アジアの教科書 カンボジアの教科書4
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 11:11 投稿番号: [20050 / 41162]
親日傀儡政権の樹立
インドシナで湧き上がった民族独立運動に直面した日本帝国主義者は自分の侵略行為を隠す為、フランス植民地主義者を相手に共に闘おうとカンプチア人民に訴えるスローガンを出さざるを得なかった。1945年3月10日「ベトナム・カンプチア・ラオスを支配していたフランス植民地主義者の時代は終わった」と宣言する放送をした。
フランス植民地主義者に忠実であったシナヌーク、バオダイ、、のような国内の封建主義者は今度は日本を慕って召使になった。インドシナの国に独立をもたらすというコメディーを演じるためである。
同日、プノンペンにあるに日本領事館のクボタが宮殿に赴き「カンプチアの独立を支援する」と声明した。
3月12日
「今日からカンプチア王国は独立国である」新しい政権を樹立させた。
日本軍の敗北と8月のベトナム革命の勝利はカンプチア人民とラオス人民の政治的闘争に力を与えた。しかし。カンプチアでは日本の敗北直後からの革命と反革命の力の不均衡によってベトナムやラオスのように民族独立を獲得する為に立ち上がることがなかった。民族運動の消滅と一部は日本人に毒されてしまい、その結果国家権力の全てはシアヌーク王と日本の傀儡首相ソン・ゴク・タン・の手に握られた。
1945年9月23日フランス植民地主義者がベトナム南部に侵略してきた。
10月初め彼らは再びカンプチアへ侵略してきた。ソン・ゴク・タンの独立政権は抵抗できず10月16日崩壊した。そしてシアヌークは再びフランスの操り人形となった。
これは メッセージ 20049 (yominokuni56 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/20050.html