降参です
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/03/09 22:02 投稿番号: [9196 / 41162]
機関銃中隊が第一線に配置されることを証明する資料を見つけられなかったことを認めます。
また、
> なんか私がそう言ってるみたいな文章を書かないでほしいですね。
これは確かに不適切でした。
謝罪します。
> 軍全体から見れば第一線、第一線の部隊から見ればその中の後方ということになります。大隊本部より少し前、直前だったり、左右両翼に少し離れていたりということが多いですね
貴方が言っていることは、軍全体からみれば最前線に出る大隊の一部として運用されるから、師団単位の配置で見れば、歩兵の後方に常に位置するとは言えないということでした。
> 歩兵近接支援用の火器は第一線より前には普通出ないです。
> おかしくはありません。
> 私の示した当時の小戦例集の図でも歩兵の突撃開始点の後方400mに位置しています。
そして、大隊の中の配置で見れば第一線より前に出ないのが普通であり、通常、第一線より数百メートル後方に位置する、また
> 「歩兵操典」の 「第四篇 歩兵砲教練通則」 にも下記のように書かれています。
> 「第341. 歩兵砲は常に犠牲的精神を発揮して第一線に活躍し、歩兵戦闘の機微に投じて火力を発揚し、戦闘の要求を遺憾なく充足するを要す。状況之を要すれば、自ら突撃を敢行するの概なかるべからず 」
(No.9148)
> 自分で突撃するというのはレアケースでしかないというのはその通りですが、
(No.9166)
歩兵砲隊が自分で突撃すると言うのはレアケースであり、通常、第一線で敵兵と接触することはない、ということでした。
> 機関銃弾は低伸しますので、平射ですが、歩兵砲弾は曲射で高い角度を取って撃ち込むことが多かったようです。
> この時期の日本軍は歩兵砲を重迫撃砲代わりに装備していたのですよ。
それから、歩兵砲の運用は曲射砲としての用途が一般的であり、威力不足を補う為に第一線で直接砲撃の運用が為されていたというのは一般的でないレアケースだということも判明しました。
機関銃中隊が第一線で接敵していたという根拠は残念ながら得られませんでしたが、歩兵砲隊指揮官であった向井氏が第一線で戦っていた可能性は極めて低いという点について合意が得られたことには満足しています。
「砲兵隊指揮官だったのだから刀による白兵戦などしたはずが無い」というロジックは「砲兵隊」という用語が誤っているだけで、白兵戦をやったはずがないというロジックは有効であるということですね。
百人斬りが虚構であるという裏づけを提供していただいたことに感謝致します。
追伸
> 別のケースでの出来事だとしても、島田氏が自ら体験したことであるという文章にお目にかかったことはありませんので、伝聞の可能性もあるわけです。
> しかし、私は他者の直接体験を聞いたものだとしても、「伝聞だから事実でない」という立場は取りません。
(No.9166)
伝聞かもしれないという意見には同調できませんが、それはあくまで可能性の話であり、事実として中国兵が投降に見せかけて武器を隠匿していたというケースが多数観測され、日本軍には中国兵の投降表明が偽装であると信じるに足る十分な実績があったということを島田氏は証言しているということに同意していただければ十分です。
また、
> なんか私がそう言ってるみたいな文章を書かないでほしいですね。
これは確かに不適切でした。
謝罪します。
> 軍全体から見れば第一線、第一線の部隊から見ればその中の後方ということになります。大隊本部より少し前、直前だったり、左右両翼に少し離れていたりということが多いですね
貴方が言っていることは、軍全体からみれば最前線に出る大隊の一部として運用されるから、師団単位の配置で見れば、歩兵の後方に常に位置するとは言えないということでした。
> 歩兵近接支援用の火器は第一線より前には普通出ないです。
> おかしくはありません。
> 私の示した当時の小戦例集の図でも歩兵の突撃開始点の後方400mに位置しています。
そして、大隊の中の配置で見れば第一線より前に出ないのが普通であり、通常、第一線より数百メートル後方に位置する、また
> 「歩兵操典」の 「第四篇 歩兵砲教練通則」 にも下記のように書かれています。
> 「第341. 歩兵砲は常に犠牲的精神を発揮して第一線に活躍し、歩兵戦闘の機微に投じて火力を発揚し、戦闘の要求を遺憾なく充足するを要す。状況之を要すれば、自ら突撃を敢行するの概なかるべからず 」
(No.9148)
> 自分で突撃するというのはレアケースでしかないというのはその通りですが、
(No.9166)
歩兵砲隊が自分で突撃すると言うのはレアケースであり、通常、第一線で敵兵と接触することはない、ということでした。
> 機関銃弾は低伸しますので、平射ですが、歩兵砲弾は曲射で高い角度を取って撃ち込むことが多かったようです。
> この時期の日本軍は歩兵砲を重迫撃砲代わりに装備していたのですよ。
それから、歩兵砲の運用は曲射砲としての用途が一般的であり、威力不足を補う為に第一線で直接砲撃の運用が為されていたというのは一般的でないレアケースだということも判明しました。
機関銃中隊が第一線で接敵していたという根拠は残念ながら得られませんでしたが、歩兵砲隊指揮官であった向井氏が第一線で戦っていた可能性は極めて低いという点について合意が得られたことには満足しています。
「砲兵隊指揮官だったのだから刀による白兵戦などしたはずが無い」というロジックは「砲兵隊」という用語が誤っているだけで、白兵戦をやったはずがないというロジックは有効であるということですね。
百人斬りが虚構であるという裏づけを提供していただいたことに感謝致します。
追伸
> 別のケースでの出来事だとしても、島田氏が自ら体験したことであるという文章にお目にかかったことはありませんので、伝聞の可能性もあるわけです。
> しかし、私は他者の直接体験を聞いたものだとしても、「伝聞だから事実でない」という立場は取りません。
(No.9166)
伝聞かもしれないという意見には同調できませんが、それはあくまで可能性の話であり、事実として中国兵が投降に見せかけて武器を隠匿していたというケースが多数観測され、日本軍には中国兵の投降表明が偽装であると信じるに足る十分な実績があったということを島田氏は証言しているということに同意していただければ十分です。
これは メッセージ 9190 (ja2047 さん)への返信です.