そうやってすぐ印象操作をする
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/03/02 06:08 投稿番号: [9107 / 41162]
>>>この頃に「大変な大虐殺」と捉えられたものが、というからには、貴方の言う1937年は南京攻略戦後の1ヶ月弱としか理解できませんけどね。
>> 外国人達や日本軍人の認識の話をしています、日中間の大規模な紛争は8月以降のことであり、それさえも程なく訪れる第二次世界大戦での大規模殺戮に比べれば、まだまだ地域的な戦闘でしかありません。
>ほらほら、そうやってすぐ話をすりかえる。
こういう言い方は「印象操作」に属するものですが、成功していません。
私は最初から外国人や日本軍人の認識が第二次大戦を経験する前の状態であったという話をしているのですから、一貫してそのことを語っているのです。
>貴方の言う「大変な大虐殺」とは、上海戦が開始時点なんですか?
南京大虐殺とは、要するに南京爆撃のことですか?
貴方はNo.8972でこう述べています。
>> 以前にも書きましたが、1937年というのは両大戦間の平和の時代に分類されるのです。
>> この頃に「大変な大虐殺」と捉えられたものが、第二次大戦の結果を裁く裁判で取り上げられた結果、第二次大戦を経験した後の基準で「大変な大虐殺」であるにふさわしく、化けてしまったのではないか。
ほら、何も変わってはいないでしょう。
>この発言の前提となっている「治安の安定している日本の基準でみれば確かに頻発なんですが」は、
それは私の発言ではありません。
私はそれを受けて、日本に限らず大きな戦争を経験する前だったのだ、と言ってるんです。
>No.8970の
>> 捕虜殺害が多数あったことは日本側の公式記録と個人記録から明かですし、市民への暴行殺人が頻発したことも明かです。
>この発言を受けたものです。
>多数の捕虜殺害と市民への暴行とは、占領後の南京における事態を指しているのではなかったのですか?
>どう見ても、発言が食い違っていますが。
「占領後の南京での事態」は、第二次大戦を経ない大戦間の世界の感覚では「大変な大虐殺」と捉えられたということです。
日本軍人達にとっても「大変な不祥事」と捉えられていたことは各種の記録から明白です。
>少しは自分の過去発言を読み返してみたらどうです?
読み返しても私は一貫して同じ事を言ってます。
>そうすれば私の無駄な手間も減ると思いますので。
矛盾対立のないことに矛盾を見つけようと思ったら、手間がかかるのは当然なのです。
虚しいことはしない方がいいですよ。
私も面倒なんです。
これは メッセージ 9092 (nmwgip さん)への返信です.
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