南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
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Re: 死にたいよみ君の主張(その3)
投稿者: warazzu 投稿日時: 2007/07/14 22:10 投稿番号: [20091 / 41162]
>しかしですねーこの考えはひょっとしたら、主張と祈りで核廃絶をしようとする人たちに案外共通する考え方ではないかと、疑ったりもしているんですよね。
結果としてそういうことを言っている事を自覚してない人たちも多そうな。
まあ「主張と祈りで核廃絶」はもはや宗教の世界ですから、現実分析と合理性を基本とする交信方法では彼らとのコミュニケーションは成立しないでしょうねえ。宗教的アプローチが必要になるのかなあ。。。
>核戦争が起きないことを前提に核廃絶の主張なんてことをやっている人もいるんじゃないかと思います。
国家権力によって自由が保障されているからこそできる政府批判なのに、それを忘れて国家権力行使を批判するのも同じタイプ。
>「日本人の命は核廃絶のために差し出せ運動」という言い方もできるのではないかと思います。
まったく。実際、核抑止のために差し出された幾万もの命は日本人のものだったというのに。
一億の命を差し出したところで核廃絶実現の保障はゼロ。その国が非核・平和憲法を自慢していたとなれば、逆に世界の核武装がさらに進むのがオチだろうなあ。
これは メッセージ 20076 (yousunwai さん)への返信です.
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Re: ずれてるなぁw
投稿者: darekakotaetekudasaina 投稿日時: 2007/07/14 22:03 投稿番号: [20090 / 41162]
事実かそうでないかに初級〜上級があるんですね。知りませんでした。
あとクラスがあるのも知りませんでした。
では、私のカキコに対するずれてなくて上級クラスの意見をもらえません
かね?
どこどこ読めじゃなくて上級者らしく。
よろしくです〜
これは メッセージ 20080 (yominokuni56 さん)への返信です.
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Re: 死にたいよみ君の主張(その1)
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2007/07/14 21:20 投稿番号: [20089 / 41162]
>ところでね、君の核戦争への対処って、
やっぱり死ぬことなの?
もう一度お聞きします。
核戦争へのよみ君の対処って死ぬことですか?
はい
か
いいえでいいですよ。
で?いいえなら、具体的にはどういう対処ですか?
これは メッセージ 20087 (yominokuni56 さん)への返信です.
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Re: 死にたいよみ君の主張(その3)
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2007/07/14 21:18 投稿番号: [20088 / 41162]
>ホウホウ
それは単なるアンタの妄想だよ、、どこの国も核爆弾なんか
落としたりしないって、、そこまで人間アホじゃない。
あれれ、よみ君の言うことが正しいのなら、核廃絶なんて、そもそも、必要ないじゃないですか?
核が戦争に使われることを怖れて核廃棄の運動してるんだと思いますよ。
これは メッセージ 20085 (yominokuni56 さん)への返信です.
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Re: 死にたいよみ君の主張(その1)
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 21:13 投稿番号: [20087 / 41162]
>ところでね、君の核戦争への対処って、
やっぱり死ぬことなの?
どうしてこういった単純あほなんだろうかね(笑)
戦争しないことだよ
それが一番なんだよ、。
それとも君は戦争は仕方がないが
核兵器使用は困るってこと何だろうかね(笑)
100歳を超える
お年寄りに
間抜けなインタビューアが質問してるよな、、
長生きの秘訣、、教えてくださいって、、
年寄りは答えて
毎晩晩酌を飲み過ぎず
たばこは止めて
体操してます、、なんてね、、
こんな事しても
長生きの保証にはならんってことだよ(笑)
でね
おいらは
まず、、死なないこと
それが
長生きの秘訣なんだよって(笑)
少しは頭
使いなよ、、核兵器に代わる核の抑止力なんて
あまた使えばいくらでも
あるんだよ
無いのは
政治家の外交能力
全ての政治能力の無サ
なんだよ(笑)
君の財力で核シェルター作れるのなら
自分用の穴でも自宅に作れ、、って
仕事中に落とされたら
穴倉はいる時間無いぜ、、(笑)
これは メッセージ 20083 (yousunwai さん)への返信です.
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Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
投稿者: speed_king_1600 投稿日時: 2007/07/14 21:10 投稿番号: [20086 / 41162]
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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Re: 死にたいよみ君の主張(その3)
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 21:06 投稿番号: [20085 / 41162]
ショウモないねつ造して
レベル疑われるだけだよ
おにぃ〜ちゃん(笑)
そんな頭だから、南京虐殺事件も
従軍慰安婦も無かったなんて
ウソこけるんじゃないの
(笑)
思考回路
壊れてないかい?(笑)
>核廃絶までには核戦争の危機はあるのに
ホウホウ
それは単なるアンタの妄想だよ、、どこの国も核爆弾なんか
落としたりしないって、、そこまで人間アホじゃない。
そんなこと考えてるのは戦争好きの日本人の一部だけだよ(笑)
核戦争勃発する前に地球が温暖化で
おかしくなってるだろうよ。
年々潮位が上がってるんだけど
気づかないかい?
熱帯魚も最近は多いぜ、赤
青
黄色の
見たことも無いような魚が
泳ぎだしてるんだよ、
冬山に雪が無かったな〜〜今年は
もう
五年もすれば
日本の正月はアロハシャツで
過ごせるかもしれんぜ、、
庭の松に変えて
椰子の木でも植えるかね?
これは メッセージ 20082 (yousunwai さん)への返信です.
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Re: 「呆れる人種差別」 恥ずかしい糞虫y
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 20:58 投稿番号: [20084 / 41162]
おやま〜〜
フンコロガシ君
今日は台風で風が強いから
フンは転がさないのかい?
お休みなんだね、、(笑)
お休みの日には
お風呂くらいは
入れるの?
フンコロ風呂に、、ん(笑)
また、明日からフン転がすんでしょ、、今日はゆっくりサロンパスでも
オケツに張って
屁でも勢いよく
放いて
お休みなさい、、コロガシ屋さん。
なんでんな〜〜
もっと良い物転がせないかい、、おもしろくも何ともないぜ
あんたの投稿
屁の突っ張りにもならん
もう少しひねって
おもしろく書いてくれんかね〜〜でも
読む気ないんだけどね(笑)
ごめんね
あほ〜保ほっほほ
あほ〜
これは メッセージ 20074 (sinnjitu_itiro さん)への返信です.
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Re: 死にたいよみ君の主張(その1)
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2007/07/14 20:35 投稿番号: [20083 / 41162]
ところでね、君の核戦争への対処って、
やっぱり死ぬことなの?
これは メッセージ 20079 (yominokuni56 さん)への返信です.
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Re: 死にたいよみ君の主張(その3)
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2007/07/14 20:28 投稿番号: [20082 / 41162]
>核戦争起きないのだったら
別に
核廃絶運動なんてしなくても良いんじゃないの?(笑)
だって、核廃絶までには核戦争の危機はあるのに、主張と祈りだけにのみ頼ろうとする考え方ってやっぱりおかしいよ。つなぎがないもん。
だから、核戦争が起きないという前提を置いているか、他の目的があるか、ヨミ君のように、核戦争で死んじゃえばいい。と考えているのかどれかじゃないの?
これは メッセージ 20077 (yominokuni56 さん)への返信です.
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Re: ずれてるなぁw
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 19:42 投稿番号: [20080 / 41162]
どうも
貴方は初級クラスで
勉強してね(笑)
クラスを間違ってますよ。
ずれてるのはあんた
それは
間違いの無い事実ですよ
(笑)
これは メッセージ 20072 (darekakotaetekudasaina さん)への返信です.
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Re: 死にたいよみ君の主張(その1)
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 19:39 投稿番号: [20079 / 41162]
>>貴方でしたね。
核シェルターでなくても地下鉄の中に入れば生き残れるって書いてたのも
貴方でしたね。
>そうです。が正確には、地下鉄に手を加えないとダメです。それは書いてありますよ。
別に地下鉄のコンクリートなど構造物の耐久性を論じた訳じゃないでしょ(笑)
地下鉄に潜って核兵爆弾投下に耐え
生き残ったとしても
果たして地下数百メートルか>それとも数十メートルか知らないが
そこから脱出出来るかどうかの保証は無いし、例え地上に出られたとしても、放射能汚染で
生き残れるか?
それとも地下鉄には食料が数年分保存されているとでも言うのか?
そして
数年分の食料を保存してあったとしてだ、ありゃせんのだがね。
生き残り
敵国兵士に救出される保証はあるのか?
ってことなんだよ。
敗戦後の鬼畜米英と知られたアメリカ兵のように
日本人を救出してくれる
保証はないぜ、、って言ってるのよ、、ここをあんたは逃げてるだけの話なんだよ(笑)
現代社会において核爆弾を投下するような国の兵士が日本人を一人残らず優しく
救助してくれるとは
とても
思えないんだよ(笑)
だから、自由を奪われ
食料も与えられず
強制労働させられてまで、生き抜くことは耐え難い事だと
それでも
守らなきゃならない人の為には極限までは我慢できるが
それ以上は
己の誇りの為に死を選択するってことだけなんだよ、、君
日本人か?
武士道は知ってるか?(笑)
武士は奴隷にはならんぜ(笑)
これは メッセージ 20068 (yousunwai さん)への返信です.
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Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 19:29 投稿番号: [20078 / 41162]
ありがとうね、、
筆者から感謝の手紙が届くこと
待ってるよ(笑)
これは メッセージ 20063 (kukukunoooku さん)への返信です.
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Re: 死にたいよみ君の主張(その3)
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 19:28 投稿番号: [20077 / 41162]
あはっはっは、、
君たちは
おもしろいね、、笑ってしまったよ。
>ですから、核戦争が起きないことを前提に核廃絶の主張なんてことをやっている人もいるんじゃないかと思います。
核戦争起きないのだったら
別に
核廃絶運動なんてしなくても良いんじゃないの?(笑)
自衛隊
あ〜〜今はも軍隊か?
戦争放棄した国の軍隊に
戦争反対
自衛隊に入るな
って叫んでも
むなしいだけ何じゃないの
?(笑)
自衛隊に入る人たちは国防の為に入隊してるのであって、
国際紛争解決の為の戦争が無いから
入ってる人が多いと思うよ。
そこで戦争反対って叫んでも
アホか〜〜て
思われないかしらね(笑)
戦争反対を叫んでるのは
憲法を蹂躙し
戦争に荷担しようとする自民党政府に対して
戦争反対を叫んでるんだけどね。
間違わないでね。
詐欺
国家政府に対して
憲法を守れ
って叫んでるんだと思うんだよ。
当然だね、、日本国民なんだからね。(笑)
>彼は、「核攻撃された場合は日本人は生きのころうなどと考えずにあきらめて死ね」と言ってるように私には読めました。
あのね、、ねつ造と改竄は
こうやって曲げて曲げて解釈するんだねって思ってますよ(笑)
あほらしい話してるようだけど、、興味湧かないね、、幼稚すぎて(笑)
これは メッセージ 20076 (yousunwai さん)への返信です.
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Re: 死にたいよみ君の主張(その3)
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2007/07/14 19:13 投稿番号: [20076 / 41162]
>彼は、「核攻撃された場合は日本人は生きのころうなどと考えずにあきらめて死ね」と言ってるように私には読めました。
ええ、そうなんです。「尊厳ある死」というようなことを主張してましね。
しかしですねーこの考えはひょっとしたら、主張と祈りで核廃絶をしようとする人たちに案外共通する考え方ではないかと、疑ったりもしているんですよね。
そもそも、核廃絶の主張というのは、核廃絶がなってから、新たに核武装をしようとする場合には効力を発揮するかもしれないもので、核廃絶にいたるまでの過程で、核戦争が起きてしまえば全くの無力なんですよね。
ですから、核戦争が起きないことを前提に核廃絶の主張なんてことをやっている人もいるんじゃないかと思います。
もちろん、別の見方としては、ひょっとしたら、核廃絶運動というのは日本の核武装や核に対する対策を放棄させることだけを目的にやっているものなんじゃないかと、疑ったりしてます。
つまり、「日本人の命は核廃絶のために差し出せ運動」という言い方もできるのではないかと思います。
これは メッセージ 20075 (warazzu さん)への返信です.
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Re: 死にたいよみ君の主張(その3)
投稿者: warazzu 投稿日時: 2007/07/14 17:35 投稿番号: [20075 / 41162]
>核戦争が起きたらという問いに、よみ君は具体的な対案を示さず、相手の案の否定だけに終始していました。
ですね。
>核戦争が起きたら、
死ぬこと。
>これが彼の主張になると思います。
彼は、「核攻撃された場合は日本人は生きのころうなどと考えずにあきらめて死ね」と言ってるように私には読めました。
自身の生き方(死に方)としての話なら、核攻撃されたとき運良く近くにシェルターや地下鉄が存在しても彼自身が入らなければよいだけの話。同じ死生観を他人に押し付ける必要など皆無なわけで。
それとも皆には地下鉄なんかに逃げても全然意味無いよと言いふらしておいて自分だけは・・・ってのが狙いなのか。
これは メッセージ 20069 (yousunwai さん)への返信です.
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「呆れる人種差別」 恥ずかしい糞虫yomi
投稿者: sinnjitu_itiro 投稿日時: 2007/07/14 16:07 投稿番号: [20074 / 41162]
糞虫yomiも同類ですな。
自分の会社の同僚が会社に搾取されているのを知りながら、被害者救済にために何をするでもない。
ここで日本罵倒のネタにするだけ。
おそらく心の中では、、
「こいつら気の毒にねえ〜あはっはっは、よかったよ俺は、、こいつらみたいな事にならなくて」
と舌を出して笑ってた事は容易に想像できる。
偽善者の典型。
それでいて、、「おいらはほこり高い日本人だよ」なんてほざくんですから、、
まったく反吐が出ます(唾棄
これは メッセージ 20036 (koudousuru009 さん)への返信です.
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マンネリ教科書ネタ お前これで何回目だ?
投稿者: sinnjitu_itiro 投稿日時: 2007/07/14 15:57 投稿番号: [20073 / 41162]
いくら反論ネタに詰まっったからって、、出展すら怪しいこんなもん何十回も出すな。
無能(嘲笑
これは メッセージ 20026 (yominokuni56 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/20073.html
ずれてるなぁw
投稿者: darekakotaetekudasaina 投稿日時: 2007/07/14 15:47 投稿番号: [20072 / 41162]
南京の話。
殺されたのはほとんどが非戦闘員。そう、それで間違いないよ。
非戦闘員とは戦闘員ではないということ
戦闘員とは戦闘中いわゆる「交戦者の資格」をちゃんと持っている人達
この人達は降伏すれば命は助けてもらえる(捕虜になれる)
一方、<戦闘に参加しつつ>「交戦者の資格」がないために戦闘員ではない
非戦闘員。平服であったり武器を隠したり司令官がいなかったり。
この人達は殺されてもしかたない。
突然起こった事件ではなく長い戦闘の一連の中、こんなやつらそりゃ殺すよ。だって危険だし殺していいんだもん。
非武装、非戦闘員=市民と勘違いしている人が多いようだが。
司令官が逃げてしまっていて幾ら残党がほとんど消えたからと言って降伏を受けてない拠点で兵民分離をしたことは感謝されても非難されることではない。
自国軍のおかげで疑われて殺された市民も少しはいたろうけどね。
ともかく「大虐殺」はなかった。
数も間違いね。中国側サイドの外人達ですら市民で20万と認識してたんでしょ。一人残らず殺されたのかね。そして一人残らず殺されたような土地に数ヶ月でその数以上の人が定住にくると。
作り話にしても無理がありすぎ。
これ終わらしてから、教科書だの核だの行こうよ。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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マンネリ教科書ネタ お前これで何回目だ?
投稿者: sinnjitu_itiro 投稿日時: 2007/07/14 15:47 投稿番号: [20071 / 41162]
いくら反論ネタに詰まっったからって、、出展すら怪しいこんなもん何十回も出すな。
無能(嘲笑
これは メッセージ 20026 (yominokuni56 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/20071.html
死にたいよみ君の主張(その4)
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2007/07/14 14:28 投稿番号: [20070 / 41162]
>心あるのかい?
っていうより心の話しはしてませんよ。
核戦争が起きて、その中で生き残るには?という話しですからね。
>貴方をやりこめて
喜ぶほど
単純な
おいらでは
ありません(笑)
と、いうか、そんなこと言われてもねー。意味不明です。この話と核戦争で生き残る対処の問題とどういう関係があるんですか?
これは メッセージ 20022 (yominokuni56 さん)への返信です.
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Re: 死にたいよみ君の主張(その3)
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2007/07/14 14:24 投稿番号: [20069 / 41162]
ですよねー。
核戦争が起きたらという問いに、よみ君は具体的な対案を示さず、相手の案の否定だけに終始していました。
つまり、彼には案などないという考えもあります。
案がもしない場合、あえて彼の対案に匹敵する答えを探すとすれば、
核戦争が起きたら、
死ぬこと。
これが彼の主張になると思います。
これは メッセージ 20029 (warazzu さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/20069.html
Re: 死にたいよみ君の主張(その1)
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2007/07/14 14:19 投稿番号: [20068 / 41162]
>いいですかい、、仮に核戦争が起こった場合に備えて
核シェルターが必要だから
作ろうって言ってたのは
貴方でしたね。
核シェルターでなくても地下鉄の中に入れば生き残れるって書いてたのも
貴方でしたね。
そうです。が正確には、地下鉄に手を加えないとダメです。それは書いてありますよ。
>誇りも名誉も捨ててまで
生き残りたいとは思わないって書いただけなのよ(笑)
それはおかしいですねー。あなたは、シェルターの対案としてこの話しを持ってきたんではないのですか?もし、これが対案でないとしたら、あなたの対案は何ですか?
お答え下さい。
これは メッセージ 20021 (yominokuni56 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/20068.html
東南アジアの教科書にも韓国史歪曲
投稿者: kukukunoooku 投稿日時: 2007/07/14 13:12 投稿番号: [20067 / 41162]
朝鮮日報より
yomiちゃんの祖国の新聞です
◇日本植民支配の美化=フィリピン教科書は日本の「大東亜共栄圏」について
「このような構想の目的は、その地域を統合して日本の支配のもと、
西欧からアジアの国家を解放させるというもの」とし、
「日本は軍国主義化から自由な新しい秩序を樹立することで満州、韓国、内モンゴ
ル、
中国に平和と安全をもたらそうとした」と記述している。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/20067.html
支那にねつ造された南京事件
投稿者: chinese_nante 投稿日時: 2007/07/14 12:53 投稿番号: [20065 / 41162]
南京大虐殺は歴史的事実ではありません。
支那によりねつ造された嘘話です。
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マレーシアの国定歴史教科書
投稿者: kukukunoooku 投稿日時: 2007/07/14 12:49 投稿番号: [20064 / 41162]
マレーシアの国定歴史教科書
http://www5f.biglobe.ne.jp/~thai/page048.htmlどうもこれを観るとと是々非々で書かれてるようだが。
1. The Asia for Asians slogan was the influence on the
Asians.
2. Burma and Indonesia did cooperate with Japan for
the sake of getting independence.
3. Japan approved the formation of KRIS on Malaya-
Indonesia Orgarnisation.
The effects of Japanese occupation
* The rise of national struggle.
* The confident for self administration.
* Expand the communist ideology.
* The fall of the country's economy.
* The failure to upkeep the health staus
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/20064.html
Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
投稿者: kukukunoooku 投稿日時: 2007/07/14 12:46 投稿番号: [20063 / 41162]
yominokuniの基地外連投のソースは全部この人の著作からの引用
アジアの教科書に書かれた日本の戦争 東南アジア編 (単行本)
越田 稜 (著)
著作権侵害で違反メッセージ送っといてやったw
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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日本の教科書 世界平和を謳う(笑)
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 12:26 投稿番号: [20062 / 41162]
20新しい世界
昭和16年12月8日大東亜戦争の勃発以来、明るい大きな希望が湧き起こってきました。昭和の聖代に生まれて、今までの歴史にない大きな事業をなしとげるほこりが感じられて、たくましい力が盛り上がったのであります。
わが日本と志を同じくするドイツ、イタリア、両国もまた、新しい欧州を作ろうとしてい、地中海に、アフリカに、大西洋に、米英に対する戦いを繰り広げ、また、ソ連とも戦っています。世界をわがものにしようという野心によってつくられた古い世界が次第に崩れ始めたのであります。
すでに、満州国は輝かしい発展をとげました。国民政府もまた、シナで、着々とその基礎を固め、タイ国も、東部インドシナも、日本と密接な関係を結び、相,携えて大東亜建設の為に協力しています。
その上、わが戦果にかがやく南方の諸地方は新生の光にあふれ、マライや沼南島、ビルマやフィリピン,東インド諸島に響く建設の音が、耳もと近くに聞こえてきます。大東亜十億の力強い進軍が始まったのであります。日本は大きな胸を開いて、あらゆる東亜の住民へ、手をにぎりあうように呼びかけています。日本人は御稜威をかしこみ仰ぎ、世界に本当の平和をもたらそうとして、大東亜建設の先頭に立ち続けるのであります。
私達は豊かな資源を確保し、軍備を固めて、敵を圧迫し、おおしい心構えを以って、建設をなしとげなければなりません。この大事業のためには身をささげ、力を尽くす事が,大事であります。私達は希望に満ち溢れ必勝の信念を以って,立ち上がらなければなりません。
身命をなげうって、皇国のために奮闘努力しようとするこのおおしさこそ、いちばんたいせつなものであります。
私達は清く、明るく、公明正大でなければなりません。
男は正しくたくましく、女はすなおで強くあってこそ、日本の国はいよいよさかえて行く事ができるのであります。
日々の心構えが、そのまま大きくなっての心構えとなります。
このような心構えですすむ時新しい世界は、私達の手でできあがるのであります。私達こそ、という意気込みを以ってのぞむ時、大東亜の建設はみごとにないとげられ、正しい世界が開けて来ます。今、はっきりと私達の果たさなければならない使命についてわきまえ、それを果たすことの出来る日本人となるようつとめましょう。
国民を騙し
アジアの民衆から経済的人的搾取を行い
虐殺し、そして
戦犯は処罰され
日本は新しく生まれ変わった。
原爆投下により
降伏
敗戦し、
戦争放棄したため、戦後60数年間平和に経済的繁栄を遂げた、
決して先の大戦の英霊のお陰などではない、敗戦後
捕虜
抑留者
引き揚げ者
内地の生き残りの日本人が
この国を興したのであり
誇りに思う。
先の大戦を正当化しようとすることは
現在の平和と繁栄を否定することだと
改めて感じてほしいと
おもうのである(ジャン)
愚かな政治は、もう、、ゴメンだね。賢い国民となろうぜ(笑)
これは メッセージ 20061 (yominokuni56 さん)への返信です.
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日本の教科書 白馬の天皇陛下万歳
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 12:15 投稿番号: [20061 / 41162]
国定修身教科書(初等科6年生用)
「初等科修身4」
文部省編
1942年版
19戦争祝賀の日
難攻不落を誇っていたのも、きのうの夢と消えて、皇軍は昭和17年2月8日ジョホール水道を突破し,大激戦ののち、15日には敵将以下7万の大軍を無条件で降伏させました。シンガポール要塞はみごとに陥落したのであります。
太平洋とインド洋をつなぐ関門として,大東亜海の守りを固め、沼南島が新しく生まれました。ここは、今我が大日本が皇道を明らかにする政治上、軍事上また,経済上のきわめて大切な拠点となったのあります。爆撃機の轟音もまったく途絶えて、マライ人もインド人も,シナ人も朗らかに大東亜の建設の為に働いています。
この沼南島の誕生をことほぐ祝賀の日のことでありました。2月18日早春の日差しを受けた二重橋の上、深緑の中に清らかな御乗馬「白雪」の姿がくっきりと浮かび上がりました。
宮城前広場に、あとから、あとから続いてどよめいていた歓呼の声が、はたと消えて水を打ったようにしずまりかえります。この時、十数万の民草はみんなおなじように急にまなこをみはりました。
大元帥陛下には、馬上御豊かに、今,しずしずと側近のかたがたをおしたがえになって出御あらせられます。そうして橋の上で御馬首を広場の赤子へおむけになりました。御稜威さんとしてかがやく大元帥陛下は、今ここにあらせられる。たとえようのない感動に、胸はひきしまり、思わずこうべが低くたれます。
ああ,この時、指揮者はいなくても心は一つ、おのずから宝祚の無窮を祈る万歳の奉唱が湧き起こりました。広場に寄せてはかえす赤子の波、返すまもなく、まごころこめてうち続きます。
天皇陛下
万歳
万歳
しばらく静まり返ったかと思う間に,この声がおごそかな「君が代」の奉唱にかわりました。「君が代」の大きな斉唱はだんだんと高まり、熱を帯びてきました。そして、広場全体、老いも、若きも、男も、女も、感涙にむせんだのであります。制服の生徒も、産業戦士もひざまずいています。玉砂利にひざまずきながら、幼い愛児とともに拝んでいる母親もいます。
この「君が代」を奉唱する熱誠な民草に、恐れ多い事ながら、二度三度、白い御手袋もはっきりと、御挙手の礼をたまわりました。やがて、陛下にはしずしずと御馬首をおめぐらしになって、入御あらせられました。
しかも、広場の人たちの歓呼の声がなりやまないうち、皇后陛下、皇太子殿下、照宮、孝宮、順宮内親王殿下はおそろいで、橋上にお出ましになったのであります。
皇后陛下の御手にも、皇太子殿下の御手にも、あざやかに日の丸の旗が拝されました。
小旗は、ひらひらとして春浅い花かとも拝され、三内親王殿下もまた、御ともどもに広場のどよめきに相和せられて、力づよく国旗を御うち振りあそばれたのでありました。
大東亜に新しいよあけの光がさしたこの良い日、わが皇室の、喜びを民草とともにおわかちになったありがたさ、かたじけなさ、広場に拝した民草の感激はいうまでもなく、私達もまた、赤心奉公の忠誠を誓って、いつの世までもこの光栄の日を忘れる事が出来ないのであります。
これは メッセージ 20060 (yominokuni56 さん)への返信です.
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アジアの教科書インドネシアの教科書4
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 12:13 投稿番号: [20060 / 41162]
地下活動を行う。
政党が解散させられた後、指導者達は地下活動を行った、勢力を結集し民族団結の地下活動を続けた。
反乱がインドネシア各地で勃発した。
1. アチェにおける反乱=1942年11月10日指導者はシャリル(日本軍に狙撃される)
2. 西部ジャワのシンガパルナでの反乱1944年2月25日指導者はザエナル・ムスタファ(逮捕
死刑)
3. 西部ジャワ
インドラマユでの反乱
カプロガン村の全民衆が蜂起他の村村に飛び火する。(日本軍の鎮圧)
4. 西部ジャワ
ロッベヌルでの反乱日本の残酷な行為を座視する事が出来ず武器を取って抵抗した、マドリャリアスの指導による。
5. 西部カリマンタン、ポンティアナックの反乱1943年10月16日に日本に対する反乱を計画する秘密会議が開かれた。がしかし、事前に情報が漏れ、多くの人々が逮捕され,殺害された。
6. 郷土防衛義勇軍による反乱
aフリタルにおける郷土防衛軍の反乱ショウーダンチュ(小隊長)のスプリヤディに指導された100人の兵士はカウィの山に立てこもり抵抗し、その後投降、逮捕、死刑に処せられた。
bアチェにおけるトゥウクハミドの反乱
ギユー軍の2小隊を指揮して日本に抵抗した。ハミドの家族全員が人質となりやむなく投降した。
cパンドラにおけるギユー軍兵士の反乱
日本軍が鎮圧
dチラチャップのグミリールでの郷土防衛義勇軍の反乱
この反乱はかなり強烈なものであった、スディルマン将軍、後にインドネシア独立後国軍大将となる
これらの反乱はいずれも日本軍に鎮圧されてはいるが、成果は、連合国軍の攻撃と戦っていた日本軍の力を削いだ事にある。
これは メッセージ 20059 (yominokuni56 さん)への返信です.
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アジアの教科書インドネシアの教科書3
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 12:12 投稿番号: [20059 / 41162]
労組動力の搾取
社会の階層を問わず,いたるところで行われた、もっともひどい目にあったのは強制労働者(ロームシャ)にするために動員された人々であった.彼らは田舎の出身で,一般に文盲であった.そのロームシャ太刀は橋,幹線道路、飛行場、防空壕といった日本防衛のために重要であった建設工事で労働を強制された.そのような壕が今でも残っている、カリウラン(ジョクジャカルタ)にあるのはその一つだ.。ジャワ島、の各地から集められた数千のロウムシャはマラヤ,やビルマ、インドシナなど、国外でも労働させられた、ロームシャの待遇はきわめて残酷であった、彼らが労働中にすこしでも不注意だったりすると、平手で叩かれ、銃で殴られ、鞭で打たれ、足蹴にされた。これに抵抗した者は殺された。
彼らの健康は配慮されなかった。衣服は満足に支給されず、食料は与えられはしたが、米の飯ではなく、タピオカの粉の粥であった、それも一日一回であり、量もきわめて限られたものであった。
その結果何千人ものロームシャは2度と故郷に戻ることは無かった。働かされていた森林でこの世を去ったのであった。
この事実を目のあたりにして、村の若者は姿を消した。これは地方の農業に悪い結果をもたらさざるを得なかった。
1943年以降、日本軍は行きずまり、連合国軍の攻撃に備えてインドネシアの青年を利用しようとした、日本は青年団をつくり、隊員は14歳から22歳までの青年から成っていた。目的は「自力で国土の防衛が出居るように青年達を教育,訓練する」ことであった。日本軍政府はこのように言っていた。しかし、本当の目的は来襲する国連軍に立ち向かわせようとする準備であった。
また、ケーボーダンあるいはボーゴダン(警察補助隊)フジンカイを作った。
ジャワ、ホコーカイ=1944年ジャワ民衆の動員を強化する為ジャワ忠誠会を作った。大東亜戦争の勝利のため民衆を駆り立て日本への全面的な献身をさせる事、会員は14歳以上で米、宝石、くず鉄などの物資を集める為民衆を動員する役割をさせられた、集めた物資は全て日本軍政府に引き渡された。
その他ヘイホ(日本補助兵)シュイシンタイなど1943年に設けられた。
国土義勇軍=1943年10月3日に結成された。インドネシア防衛のため、日本軍から軍事訓練をうけた。郷土防衛義勇軍の指揮官はインドネシア人であった。彼らは指揮官に就任する事を認められる前に士官候補生として教育を受けた。士官たちの教育はボゴールで行われた。インドネシア独立後、彼らの多くがインドネシア国軍の指導者となって活躍した。その中に故スディルマン将軍、カトッ・スブロフ将軍、アフマドヤニ将軍らがいる。
日本の占領政策は民族主義闘争に利用された。
インドネシア民族に対する日本の圧制は実に非人間的なものであった。
自然資源と労働力の搾取は徹底的に行われた、民衆はわが国の歴史に例のない苦難を体験した。
指導者たちは民衆の立場に立って闘い続け独立を達成するために民衆の闘争精神を育てたのである。民族主義者たちは表立っては日本軍政府と対立はしなかった、それは大変危険であり、闘争を有利にはしなかったからである。日本軍は抵抗する者は誰であろうと遠慮せず殺した。
これは メッセージ 20058 (yominokuni56 さん)への返信です.
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アジアの教科書インドネシアの教科書2
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 12:11 投稿番号: [20058 / 41162]
インドネシアは日本の戦争を支える為に資源および人力を提供させられた.
当初、日本軍到来はインドネシア民族に歓迎された.インドネシア民族は長く切望してきた独立を日本が与えてくれるだろうと期待した.
どうして、このような期待をもったのだろうか?それは日本がやって来てまもなく次のような宣伝を展開したからである.
**日本民族はインドネシア民族の兄である.日本が来た目的はインドネシア民族を西洋の植民地支配から解放する事である.−日本は「大東亜共栄圏」のために開発を実施する.**
その実態はどうであったか、日本時代にインドネシアの民衆は肉体的にも精神的にも並外れた苦痛を体験した.日本は結局、独立を与えるどころかインドネシア民衆を圧迫し、搾取したのだ.その行為は強制栽培と強制労働時代のオランダの行為を超える、非人道的なものだった.資源とインドネシア民族の労働力は日本の戦争のために搾り取られた.
日本の占領時代のインドネシアでは軍政がしかれ,ジャワ島、スマトラ島は陸軍が,その他の地域は海軍に支配された.
*天然資源と食糧の搾取
原材料は戦争が必要とする工業材料を得るために使われた.食糧の供給は特に軍人による消費の為の備蓄に向けられた.価格も日本軍政府によって決定された.それはモルッカ諸島でのオランダ東インド会社による香料の独占と、変わりの無いものであった.
戦争にあまり役たたないものの栽培は制限されたり,完全にやめさせられた.
例えば
スマトラでの煙草の栽培は壊滅させられ、ヒマの栽培にかえさせられた.ヒマは飛行機の潤滑油の材料として非常に重要であった.
必要性があるため依然として耕作が続けられたものにはキニーネ、ゴム,砂糖きびがあった.
森林は農地として利用するという理由で伐採された.森林伐採はジャワ島だけで50万ヘクタールにおよんだ.
農地造成のための場当たり的な森林伐採は結局のところ食糧増産にはつながらずそれどころか逆に収穫は減少した.思慮を書いた森林伐採は土地の侵食と洪水の原因となった.侵食は土地の肥沃度を低下させ,灌漑に不可欠な水源を涸れさせた、洪水は稲作を破壊した.
日本軍政府は軍隊の消費の為家畜を大量に殺した、その結果家畜の数は次第に減少し、田畑を耕すための家畜が居なくなってしまった.
民主は各自の庭でヒマの栽培する事を義務付けられた、その収穫は日本軍政府に引き渡さねばならなかった.これはオランダ東インド政府時代の強制栽培とどこがちがうのだろうか.結果的に耕地は減少し,農地で働く時間が不足してきた.
多くの民衆がロームシャ(強制労働者)にされた.こうして田を耕す労働力が減少していった.農業生産は減少したにもかかわらす,収穫の80%を日本軍政府に引き渡すように強制された.この結果民衆の間では食糧が大変不足し,飢餓の危機がいたるところで発生した.栄養失調で腹ばかりが膨れた多くの人々が死んでいった.
その他の物資の搾取
くず鉄は古い鍬や鎌
庭の鉄柵まで取り壊して差し出さねばならなかった.
これは メッセージ 20057 (yominokuni56 さん)への返信です.
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アジアの教科書インドネシアの教科書1
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 11:42 投稿番号: [20057 / 41162]
インドネシア
中学校用
「社会科分野.歴史科第5分冊」
マルトノ著
ティガスランカイ社
3.日本占領時代
1939年ころヨーロッパの情勢は非常に緊張していた.その原因は次のようなものであった.
ドイツは第一次大戦で敗北した相手国、とりわけフランスに対して「レバンシェ」(報復)することを切望していた.
ドイツは第一次大戦で奪われた植民地を奪還する野望をもっていた.
ドイツはヨーロッパで強国になることを強く望んでいた.
イタリアもまた、大イタリアという意味である「リソルジメント」建設の理想を持っていたので植民地を拡大したいと思っていた、その動きの一環として北アフリカの国、アビシニア(エチオピア)を侵略した.
ヨーロッパ諸国は互いに軍備拡大を競っていた.
世界平和を脅かす大国の行動を国際連盟は抑えることが出来なかった.
同じころアジアでも緊張が発生していた.
先進的な近代国家に成長していた日本が拡張政策を実行する野望を抱いたのだ.すでに日本は満州と華北を侵していた.中国全土にも日本による侵略の危機が迫っていた.
植民地の拡大という目的を共有するドイツ、イタリア、日本は協力して、その敵に対抗する為の同盟を結んだ.
世界の諸地域ですでに長く植民地を所有してきた帝国主義諸国、特にイギリス、フランス、オランダ、アメリカはこれに脅威を感じ、そこでまた、共同の敵に対する為に連合を形作った..
1939年9月1日ドイツはポーランドに侵攻した.逆に9月3日にはいぎりす、フランスがドイツを攻撃した.すぐさま連合国はイギリス、フランスに追随した.ここに、第二次世界大戦が勃発した...
本質的には第二次世界大戦はドイツ,イタリア,日本対イギリス、フランスおよびその連合国との植民地獲得戦争であった.ポーランド侵攻は戦火を燃え上がらせる口実となったに過ぎなかった.
第二次世界大戦は2つの部分に分けることが出来る
ヨーロッパと北アフリカの戦場、太平洋の戦場である.
1941年12月8日日本はパールハーバーを攻撃した.日本の攻撃はきわめて突然であった、ワシントンで日米交渉中の事だった.日本に対抗するためアメリカはABDACOM連合軍をつくった.その総司令部はバンドンに近いレンバンに置かれた、その他ABCD戦線も組織された.
日本は中国大陸、東南アジアへの進撃さらには太平洋上のソロモン諸島に至る当方への侵攻を電撃的なすばやさで行った.
これは次のような結果をもたらした.
*中国大陸が日本に支配された.
*ビルマ、マラヤ、シンガポールにおけるイギリス帝国主義の支配が打倒された
*インドシナにおけるフランス帝国主義の支配が倒された.
*フィリピンにおけるアメリカ帝国主義の支配が打破された
オランダ東インド政府は日本の攻撃に対抗する力が無く、無条件に降伏した.
降伏文書はオランダ東インド総督トゥチャルダ.ファン.シュタルケンボルクスタショーウェルの立会いの下オランダ東インド軍司令官テル、ポールテン中将によって調印された.日本側は今村均将軍であった.(第16軍司令官)
これは メッセージ 20056 (yominokuni56 さん)への返信です.
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アジアの教科書フィリッピンの小学生教科
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 11:35 投稿番号: [20056 / 41162]
フィリピン
小学校4年生読本
「歴史」(タガログ語)
コンコルディア・C・フロレンチアB.バウティスタ編
レックス
フックストア発行
フィリピンの歴史におけるくらい時代は私達の国を日本国が占領した時です。
日本軍は来たばかりのころは自分達はフィリピン人の友達だといい、フィリピン人と日本人を結びつけるためアメリカを敵としました。
日本人はアメリカと関係のあるもの全てをとり除きました。英語の代わりに日本語にしました。
彼らは人々の食糧や家財道具をはじめ乗り物や大きな家々をも取り上げました。
多くの人々が生活に困り、お腹を空かせていました。しかし、フィリピン人はマッカーサー将軍が戻ってくるのを信じていました。将軍がそう約束したからです。ゲリラ活動をしていた人、日本人と一緒になるのを嫌がった人たちは山にこもりました。ゲリラはしばしば日本軍と戦い、人々の希望となりました。
日本人はスパイがゲリラとみなした人々にとても残忍でした。捕らえた者たちを拷問し、閉じ込め,仲間の名前を言わせました。罰せられ殺された人達の中にはアバド・サントス裁判官、ウェンセスラオ・Q・ビンソン氏、ホセファ・リャネス・エスコーダ夫人、ラモン・ラントス医師らがいます。
マッカーサー将軍は約束を守りました、戻って来て、私達の国を日本人から救ってくれました。
*今日でもハポン(日本)
サカン(蟹股)は「悪」の代名詞になっていることを認識しておくべきでしょう。
サマット山頂に戦争記念館がある。
バターン半島の突端に「死の行進」を示す記念碑がある。
これは メッセージ 20055 (yominokuni56 さん)への返信です.
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アジアの教科書 フィリッピンの教科書5
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 11:33 投稿番号: [20055 / 41162]
アメリカ軍の帰還
自由の道は長く険しかった、オーストラリアのアメリカ軍は日本軍の手に陥っていた島々を取り戻していった。1944年9月アメリカ軍はフィリピンにいた日本軍に対し容赦のない砲撃を加えた。10月レイテ島にアメリカ軍は上陸した。1945年2月3日マニラに進行
第8軍はバタンガスに上陸、カビテ、リサルへと進行した、日本軍は退却の途中村に火を放ち焼いた、マニラの町の半分は日本軍に焼かれ、残り半分はアメリカ軍に破壊された。4月完全な勝利を収めた。4月12日ルーズベルト大統領の死にフィリピン人やアメリカ人のみならず自由世界の全ての人々が彼の死を悼んだ。
日本の降伏
1945年7月26日連合国の3カ国
イギリス、アメリカ,ソ連、、は日本に無条件降伏を要求する最後通告を発表した。この際ご通告はアメリカ大統領、イギリス首相、ソ連書記長による、ドイツ,ポツダムでの会議期間中に書かれたため「ポツダム宣言」として知られている。日本はその最後通告を無視した。日本をついに降伏させたのは原子爆弾であった。戦争に初めて使われたこの爆弾は8月6日広島市に落され広島市の60%を破壊し、一瞬にして7万8千人の日本人を殺戮した。一万人以上の人が跡形もなく消えた。3万7千人の日本人が重い傷に苦しんだ。何千人もの人々が放射能による後遺症で病んだ。8月9日第二の被爆が長崎市にもたらされた。長崎市の40%が破壊され10万人の人が殺された。6日後の1945年8月15日日本は無条件降伏をした。日本に亡命していたラウレル大統領は1945年8月17日日本に支えられていた「フィリピン共和国」を解体した。
戦争の被害
東南アジア諸国のなかで、フィリピン人が一番激しく、長く戦ったので、フィリピンが戦争によってもっとも破壊された。フィリピン人全体で111万1938人が戦死した。この中には戦場や日本の捕虜収容所で死亡した兵士達、また、日本軍によって虐殺された市民(男性,女性、子供たち)が含まれている。
これは メッセージ 20054 (yominokuni56 さん)への返信です.
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アジアの教科書 フィリッピンの教科書4
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 11:32 投稿番号: [20054 / 41162]
フィリピン行政委員会
日本軍最高司令部はケソンが大マニラ市の市長に指名したホルヘ・B・バルハスに新政府を速やかに組織するように命じた。フィリピンはフサッフェが倒れ、日本の征服者のなすがままになっていた。
1942年1月23日バルハスと31人の協力者は日本軍最高司令部にあてて、「平和と秩序を維持し我が国民に幸福を推し進める為に」に日音軍の命令に従う決意をした
日本製フィリピン共和国
東条英機首相はフィリピン国民の好意を得るために、フィリピンの独立を認める約束をした。東京からの命令に従いフィリピン独立準備委員会(PCPI)がラウレル博士のもとで来るべき「共和国」の憲法を制定する為に設置された。
この憲法は1943年9月4日PCPIのメンバーによって署名された。
この憲法は「フィリピン共和国」の為に制定されたものであり行使するにあたり大統領がその執行権を有する、副大統領はいなかった。立法権は一院制国民会議に属した。司法権は最高裁判所および下級裁判所に属していた。権利の宣言はありはしたが市民の権利よりも、その義務が強調されていた。この憲法で関心を引くのは国語としてタガログ語を適用したことである。9月7日117名の代表者で構成された議会により「批准」された。
1943年10月14日「フィリピン共和国」がマニラで発足した。ラウレル博士が大統領として、その任務の宣誓をした。ベニグノ・アキノ議長が努める国民会議によって選出された。
フィリピン国民は彼らの新しい「共和国」を歓迎することには熱心ではなかった。それが本物ではないことを彼らは知っていた。あざけるようにPCPIを「どうぞ、フィリピンの独立を放棄してください」と叫んでいたくらいである。
宣伝活動機関
あらゆる手段を使ってフィリピン人を日本化するか、あるいは少なくとも彼らの同意を得ようと試みた。さまざまな講習会が国民に「精神的躍動」を与える為に設置された。これらの講習会のなかにはGETI(政府雇用訓練講習会)元ユサッフェの兵士のための講習会、新フィリピン文化講習会、政府留学生派遣準備講習会などがある。また、日本の隣組を真似た隣人協会が占領下のフィリピンの市町村に設置された。日本の指導的な宣伝機関はカピサナン・サパグリリンフコド・サ・バゴンゴ・ピリピナス(新生フィリピン奉仕団)婦人互助会、カリバピ指導者会、労働協会がある、カリバピは日本軍当局によって許されたフィリピンでただ一つの政治集団であった。
これは メッセージ 20053 (yominokuni56 さん)への返信です.
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アジアの教科書 フィリッピンの教科3
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 11:30 投稿番号: [20053 / 41162]
日本軍は何をしたのか
日本軍がマニラを占領した時にバルガスにフィリピン行政府の長になるように命令がきた。7つの省が設置されそのぞれの長にフィルピン人がなった。しかし、どの省にも日本人がいて、フィリピン人の一挙一動を監視していた。
1943年初頭
日本はフィリピンに「大東亜共栄圏」に参加するなら自由にするといった。そして、日本はフィリピンの憲法制定の為フィルピン独立準備委員会を作った。日本はフィリピン独立宣言以前に政党活動を全て禁止し、代わりにカリバピ(新生フィリピン奉仕団)を設け、新しいフィリピン大統領を選出した、がこれは日本の支持によるものだった。
1943年10月14日
ホセ・ラウレルは共和国大統領に就任した、同日、日本と軍事協定(日・比同盟)を結ぶことを強要された。この協定は無意味なものであった。なぜなら、フィリピンは日本に対してはもともと非協力的であったからである。フィリピン人は全国の学校で教えられたアメリカとその民主主義の価値観のほうに忠実であったからである。
ゲリラ
ユサッフェの残軍は山に登り、ゲリラ活動を開始した、ゲリラの数は町や市の市民が加わったりしたので増えつづけた。日本軍の残酷さ
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-特に地方での女性に対する邪悪な扱い
--
-は多くの市民がゲリラになる要因の一つであった。
ゲリラ活動の広がりを危険視した日本軍はフィリピン市民に対して残酷さを一層加えるようになった。有罪、無罪を問わず捕らえられ、サンティアゴ砦や日本軍が接収し刑務所とした他の施設に送られた。家に帰ることが出来た者にしても、不自由な身体となっていた。
一般市民はゲリラに全面協力し、食糧やお金を与え、また、日本軍の情報を伝えた。ゲリラ活動はルソンに集中しており多勢の指導者はここの出身者であった、有名な人物としてはウェンスラオ・Q・ビンソン、マルセロ・アッドル、テリー・アデボソ、マルコス・V・アグスティンである。
バターン死の行進
16人の将校を含む7万人以上のフィリピン人およびアメリカ人兵士がバターンで武器を捨てた。降伏後彼らは勝利者である日本軍の残忍な扱いをうけた
。
飢え、渇き、病、疲労で極度に衰弱していたにもかかわらず、彼らはバターンのマリベレスからパンパンガのサン・フェルナンドまで約80kmの全工程を行進するよう強制された。この悪名高き「死の行進」中フィリピン人約1万人アメリカ人約1200人が路上で死亡した。サン・フェルナンドで生存者は有蓋貨車に詰め込まれ、ターラックのキャパスあったオドンネル、キャンプにつれて行かれ収容された。その結果、飢えや病気でほとんどが死亡した。最終的に家族の下に帰れたのはごく少数の人たちであった。
(バターンのマリベスから鉄道のあるサン・フェルナンドまで80kmの道のりで捕虜達はそこを5〜6日がかりで移動させられた。サン・フェルナンドからフタつきの貨車でカパスまで運ばれ、カパスから再びオドンネルキャンプまで12kmを歩かされた)
日本の軍政
日本軍マニラ侵入の翌日1942年1月2日
日本の軍事政権がフィリピンの政治,経済,文化活動を指揮するために設置された。第一主任将校にハヤシ・ヨシヒデ
第2.第3にタカギ・ワイチ各陸軍少将が就任した。
東京からの命令を実行して日本軍事政権はいくつかの規定を定め無力なフィリピン人はそれに従わざるを得なかった。夜間外出禁止令および灯火管制が全マニラに施行され、戒厳令がしかれた。火器、弾薬、その他の武器全てが没収され、日本軍に敵対するいかなる行動も処罰の対象になった。日本人一人を殺せば有力なフィリピン人を二人射殺するという軍の布告が出された。
全てが日本の支配下に置かれた。日本の「軍票」がフィリピン通貨に換わって配布された。
これは メッセージ 20052 (yominokuni56 さん)への返信です.
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アジアの教科書 フィリッピンの教科書2
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 11:15 投稿番号: [20052 / 41162]
マッカーサー
バターンへの退却
アパリとリンガエンに上陸した日本軍はマニラへ向かった。この軍事展開によってマッカーサーは一時バターンへ退却し、最後まで闘うことを決意した。彼の意図は戦争の被害から民間人を守り総力を集中して再び日本軍と戦うことにあった。
フィリピン軍は軍人と民間人との両者から組織されたものだったが、全員バターンへ退却するよう命じられた。従って日本軍は容易にマニラに侵入することが出来た。1942年1月2日マニラは制圧された。
フィリピンの敗北
日本軍はバターンを攻撃し、その総力を集中し、本間雅晴司令官ら日本軍の最高幹部は攻撃に幾たびもの失敗をした。ユサッフェには被弾して多数の死傷者が出たが降伏はしなかった。日本軍も死傷者は多くまた、マラリアに苦しむ者も多かった。本間はマッカーサーに降伏を勧告したがしかし、マッカーサーはそれを無視して戦い続けた。ルーズベルトはマッカーサーにオーストラリアに転戦するように命じた。バターンの防衛軍は食糧と武器不足のため弱体化し4月9日バターンは陥落した。
5月6日コレヒドール陥落、フィリピンは敗北した。
亡命政府
ケソンがワシントンに到着してすぐに亡命コモンウェルス政府(独立準備政府)が樹立された。
ケソンの閣僚のほとんどはフィリピンに残ったが彼についてきた者には重要なポストが与えられた。バシリオ・バルデス将軍は国防大臣、マヌエル・ニエト大佐は通商農業大臣、ハイメ・ヘルナンデスは大蔵大臣
住宅相にはホアキン・エリザルデが任命された。彼らは太平洋戦争会議のメンバーとなり、国際連合設立の為の文書に署名をした。
これは メッセージ 20051 (yominokuni56 さん)への返信です.
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アジアの教科書 フィリッピンの教科書1
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 11:13 投稿番号: [20051 / 41162]
高等学校用
「フィリピン国の歴史」(タガログ語)
テオドロ・A・アゴンシリオ著
ナショナル・ブックストア発行
第17章
太平洋戦争
マッカーサーと軍隊
1939年ヨーロッパで戦争が始まった時フィリピンの国情は必ずしも悪い状況では無かった。
しかし、マヌエル・ケソン(国民党党首)はフィリピンの美しい空に暗雲が立ち込めるのではないかと感じた。民族主義者で作家で知識人そして国会議員でもあるクラロ・M・レクトは日本が一番危険ではないかと考えた。
1930年代に日本と中国が戦争を始めたときから日本は極東アジアを征服したがっていたらしい。もし、アジアで戦争が起こったならばドイツが太平洋にある列強の植民地を奪ったように日本もアメリカからフィリピンを奪うのではないかという恐れを抱いた、ケソンは戦争が起こりそうな情報を受けていたので、マッカーサーにフィリピンを守るように要請した。つまり毎年4万人の兵隊を訓練することを提案した。5年間に20万人のフィリピン軍の動員を計画し,ルーズベルト大統領はフィリピンとアメリカの軍隊を合体して指揮官にマッカーサーを任命した、フィリピン軍13万とアメリカ軍隊の連合隊をユサフェ(アメリカ極東軍)といった。
宣戦布告
1940年9月日本はドイツ・イタリアと同盟関係を結んだ。これらの国を枢軸国という。1941年7月日本はインドシナ(ベトナム)に侵攻した。アメリカはその侵攻に脅威を感じ、フィリピンも危険と考えたアメリカは主権を持った国家同士であることで日本に対して相互に理解し合おうと提言した、しかし
日本はそれを拒否した。2国間の関係改善のため日本は来栖三郎を野村駐米大使の協力者としてアメリカに派遣した。しかし、両者がハル国務長官と交渉している間に日本はパールハーバーを攻撃した。日本は宣戦布告をしないでアメリカの軍事施設を奇襲したのである。奇襲の結果アメリカ海軍将校
兵士計5000名が死傷した。ここに太平洋戦争が始まった。
日本の侵略
真珠湾攻撃の数時間後、日本はフィリピンに侵攻した。それは1941年12月8日である。アバリ・ダバオ・バギオ・タルラ・タルラックなどを攻撃を仕掛けてきた。夜にはマニラが爆撃された。と同じくして日本はアパリ・リンガエン・アティモナン・ラモン湾に上陸した。
12月9日ルーズベルトの声をラジオで聞いた「我々は戦争のただ中にいる、この戦いは帝国主義的戦争への復讐のためにあるのではない、危険の無い世界をつくり、この国とその全てのものが、子供達のために自由であるようにするのだ」
12月26日「私はフィリピンの人々にフィリピンの自由を回復しその主権を守ることを誓う、アメリカはこの誓いを果たす為に人と物を使い力を尽くす」
これは メッセージ 20050 (yominokuni56 さん)への返信です.
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