパプワ族」の内容によると、食人族にとって「一番ウマいのは日本人」とのこと。

憎悪の狂人fukagawatoheiが舞い戻った

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2010/10/08 22:36 投稿番号: [34063 / 41162]
理由も根拠も無い日本人に対する憎悪の狂う狂人fukagawatoheiが、

このトピに舞い戻った。

ただただ憎悪に狂うだけである。

どうしてこれ程日本人を憎むのだろう?

日本でしか生きて行けないくせに。

Re: 偏見をあおるバカ

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2010/10/08 22:22 投稿番号: [34062 / 41162]
シナ人の人肉食当たり前にはかなわんだろうよ。

凌遅処刑で、生きながら食われる処刑。両脚羊と言う言葉の意味知ってるかい〜。

な、深川東平、お前、ハヨ日本国籍外れて、シナ人か韓国・朝鮮人に為れば良いだろう〜。

心おきなく反日行動で、胸がスカッとするんじゃねえのかい〜。

偏見をあおるバカ

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/10/08 20:30 投稿番号: [34061 / 41162]
>かの有名な水滸伝(原文)は人食いのオンパレードですが、こうした反吐の出るグロテスクな話を中国人皆が、楽しそうに・愉快に・嬉々として語り継いできた訳ですから、中国人の鬼畜のようなメンタリティを理解できませんし、理解したくもありません。>

↑バカなおまえは理解しないでいいよ。

日本の食人風習については、田中香涯「我国に於ける食人の風習」、南方熊楠「日本の記録に見る食人の形跡」などの論考に詳しい。

日本には綏靖天皇が七人の人を喰ったという故事(『神道集』)をはじめとして、伝説の酒呑童子説話中の源頼光一行や、安達原の鬼婆の家に立ち寄った旅人等、説話にカニバリズムが散見される。

「遠野物語拾遺」第二九六話と第二九九話には、遠野町で5月5日に薄餅(すすきもち)を、7月7日に筋太の素麺を食べる習慣の由来として、死んだ愛妻の肉と筋を食べた男の話が記録されている。

また、中国のカニバリズムにある割股の話は、日本にも類話が見える(『明良綱範』)。『信長公記』によると、戦国時代に鳥取城が兵糧攻めに遭い、城の兵たちは草木や牛馬を食べ尽くした末、痩せ衰えた人間を銃殺して食い争ったとある。

江戸の獄門で処刑された死体で日本刀の試し切りを職とした山田浅右衛門が死体から採取した肝臓を軒先に吊るして乾燥し、薬として販売したとされる(これは人胆丸といい、当時は正式な薬剤だった)。

随筆『新著聞集』では、元禄年間に増上寺の僧が葬儀にあたって死者の剃髪をした際、誤って頭皮をわずかに削り、過ちを隠すためにそれを自分の口に含んだところ、非常に美味に感じられ、以来、頻繁に墓地に出かけては墓を掘り起こして死肉を貪り食ったという話がある。

戊辰戦争の折には幕府側総指揮官松平正質が敵兵の頬肉をあぶって酒のさかなにしたといい、また薩摩藩の兵が死体から肝臓を取り胆煮を食したという。

確実な記録には江戸四大飢饉の時に人肉を食べたというものがある。

また天明の大飢饉の際には1784年(天明4年)弘前で人食いがあったと橘南渓が『東遊記』で述べている。

明治以降は、1870(明治3)年4月15日付けで、明治政府が人肝、霊天蓋(脳髄)、陰茎などの密売を厳禁する弁官布告を行っている(『人喰いの民俗学』)。

しかし闇売買は依然続いたらしく、度々事件として立件、報道されている(東京日々新聞等)。

作家の長谷川時雨は明治中期の話として「肺病には死人の水ー火葬した人の、骨壺の底にたまった水を飲ませるといいんだが…これは脳みその焼いたのだよ」と、「霊薬」の包みを見せられて真っ青になった体験を記している。

また、太平洋戦争中に起こった人肉食事件(通称ひかりごけ事件)は日本中を揺るがす大問題に発展した。

太平洋戦線の島嶼等(インパール・ニューギニア・フィリピン・ガダルカナル等)でも、補給の途絶に伴って大規模な飢餓が発生し、しばしば死者の肉を食べる事態が発生した。

1944年12月にニューギニア戦線の日本軍第十八軍は「友軍兵の屍肉を食す事を罰する」と布告し、これに反して餓死者を食べた4名が銃殺されたという。

奥崎謙三は映画『ゆきゆきて、神軍』で、上官が部下を処刑して糧食にしたと主張している。

また、ミンダナオでは1946年から1947年にかけて残留日本兵が現地人を捕食したとの証言があり、マニラ公文書館に記録されている。

なお連合軍兵士に対する人肉食もあったとされるが、多くが飢餓による緊急避難を考慮され、戦犯として裁かれることはなかった。

ただし、殺害した米軍捕虜の肉を酒宴に供した小笠原事件(父島事件)は、関係者がBC級戦犯として処刑されている。罪状は捕虜殺害と死体損壊であった。

なお、葬儀の場面でお骨を食べる社会文化的儀礼としてのカニバリズムは、全国に広く残っている。俳優の勝新太郎は父の死に際して、その遺骨を「愛情」ゆえに食したと、本人が証言している。

昭和40年代まで全国各地で、万病に効くという都市伝説を信じて、土葬された遺体を掘り起こして肝臓などを摘出して黒焼きにして高価で販売したり、病人に食べさせたりして逮捕されていたことが新聞で報道されている(「明治大正昭和   事件犯罪大辞典」「新聞集成   明治編年史」)。

子を易えて食う、、、中国では普通

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/10/08 17:33 投稿番号: [34060 / 41162]
今頃、反日が生きがいの蛆虫が、日本を引き摺り降ろそうと必死になって探して漸く日本の食人記録を発見し、小躍りして今般のお披露目となったが、今後どんなに頑張っても大した数にはならないな。
頑張って、頑張って、蛆虫君、、、、、、笑

そもそも本草拾遺や本草綱目にも、人肉・人間の薬効が記されている訳だから、無数に人食いを試した動かぬ証拠ですよ。

それと、
かの有名な水滸伝(原文)は人食いのオンパレードですが、こうした反吐の出るグロテスクな話を中国人皆が、楽しそうに・愉快に・嬉々として語り継いできた訳ですから、中国人の鬼畜のようなメンタリティを理解できませんし、理解したくもありません。


本題に戻って、南京事件の真実。

「中国人(漢人)は四足の食台以外は何でも食べる」は、事実です。
王朝交代の度に、漢人同士が共食いしたことで
人口が10分の1まで何度も激減したのも歴史的な事実です。

この中国4000年の人食い文化・伝統から考えれば、
当時南京市内に残った中国人同士が共食いして
数万人・数十万人が中国人の胃袋に入ったと考えるべきでしょう。

半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、
馬鹿な日本の左派学者と朝日新聞などは「文化大革命バンザイ」でしたね。

中国人同士の共食い人数まで日本の責任にされちゃ、叶わんな。


ついでに
日本の仏教坊主や漢籍の日本学者は、こうした中国4千年の人食い文化・伝統を詳細かつ正確に知っている(知らなきゃ、大僧正でも東大教授でもクルクルパーの白痴以下です)。

今まで言わなかったのは、「人食い人種」の考えた「高貴で崇高な教え」では誰にも相手にされませんから、本人の飯のタネのために言わなかった。それだけ。「沈黙は金」。

Re: 人食父島事件の真実

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/08 13:48 投稿番号: [34059 / 41162]
戒厳令下にあり、当時は全島上げて、米国艦船の監視をしていた。

人食父島事件の真実

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/10/08 13:08 投稿番号: [34058 / 41162]
− 経緯−
昭和20年2月23日から25日にかけて、小笠原諸島の父島に配備されていた陸海軍の混成団の一部将校らが米軍の捕虜を殺害して人食していたことが戦後の東京裁判BC級の公判で明らかになった。

小笠原諸島は東京市(現在東京都)に属し、南に約200キロにある島で父島を中心に大小の島からなる。当時、東京市の防衛の要であった硫黄島と東京市の中間にあり、軍需物資を中継する重要な島だった。このため、大本営も従来の父島要塞司令部を改編し陸軍は混成第一旅団(5個大隊を基幹)など約9000人、海軍は通信隊など6000人を再配備した。

米軍の機動部隊は、前年の昭和19年7月にサイパン島を攻略し日本守備隊が玉砕。このサイパンを最前線基地として連日、東京への空爆を行った。大本営は米軍の次の目標は硫黄島とみて、父島に約15000人からなる部隊を配置したのだった。

同年8月31日から9月2日にかけて、いよいよ父島に対する空爆が始まった。米空母からアベンジャー爆撃機が次々に父島に向かって出撃していった。一方、父島守備隊は高射砲や機関砲で応戦し5機の米軍機を撃ち落した。この内の1機が後の第41代米国大統領となるジョージ・ブッシュ中尉だった。ブッシュは、からくもコックピットから脱出してパラシュートで離脱。その後、味方の潜水艦に救助されたが、同乗していた2人の乗組み員は行方不明となった。

−終戦後の発覚−
昭和20年8月15日終戦。9月2日に父島に米艦が到着し、立花陸軍中将を正使、森海軍中将を副使として降状手続きを行った。この時、米軍側は開口一番、「パラシュートで脱出した米軍パイロットは何名いたか。その後、どうなっているか知りたい」との質問に日本軍側は、「防空壕で全員爆死した」と回答。これに対して米軍側は露骨に不機嫌な態度になった。

その後、日本兵の復員は順調に進んだが、何故か的場陸軍少佐の大隊だけは復員が許可されなかった。この時、米軍側は的場大隊以外の部隊から様々な情報を収集していた。証拠固めができた昭和21年2月になって米軍側は、「捕虜になった米軍パイロット達は、残虐行為の末に殺害され人食された。この事件の主犯は陸軍では立花中将と的場少佐、海軍では、森中将と吉井大佐である」としてグアムの軍事裁判に起訴した。立花ら4人は大筋を認めて、小笠原事件に関与したとする軍人ら25人が逮捕された。

−カニバリズム−
一体、どのような経緯で捕虜の人食に至ったのか。その後のBC級裁判で明らかにされた。

昭和20年3月に前任の師団長が自決。その後、副官の立場にあった立花と森が中将に昇格。全体の指揮権は立花が握ることになった。立花中将の副官的存在が的場少佐であった。的場は、気が荒く酒乱の傾向があり、気に入らないことがあると部下を半殺しの暴行を加えて周囲を恐れさせていた。実際に柔道、剣道など合わせて10段以上の腕前と大きな体躯は周りを恐れさすには十分であった。

さて、ここで陸軍と海軍の高級将校達の酒盛りが連日行われた。終戦末期の物不足の中、貴重品である酒を連日酌み交わした。だが、゛つまみ゛が無い。そこで、立花らは米軍捕虜の肉を食べて戦意高揚を図ろうと軍医に捕虜の解体を命じた。針金で大木に縛りつけた米軍捕虜に立花が、「日本刀の凄みを披露する絶好の機会じゃ」と言って、試し切りの希望者を募って殺害。その後、遺体を解体させて宴会の゛つまみ゛にした。後の日本兵の証言によると、米兵の手足の肉や内臓を立花が食べると、「これは美味い。お代わりだ」とはしゃいでいたという。

結局、8人の米軍捕虜を殺害し人食したこの行為で、立花、的場、吉井ら5人が絞首刑となった(森は終身刑だったが、後のオランダ軍の裁判で死刑)。吉井は軍事裁判で、「無差別爆撃する米空軍が悪い。パイロットは処刑されて当然。人肉は戦意高揚のため食した」と供述。更に、「日本軍の戦陣訓である、゛生きて陵辱の辱めを受けず゛・・・という教えがあり、捕虜に対する行為は何をおいても許される」と主張した。

ジョージブッシュは、昭和天皇の崩御で「大喪の礼」に参列した後、「初めて日本人を許す気になった」と語ったという。それほどまでに、ブッシュはこの事件を「戦時中に経験した最悪の時」として自伝に書き込んでいる。もしあの時、ブッシュが米潜水艦に救助されていなかったら、米国大統領になっていなかった可能性が大きい。何故なら日本軍に食べられていただろうから。

子を易えて食う、、、中国では普通

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/10/08 12:21 投稿番号: [34057 / 41162]
南京事件の真実。

「中国人(漢人)は四足の食台以外は何でも食べる」は、事実です。
王朝交代の度に、漢人同士が共食いしたことで
人口が10分の1まで何度も激減したのも歴史的な事実です。

この中国4000年の人食い文化・伝統から考えれば、
当時南京市内に残った中国人同士が共食いして
数万人・数十万人が中国人の胃袋に入ったと考えるべきでしょう。

半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、
馬鹿な日本の左派学者と朝日新聞などは「文化大革命バンザイ」でしたね。

中国人同士の共食い人数まで日本の責任にされちゃ、叶わんな。



ついでに
日本の仏教坊主や漢籍の日本学者は、こうした中国4千年の人食い文化・伝統を詳細かつ正確に知っている(知らなきゃ、大僧正でも東大教授でもクルクルパーの白痴以下です)。

今まで言わなかったのは、「人食い人種」の考えた「高貴で崇高な教え」では誰にも相手にされませんから、本人の飯のタネのために言わなかった。それだけ。「沈黙は金」。

NNNドキュメント

投稿者: nippon_typhoon 投稿日時: 2010/10/07 15:24 投稿番号: [34056 / 41162]
NNNドキュメント兵士達が記録した南京大虐殺

part1
http://www.youtube.com/watch?v=iA_gprpCT-U&p=89CBC9986CA22A8D&playnext=1&index=11

part2
http://www.youtube.com/watch?v=CM-PgnTLXqc&p=321302362EFFB52F&playnext=1&index=1

part3
http://www.youtube.com/watch?v=L7VBoJLGc3s&p=89CBC9986CA22A8D&playnext=1&index=13

part4
http://www.youtube.com/watch?v=BIY_fpkV0rc&p=321302362EFFB52F&playnext=1&index=3

part5
http://www.youtube.com/watch?v=3gfbElUS6Ks&p=321302362EFFB52F&playnext=1&index=4

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/10/07 12:17 投稿番号: [34055 / 41162]
南京事件について、
中国人(漢人)の4000年の食人文化・伝統から考えれば、
当時南京市内に残った中国人同士が共食して
数万人の死者が出たという推測も成り立つ。

中国人同士の共食の人数まで日本の責任にされちゃ、叶わんな。

Re: 南京の元兵士の日記はニセモノ

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/10/07 10:28 投稿番号: [34054 / 41162]
私もそうでしたが、日本軍は悪かった、というイメージが強すぎて、

弁護するために本を読んでみる、
ということさえしない人たちが、多いのではないかと思います。

でも、少し筆跡の現物に慣れた人たちが、見てみれば、
感想は私と同じく、
兵士の日記の多くはニセモノだ、
と、思うに違いありません。

秦先生も、贖罪姿勢でないと、人間として自分が悪く思われる、
というような意識に、縛られているのではないでしょうか。

しかし、日記がニセモノである可能性が高い、
という観察そのものは、そういう意識には関係ないです。

Re: 南京の元兵士の日記はニセモノ

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/10/07 09:58 投稿番号: [34053 / 41162]
宇和多弥一日記の記事を載せた朝日新聞に対して、
宇和田が所属していた都城連隊の抗議がネットにあります。
http://www.history.gr.jp/~nanking/books_bungeishunju875.html

昭和59年。
連隊会「それはおかしいではないか。
戦争をしている兵隊が毎日毎日、日記がつけられると思いますか!
それに鉛筆書きならいざしらず、インクとは恐れいった。
当時は、ペン書きするにはインク瓶からスポイトでインクを補充せねばならない時代だが、
戦場へインク瓶を携行するなど考えられない。

秦郁彦氏『南京事件・増補版』と、笠原十九司氏の『南京事件論争史』
が出たのが、共に2007年ですが、

この都城連隊の抗議は、どうして考慮されないのか、
ものすごく不思議です。

ユーチューブのNNN映像も、ペン書きの清書みたいな日記が映っています。

現物を手にとって間近に見て、
どうしてこんな長文が書けるのかと、不思議に思わない人たちに、
全く首をかしげてしまいます。

秦著『南京事件』p289に宇和田弥一日記の現物らしき写真が載っていますが、
23歳にしては「な」の字が古い字体です。

他にも連隊の方たちから、事実に適合しないと言われているのに、
虐殺は事実でしょう、
と、中間派の大御所が言い、
それが本になっているのが、わずか3年前です。

その間、南京事件の映画を世界中にばらまいているなんて、
信じられません。

Re: 南京の元兵士の日記はニセモノ

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/10/07 08:41 投稿番号: [34052 / 41162]
手紙手本を見ていると、「志満っ多」という使い方が、
全くあり得ないわけではない、という感じもします。

しかし、明治以降の手紙手本自体は、
そもそも、実態とは相当離れた特殊な書き方になってしまっていたと
思います。

時間をかけて、気持ちを込めながら、精神を統一して、書道として書く。

そういう状況で書く手紙の場合に限られたと思います。

南京の元兵士の日記はニセモノ

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/10/07 08:24 投稿番号: [34051 / 41162]
秦郁彦著『南京事件』中公新書p131に、
昭和12年の、井家又一上等兵の日記の現物が写真版で掲載されていますが、

中国製作のニセモノではないでしょうか。

これは南京入場式の前日、12月16日に難民区を掃蕩したという記事です。

「12月16日」が「拾貳月拾六日」、「(〜して)しまった」が「志満っ多」。

こんな書き方は、当時、日本国内では、やっていなかったのではないかと思います。

昭和10年版の平凡社『手紙講座』全8巻が手元にあり、著名人?たちの手紙実例を見ることができます。
この講座は、国会図書館にもあります。

「志満っ多」はありません。

近代の日記の現物に詳しいわけではありませんが、「かな」の使われ方、「現代ひらがな」の登場に関しては、自分で見てきた経緯があります。

室町・戦国時代や江戸時代などの筆跡実例も見てきました。
江戸時代の出版物の寺子屋教科書『往来物大系』も、あちこち繰ってみた経験があります。
明治以降の「手紙手本」や「かな手本」(変体仮名です)も手元にあります。

そもそも「(〜して)しまった」というような口語文というのが明治以降のものですが、

ひらがなは、幕末に活字印刷で「現代ひらがな」の使用が始まり、
明治33年(1900年)の小学校令で、「現代ひらがな」使用が固定化した、

というのが通常の理解です。

私が知っている例では、近くの郷土資料館に、明治6年の「現代ひらがな」での本があり(明治初期は江戸時代の「いろは」字群のままの本もある)、
明治33年の数年前から、「現代ひらがな」の子供用雑誌が出ていたことが確認できます。

新聞は確認しておりませんが、幕末の試行錯誤の時期に「かな」新聞(かなの内容はわかりません)が発行されたことから考えると、
新聞も早くから「現代ひらがな」のものが出ていたのではないかと思っております。

つまり、昭和12年(1937年)に44歳以下の普通の兵隊さんは、
特別でない限り、日常は「現代ひらがな」を使ったと思われます。

また口語文の「しまった」で、「志満っ多」という変体仮名は、歴史的に見て、日本人は、普通は使いません。
凝った文字を使う和歌などの書には使っていますが、口語文の筆跡実例ではかなりの違和感があります。

そして、ネット検索で出てくる井家又一日記の文章については、きちんと目を通すと、日本語ではない、という感想の方が多い。

また、人の生活としては異常な日であるのに、
清書したような整然とした字面、画数の多い凝った文字は変です。

井家又一日記は、中国共産党か国民党の情報工作員が作成した、偽作だと、私は思います。

以下は仮説ですが、「虐殺場面を日記に書いた兵士は、中国軍に捕虜になっていた。

南京の地理や事件に詳しい、
中国共産党(あるいは国民党)の情報工作員が、虐殺事件を作文した。

それを捕虜の一部に強制して書かせ、あるいは偽作の日記を持たせて、
命の保証と帰国許可の踏み絵にした。

中国共産党・国民党に、『絶対に日記を捨ててはいけない。我々は必ず確認に行く。家族が大事だったら、捨てるな』
そう言われたので、捨てるに捨てられなかった。」

きびしい検閲があったと書いてある本(笠原『南京事件』岩波新書p102、p228)もありますが、
これはむしろ、虐殺描写がない日記が存在するのは、検閲がきびしかったからだろう、という仮説ではないかと見ました。

検閲が厳しかったのなら、なぜ虐殺描写のある日記が存在するのでしょう。
それについては、説明になっておりません。

中国産の偽作「元兵士の日記」が一つあるからには、いろいろなことが考えられます。

虐殺記事には、裏があるのではないでしょうか。

NNNドキュメント

投稿者: nippon_typhoon 投稿日時: 2010/10/07 07:32 投稿番号: [34050 / 41162]
NNNドキュメント兵士達が記録した南京大虐殺

part1
http://www.youtube.com/watch?v=iA_gprpCT-U&p=89CBC9986CA22A8D&playnext=1&index=11

part2
http://www.youtube.com/watch?v=CM-PgnTLXqc&p=321302362EFFB52F&playnext=1&index=1

part3
http://www.youtube.com/watch?v=L7VBoJLGc3s&p=89CBC9986CA22A8D&playnext=1&index=13

part4
http://www.youtube.com/watch?v=BIY_fpkV0rc&p=321302362EFFB52F&playnext=1&index=3

part5
http://www.youtube.com/watch?v=3gfbElUS6Ks&p=321302362EFFB52F&playnext=1&index=4

NNNは消えたのか?

投稿者: singodama 投稿日時: 2010/10/07 04:33 投稿番号: [34049 / 41162]
手を変え、色々左翼はやるねえ。
つうか、頭があるなら、南京について変だと思うのにね。
結果ありきで、脳の使い方を間違ったんだね。

↓↓↓嘘の内容のリンクは駄目ですよ↓↓↓

投稿者: yoiko_jpjptmd2004 投稿日時: 2010/10/07 01:29 投稿番号: [34048 / 41162]
嘘つきは中国人と朝鮮人の始まりと言われています。
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