【文明化した戦争】ではなかった。残念…
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/28 22:22 投稿番号: [9252 / 41162]
>オッペンハイムの国際法第三版(1921年)からの正しい引用だ。
>おまいが隠蔽したとこは<>でくくっといたから、めくそ取って読んでおくんなまし。
↓
>§1O9. しかしながら、助命しなければならないという規則には例外がある。最近、それは国際法の慣例規則となり、交戦者が助命せざることを宣言することの禁止を、ハーグ交戦規則が第23条ニ項によって今や明確に規定しているにもかわらず、降服の印として白旗を揚げた後に射撃を継続する軍の構成員に対し、次に、相手方によって交戦法規が違反されたことに対する報復の手段として、第三に、助命を与えると俘虜によって自軍の安全が致命的に妨げられる、このような場合は助命を拒絶できる。<しかし、近代的状況下の文明化した戦闘において、そのような必須の必要の場合が起こりえるかは、はなはだ疑われるところである。そして、次のことは強調されなければならない。すなわち、単に俘虜の捕獲者が大量の俘虜を安全に警備できないとか給養できない、あるいは、俘虜の軍の差迫った勝利により俘虜が再び自由になるかも知れないということは、俘虜の捕獲者が致命的な危険に巻き込まれなければ、助命の拒否を正当化しない。>
>-原文 -
>§1O9. However, the rule that quarter must be given has exceptions. Although it has of late been a customary rule of International Law, and although the HagueRegulations now expressly stipulate by Article 23(d) that belligerents are prohibited from declaring that no quarter will be given, quarter may nevertheless berefused to members of a force who continue to fire after having hoisted the white flag as a sign of surrender; further, by way of reprisal 4 for violations ofthe rules of warfare committed by the other side; and, thirdly, in case of imperative necessity, when the granting of quarter would so encumber a force with prisoners that its own security would thereby be vitally imperiled. 1 But it may well be doubted whether under modern conditions of civilized warfare such a case of imperative necessity can ever arise, and it must be emphasized that the mere fact th
at numerous prisoners cannot safely be guarded and fed by the captors, orthat prisoners might regain their liberty through an impending success of theirown army, does not justify a refusal of quarter unless vital danger to the captors is involved.
(L. Oppenhei, "INTERNATIONAL LAWA TREATISE VOL.II", New York-Bombay-Calcutta andMadras, Longsmans, Green and Co, 1921 Third Edition edited by Ronald F. Roxburger, p.169 )
読んだ。
>【しかし、文明化した戦争の現代の状況下で、そのような避けられない事態が起こるかどうか甚だ疑問である。】
ところが、支那軍は文明化した戦争をしなかった。
つまり、オッペンハイムの予想は支那軍によって簡単に裏切られてしまったわけだ。
恐るべし支那軍。
支那軍は、盧溝橋事件以来停戦協定を何度も破って攻撃・惨殺を繰り返し、通州で居留民を大虐殺し、何故か突然日本軍が殆ど居ない上海の国際租界を数十万の大軍で包囲して市民に鉄道を使用できなくした上で日本を非難する宣伝のためにホテルやデパートを爆撃して住民や外国人を殺しまくり、便衣隊攻撃や細菌戦を行い、日本人捕虜や日本人と仲良くした支那人達を殺しまくり、南京に逃げた時も住民から食糧などを奪い尽くし、家などを焼き尽くし、南京の司令官は各部隊に「陣地と存亡をともにする決心で死守せよ」と命令したまま自分は戦闘直前にコッソリ脱出・逃亡し、残された将兵は避難民から民間服を奪い取って万単位で便衣兵になって安全区に潜伏し、撹乱工作隊は反日撹乱工作を扇動した。
これを【文明化した戦争】とは言わない。
残念…
そもそも、中谷孝は、「100人あまりの部隊が1万人近い捕虜(便衣兵)を監視することは不可能…」と言いながら、どうしてこれら便衣兵の処分を非難するのか理解に苦しむ。
それと、こうしてみると、2番目の【敵の戦争法規違反に対する報復の手段】だけでも、日本軍による投降兵の助命の拒否は十分に正当化されちゃうね。
>おまいが隠蔽したとこは<>でくくっといたから、めくそ取って読んでおくんなまし。
↓
>§1O9. しかしながら、助命しなければならないという規則には例外がある。最近、それは国際法の慣例規則となり、交戦者が助命せざることを宣言することの禁止を、ハーグ交戦規則が第23条ニ項によって今や明確に規定しているにもかわらず、降服の印として白旗を揚げた後に射撃を継続する軍の構成員に対し、次に、相手方によって交戦法規が違反されたことに対する報復の手段として、第三に、助命を与えると俘虜によって自軍の安全が致命的に妨げられる、このような場合は助命を拒絶できる。<しかし、近代的状況下の文明化した戦闘において、そのような必須の必要の場合が起こりえるかは、はなはだ疑われるところである。そして、次のことは強調されなければならない。すなわち、単に俘虜の捕獲者が大量の俘虜を安全に警備できないとか給養できない、あるいは、俘虜の軍の差迫った勝利により俘虜が再び自由になるかも知れないということは、俘虜の捕獲者が致命的な危険に巻き込まれなければ、助命の拒否を正当化しない。>
>-原文 -
>§1O9. However, the rule that quarter must be given has exceptions. Although it has of late been a customary rule of International Law, and although the HagueRegulations now expressly stipulate by Article 23(d) that belligerents are prohibited from declaring that no quarter will be given, quarter may nevertheless berefused to members of a force who continue to fire after having hoisted the white flag as a sign of surrender; further, by way of reprisal 4 for violations ofthe rules of warfare committed by the other side; and, thirdly, in case of imperative necessity, when the granting of quarter would so encumber a force with prisoners that its own security would thereby be vitally imperiled. 1 But it may well be doubted whether under modern conditions of civilized warfare such a case of imperative necessity can ever arise, and it must be emphasized that the mere fact th
at numerous prisoners cannot safely be guarded and fed by the captors, orthat prisoners might regain their liberty through an impending success of theirown army, does not justify a refusal of quarter unless vital danger to the captors is involved.
(L. Oppenhei, "INTERNATIONAL LAWA TREATISE VOL.II", New York-Bombay-Calcutta andMadras, Longsmans, Green and Co, 1921 Third Edition edited by Ronald F. Roxburger, p.169 )
読んだ。
>【しかし、文明化した戦争の現代の状況下で、そのような避けられない事態が起こるかどうか甚だ疑問である。】
ところが、支那軍は文明化した戦争をしなかった。
つまり、オッペンハイムの予想は支那軍によって簡単に裏切られてしまったわけだ。
恐るべし支那軍。
支那軍は、盧溝橋事件以来停戦協定を何度も破って攻撃・惨殺を繰り返し、通州で居留民を大虐殺し、何故か突然日本軍が殆ど居ない上海の国際租界を数十万の大軍で包囲して市民に鉄道を使用できなくした上で日本を非難する宣伝のためにホテルやデパートを爆撃して住民や外国人を殺しまくり、便衣隊攻撃や細菌戦を行い、日本人捕虜や日本人と仲良くした支那人達を殺しまくり、南京に逃げた時も住民から食糧などを奪い尽くし、家などを焼き尽くし、南京の司令官は各部隊に「陣地と存亡をともにする決心で死守せよ」と命令したまま自分は戦闘直前にコッソリ脱出・逃亡し、残された将兵は避難民から民間服を奪い取って万単位で便衣兵になって安全区に潜伏し、撹乱工作隊は反日撹乱工作を扇動した。
これを【文明化した戦争】とは言わない。
残念…
そもそも、中谷孝は、「100人あまりの部隊が1万人近い捕虜(便衣兵)を監視することは不可能…」と言いながら、どうしてこれら便衣兵の処分を非難するのか理解に苦しむ。
それと、こうしてみると、2番目の【敵の戦争法規違反に対する報復の手段】だけでも、日本軍による投降兵の助命の拒否は十分に正当化されちゃうね。
これは メッセージ 9250 (jugemujyugemugokounosurikire さん)への返信です.