南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: >ソ連の シベリア強制労働とか

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/14 21:53 投稿番号: [9681 / 41162]
>私は1年ほどですが終戦時北朝鮮にいました。

そうでしたか。
お疲れ様でした。
貴重な体験談として有り難く承ります。
私は、『生活者の日本統治時代――なぜ「よき関係」のあったことを語らないのか』呉善花(著)という本を読んだことがあります。
この本は、著者の呉善花氏が日本統治時代に朝鮮で暮らしていた多くの日本人と韓国人に対し聞き取り調査を行い、当時の実態をまとめた本です。
この本には、当時の朝鮮での生活は日本人にも韓国人にも平和で仲良くできたから良かったということが述べられています。
新義州に長年住んで居て、戦後に日本に引き揚げて来た何人かの日本人の証言も述べられています。
それによると、ooo_ooo_oooさんの仰っていることと一致していることが多いのですが、やはり一部に酷い目に遭ったという日本人の証言もあります。
例えば、新義州で生まれ育って総督府農商局で終戦まで勤め上げた山本利男さんの話によりますと、
――――――
昭和21年3月段階で、南からはだいたいの引き揚げが完了しました。北では6、7万人が帰れずに残されたのですが、昭和22年10月末にはおおかた帰還することができました。
そのときに父も日本に帰ってきましたが、北では日本人はみな集められて共同生活をしたんです。しらみがひどく、病気で死ぬ人も多かったので、脱出を企てた人たちもたくさんいました。(略)このときに軍人や警察、教育者などはシベリアへ連れて行かれたんです。
P147

文官、知事などはことごとくソ連に連れて行かれ、シベリアに抑留されて戻してくれませんでした。私の義兄は視学官をやっていたのですが、ソ連に連れて行かれてそのままになってしまいました。未だにどうなっているのか消息不明です。
P153

『生活者の日本統治時代――なぜ「よき関係」のあったことを語らないのか』呉善花著
――――――
などと述べられています。


>シベリアからの送還兵の話も先方にいた間に聞いたことがありません。我々の町に自由の形で帰ってきたら世話会を通じてすぐに分かる筈ですが。どこかに収容されていたのでしょうね。日本人は、1年半以内に身1つで殆ど帰ったと思います。今でも、町や学校単位の帰国者の会があって、情報は記録されてます。

シベリアから北朝鮮に移送された日本人たちの話は、スターリンが1946年4月に「病弱になった抑留者を選別し、5月25日から8月20日の間に北朝鮮へ移送するように」と命じたことや、北朝鮮に移送された27,755人の名簿がロシア政府から日本政府に渡されたことなどから間違いない事実でしょう。
この移送に関しては、当時、秘密裏に行われたために真相が不明なままなのではないかと思われます。
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