>ソ連の シベリア強制労働とか
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/12 22:37 投稿番号: [9648 / 41162]
日本がポツダム宣言を受諾した後にソ連によって行われた日本人拉致、シベリア強制連行、強制労働、殺害…は明らか且つ悪質な戦争犯罪です。
厚生労働省によれば、シベリア抑留者は57万5千人で、うち帰国した人は47万3千人、現地での死亡5万5千人、残る4万7千人が消息不明とのことですが、これは大嘘です。
事実は100万人以上の日本人がポツダム宣言受諾後、ソ連によって拉致、強制連行・労働をさせられ、うち50万人以上が殺されたのです。
また、スターリンは1946年4月、「病弱になった抑留者を選別し、5月25日から8月20日の間に北朝鮮へ移送するように」と命じ、シベリアに強制連行・労働させられていた100万人以上の日本人のうち27,755人が北朝鮮に移送されましたが、2005年12月時点で身元を特定できたのは移送中に旧ソ連領内で死亡したとみられる1人だけにとどまっています。
北朝鮮に送られたシベリア抑留者たち
http://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2005/1022.html
1991年ゴルバチョフ訪日の際、満州、樺太、択捉、国後などからソ連に拉致され、シベリアに強制連行され、殺害された日本人全員の名簿や死亡年月日、死因、埋葬地などをソ連が日本に提出することを約束した協定が結ばれましたが、履行されていません。
現在、1991年ゴルバチョフ訪日の際に渡された38,000人(一部)の名簿と、2005年にロシアから渡された「北朝鮮に移送された27,755人の名簿」のみが日本に存在しています。
これを教訓として言えることは、数百人の日本人拉致被害者を日本に帰国させることなしに北朝鮮と国交を正常化すれば、数百人の日本人拉致被害者の消息は永久に判らなくなるということです。
国交を正常化してから諸問題を解決しようとすると、結局は有耶無耶になるだけで逆効果であり、国交正常化する前でなければこのような問題は解決できないのです。
ソ連との領土問題とシベリア抑留日本人問題、韓国との領土問題など、問題先送りにして国交を正常化(回復)させると碌なことがありません。
――――――――
●今立鉄雄氏ー「日本しんぶんー日本人捕虜に対するソ連の政策」
・「終戦時、ソ連の占領した満州、樺太、千島には軍民あわせ約272万6千人の日本人がいたが、このうち約107万人が終戦後、僅か9ヶ月間にソ連の為、シベリアに送られた。推定ながら、シベリアの野に失った40万人の人々とその遺族の胸中を思いやっている」
●ウイリアム・ニンモ(米国の研究者)著ー「検証ーシベリア抑留」
・「1945年8月ソ連の管理下にあった日本人の人数は、272万6千人、確認済みの死者は25万4千人、行方不明・推定死亡・その他は9万3千名で、事実上、約34万人の日本人がソ連によって殺された」
●アルハンゲリスキーの解明
・マリクがモロトフに宛てた文書では、「1946年12月4日付け政府決定に従い、ソ連からの日本人の本国帰還が緒に就いた。本国帰還該当者105万2,467人のうち既に10万1,075人が送還された」
・1947年3月5日付けの対日理事会でビジョン米代表が、日本捕虜帰国の現状に言及し、ソ連領内にまだ105万301人の日本人が残留していると述べたところ、1947年3月27日付けのマリクからモロトフ宛ての書簡では、ビジョンに反論するため「1947年3月5日現在ソ連内にいた軍人及び民間人の日本人は総計約70万人」としたのである。折りしも東西冷戦が本格化した時期で、以後、鉄のカーテンに阻まれ、抑留者の数、死者の数とも曖昧にされていく。
(中略)
●シーボルト(対日理事会の米代表)
・夥しい数の日本人捕虜がシベリアで虐殺されたとして、日本側の資料を用い、次の数字をあげている。1945年だけで、27万2349人が死んだ。1945年から1949年までの4年間で、ソ連での日本人捕虜の死亡者は、実に37万4041人にのぼる。
37万人を超える日本人捕虜がシベリアで殺された。死亡原因は疾病、野外留置、衣服の不足、栄養失調、極寒時の強制行進、過酷な労働とされている。広島、長崎の原爆を上回る我が同胞が、まさにスターリンによって虐殺された。
http://ryutukenkyukai.hp.infoseek.co.jp/marxsyugi1.html#前野 徹 「第四の国難」 扶桑社
厚生労働省によれば、シベリア抑留者は57万5千人で、うち帰国した人は47万3千人、現地での死亡5万5千人、残る4万7千人が消息不明とのことですが、これは大嘘です。
事実は100万人以上の日本人がポツダム宣言受諾後、ソ連によって拉致、強制連行・労働をさせられ、うち50万人以上が殺されたのです。
また、スターリンは1946年4月、「病弱になった抑留者を選別し、5月25日から8月20日の間に北朝鮮へ移送するように」と命じ、シベリアに強制連行・労働させられていた100万人以上の日本人のうち27,755人が北朝鮮に移送されましたが、2005年12月時点で身元を特定できたのは移送中に旧ソ連領内で死亡したとみられる1人だけにとどまっています。
北朝鮮に送られたシベリア抑留者たち
http://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2005/1022.html
1991年ゴルバチョフ訪日の際、満州、樺太、択捉、国後などからソ連に拉致され、シベリアに強制連行され、殺害された日本人全員の名簿や死亡年月日、死因、埋葬地などをソ連が日本に提出することを約束した協定が結ばれましたが、履行されていません。
現在、1991年ゴルバチョフ訪日の際に渡された38,000人(一部)の名簿と、2005年にロシアから渡された「北朝鮮に移送された27,755人の名簿」のみが日本に存在しています。
これを教訓として言えることは、数百人の日本人拉致被害者を日本に帰国させることなしに北朝鮮と国交を正常化すれば、数百人の日本人拉致被害者の消息は永久に判らなくなるということです。
国交を正常化してから諸問題を解決しようとすると、結局は有耶無耶になるだけで逆効果であり、国交正常化する前でなければこのような問題は解決できないのです。
ソ連との領土問題とシベリア抑留日本人問題、韓国との領土問題など、問題先送りにして国交を正常化(回復)させると碌なことがありません。
――――――――
●今立鉄雄氏ー「日本しんぶんー日本人捕虜に対するソ連の政策」
・「終戦時、ソ連の占領した満州、樺太、千島には軍民あわせ約272万6千人の日本人がいたが、このうち約107万人が終戦後、僅か9ヶ月間にソ連の為、シベリアに送られた。推定ながら、シベリアの野に失った40万人の人々とその遺族の胸中を思いやっている」
●ウイリアム・ニンモ(米国の研究者)著ー「検証ーシベリア抑留」
・「1945年8月ソ連の管理下にあった日本人の人数は、272万6千人、確認済みの死者は25万4千人、行方不明・推定死亡・その他は9万3千名で、事実上、約34万人の日本人がソ連によって殺された」
●アルハンゲリスキーの解明
・マリクがモロトフに宛てた文書では、「1946年12月4日付け政府決定に従い、ソ連からの日本人の本国帰還が緒に就いた。本国帰還該当者105万2,467人のうち既に10万1,075人が送還された」
・1947年3月5日付けの対日理事会でビジョン米代表が、日本捕虜帰国の現状に言及し、ソ連領内にまだ105万301人の日本人が残留していると述べたところ、1947年3月27日付けのマリクからモロトフ宛ての書簡では、ビジョンに反論するため「1947年3月5日現在ソ連内にいた軍人及び民間人の日本人は総計約70万人」としたのである。折りしも東西冷戦が本格化した時期で、以後、鉄のカーテンに阻まれ、抑留者の数、死者の数とも曖昧にされていく。
(中略)
●シーボルト(対日理事会の米代表)
・夥しい数の日本人捕虜がシベリアで虐殺されたとして、日本側の資料を用い、次の数字をあげている。1945年だけで、27万2349人が死んだ。1945年から1949年までの4年間で、ソ連での日本人捕虜の死亡者は、実に37万4041人にのぼる。
37万人を超える日本人捕虜がシベリアで殺された。死亡原因は疾病、野外留置、衣服の不足、栄養失調、極寒時の強制行進、過酷な労働とされている。広島、長崎の原爆を上回る我が同胞が、まさにスターリンによって虐殺された。
http://ryutukenkyukai.hp.infoseek.co.jp/marxsyugi1.html#前野 徹 「第四の国難」 扶桑社
これは メッセージ 9639 (crngsuvt さん)への返信です.