Re: 「弥生人=漢民族.周王朝系,同祖説」
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/04/13 02:04 投稿番号: [9472 / 41162]
>なにか、反論.有りませんか?
>もち、正論と見てくれた応援の意見も、最高に歓迎です。
倭人は、支那の江南地方、呉の国から来たと書かれた史書があるとのことです。
彼らの先祖は呉の太伯です。
呉の太伯は周の太王の長子です。
太伯は、周の権力争いに破れ、江南の地に逃れ、呉の国を建てました。
その呉も最後には滅ぼされ、倭人は海に逃れ、日本にきて邪馬台国をつくった。
つまり、倭人は、支那大陸を追い出されたわけです。
その結果として日本列島先住民族を侵略したとか言われているわけです。
二千五百年以上前の話で、ほんの一つのエピソードに過ぎません。
渡来人の中の一人に周の太伯が居たかもしれませんが、「弥生人=漢民族.周王朝系,同祖説」というのは誤解を招く表現だと思います。
似たような話は、他にもいろいろあります。
日本には、世界の各地から様々な人間の集団が各々の文明を携えて移住して来ました。
シュメール、ポリネシア、ミャオ族、徐福、イスラエル支族などの話から、周王室、秦氏、百済王族などのように史書に記述のある移民まで、日本は様々な移民を受入れてきました。
「和をもって貴しとせよ」
私は、大和朝廷の中枢にはイスラエル支族や秦氏の存在があり、下っ端の方に百済王族が存在していたことは事実だろうと思っています。
まあ、その事と、人種学的見地から説明する「日本人」は、あまり関係ないでしょう。
人種学的には、大半の日本人は約2万年前にマンモスを追ってシベリアからやってきた種族の血が最も濃く残存しています。
さて、古代において、朝鮮半島の南側と西側が倭国の勢力圏であったのに、日本列島の東側と北側は倭国の勢力圏でなかった時代が、何世紀にも渡ってありました。
7世紀、白村江の戦いで、唐と新羅の連合軍に敗れた倭国は、朝鮮半島における勢力を失い、百済王族は日本に亡命して来ました。
日本に亡命して来た百済王族の地位が大和朝廷の中ではあまり高くなかったことからも、百済王族が倭国の手下に過ぎなかったことが分かります。
8世紀になると日本に亡命して来た百済王族の末裔が中心となって、陸奥(今の東北地方)などへの征服戦争を本格化させました。
しかし、陸奥の先住民は非常に強く、刀などの武器もすぐれていたため、百済亡命王族の末裔が率いた大和朝廷の大軍は大惨敗を繰り返しました。
ちなみに、歴史上、朝鮮が日本よりも先進地域になったことは一度もありませんでした。
これは メッセージ 9471 (grenmoonlight15 さん)への返信です.
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