Re: 百人斬り競争一審判決文より
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/04/13 14:38 投稿番号: [9473 / 41162]
判事の判決を鵜呑みに楯にとっているようじゃ名にし負うピーポーピーポーだぞ。
本多ら被告は、「据えもの斬りをした」とか「無実のシナ人を斬殺した」とかいう事実の摘示ではなく論評である、と「言い逃れ」している。
山本七平との論争では白兵戦100人斬りが問題だったのではないか(「日本人とユダヤ人」だったか「日本教について」だったか。読み返していない)。本多は山本に論破されると、白兵戦で100人、200人斬るなんてありえない。だから捕虜斬殺、無辜のシナ人斬殺にちがいないというふうに切り替えたのではないか。
捕虜据えもの斬りにしろ無実のシナ人斬殺にしろ、向井野田両少尉にシナ軍と戦闘進軍中100人、200人、300人、1000人斬るひまがあったのだろうか。ゲームなら当然周囲の監視の下でやったのだろうから目撃者証人が何人も出てくるはずだ。「おい望月、あこにいるシナ人をつれてこい」だけじゃなく。そして、何百人も斬るには、日本刀が何本要るだろうか。到底一本や二本では間に合うまい。どうやって10本20本30本を調達したのか。隊長殿副官殿、私のを使ってくださいか。それなら、そのような証言があるはずだ。
いや、鵜野晋太郎「日本刀怨恨譜」だ?鵜野晋太郎は「中帰連」の活動家のようだな。本多が「百人斬り裁判」で援用しているようだが、鵜野は鵜呑みにはできない。
要するに、百人、数百人「据えもの斬り」という論評自体が根拠薄弱だ。そんな薄弱な根拠で軽率に「論評する」などとんでもない名誉毀損だろう。それをうやむやに判決をするなど、処分されたという土肥章大判事の私情(私的イデオロギー)の入るところだな。
「李秀英名誉毀損裁判」もしかり。
>この裁判は李秀英さん個人に対する名誉毀損を問うものなので、勝つことができました。被告側は法廷で「言論の自由」を主張していましたが、個人に対する攻撃が許されるわけにはいきません。
http://www.jca.apc.org/nmnankin/news12-3.html
「個人に対する攻撃が許されるわけにはいきません。」?
なら、「百人斬り裁判」も同じだろう。
>『「南京虐殺」への大疑問』(1998年展転社刊・松村俊夫著)という本では、現在「731部隊・南京大虐殺・無差別爆撃事件裁判」で日本国に対して訴訟を起こしている李秀英さんは被害を受けた当事者ではない、別人であると思われる記述をしています。
http://www.jca.apc.org/nmnankin/news12-3.html
「別人であると思われる記述をしています。」別人だと断定していないのではないか。本多らの記述も同様だろう。いや、もっとひどい断定調だったのではないか。「論評」が聞いてあきれる。
>今回の判決を傍聴した中国人弁護士の康健さんは次のように述べました。「これはまだ初歩的な勝利です。右翼的な本はドイツでは出版できません。日本でできることがたいへん不思議でなりません」。
http://www.jca.apc.org/nmnankin/news12-3.html
なに寝言ほざいているか。ホロコーストと南京とは比較にならない。のを比較する時点でお前(康健一派)は終わっている。
ピーポーピーポーが終わっていることは言を俟たない。
判事(側)の主観私情のからむ裁判や誤審など東京裁判を始め、古今東西珍しくない。単純に判決や(政府)公式声明(謝罪)を楯に取り振り回すのはピーポーピーポー。
本多ら被告は、「据えもの斬りをした」とか「無実のシナ人を斬殺した」とかいう事実の摘示ではなく論評である、と「言い逃れ」している。
山本七平との論争では白兵戦100人斬りが問題だったのではないか(「日本人とユダヤ人」だったか「日本教について」だったか。読み返していない)。本多は山本に論破されると、白兵戦で100人、200人斬るなんてありえない。だから捕虜斬殺、無辜のシナ人斬殺にちがいないというふうに切り替えたのではないか。
捕虜据えもの斬りにしろ無実のシナ人斬殺にしろ、向井野田両少尉にシナ軍と戦闘進軍中100人、200人、300人、1000人斬るひまがあったのだろうか。ゲームなら当然周囲の監視の下でやったのだろうから目撃者証人が何人も出てくるはずだ。「おい望月、あこにいるシナ人をつれてこい」だけじゃなく。そして、何百人も斬るには、日本刀が何本要るだろうか。到底一本や二本では間に合うまい。どうやって10本20本30本を調達したのか。隊長殿副官殿、私のを使ってくださいか。それなら、そのような証言があるはずだ。
いや、鵜野晋太郎「日本刀怨恨譜」だ?鵜野晋太郎は「中帰連」の活動家のようだな。本多が「百人斬り裁判」で援用しているようだが、鵜野は鵜呑みにはできない。
要するに、百人、数百人「据えもの斬り」という論評自体が根拠薄弱だ。そんな薄弱な根拠で軽率に「論評する」などとんでもない名誉毀損だろう。それをうやむやに判決をするなど、処分されたという土肥章大判事の私情(私的イデオロギー)の入るところだな。
「李秀英名誉毀損裁判」もしかり。
>この裁判は李秀英さん個人に対する名誉毀損を問うものなので、勝つことができました。被告側は法廷で「言論の自由」を主張していましたが、個人に対する攻撃が許されるわけにはいきません。
http://www.jca.apc.org/nmnankin/news12-3.html
「個人に対する攻撃が許されるわけにはいきません。」?
なら、「百人斬り裁判」も同じだろう。
>『「南京虐殺」への大疑問』(1998年展転社刊・松村俊夫著)という本では、現在「731部隊・南京大虐殺・無差別爆撃事件裁判」で日本国に対して訴訟を起こしている李秀英さんは被害を受けた当事者ではない、別人であると思われる記述をしています。
http://www.jca.apc.org/nmnankin/news12-3.html
「別人であると思われる記述をしています。」別人だと断定していないのではないか。本多らの記述も同様だろう。いや、もっとひどい断定調だったのではないか。「論評」が聞いてあきれる。
>今回の判決を傍聴した中国人弁護士の康健さんは次のように述べました。「これはまだ初歩的な勝利です。右翼的な本はドイツでは出版できません。日本でできることがたいへん不思議でなりません」。
http://www.jca.apc.org/nmnankin/news12-3.html
なに寝言ほざいているか。ホロコーストと南京とは比較にならない。のを比較する時点でお前(康健一派)は終わっている。
ピーポーピーポーが終わっていることは言を俟たない。
判事(側)の主観私情のからむ裁判や誤審など東京裁判を始め、古今東西珍しくない。単純に判決や(政府)公式声明(謝罪)を楯に取り振り回すのはピーポーピーポー。
これは メッセージ 9449 (pipopipo555jp さん)への返信です.