無理に手間を掛けないでください
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/02/28 06:31 投稿番号: [9081 / 41162]
>> つまり、あなたとしてはきちんとした指摘は出来なかったけれども、自分の非を認めるのは絶対いやだということですね。
>あまり手間を掛けさせないでもらえますか。
別に矛盾対立していない話に、無理矢理矛盾を見出そうとするから手間が掛かるのです d(^^
>> 1938年2月の顧維鈞演説は日中間の紛争に対する中国支持の再確認の決議
>> に対する返礼の演説の中で行われたものです。
>> 国際連盟が日本の戦争行為全体を非難する決議を行っている中での演説ですから、
>> あらためてこれを取り上げることはなかった。 別に不思議ではありません。
>> 日中戦争はその後もエスカレーションして行って南京に続いて漢口が陥落し、
>> 次は重慶が継続的に空襲下に置かれるようになる、中国も終わった出来事どころ
>> じゃあない。
>> 欧米諸国はどうかというと、1938年2月となると、翌3月にはドイツが
>> オーストリアを併合するし、半年後にはズデーテン地方の割譲問題でミュン
>> ヘン会談が開かれる。
>> ヨーロッパも大戦前夜だったのです、だんだんと「黄色い奴ら」の殺し合い
>> どころではなくなっていってたのでしょう。
(No.8136)
>どこが、平和な時代ですって?
1938年になって日中戦争はさらにエスカレーションして戦火は拡大し、ヨーロッパは大戦前夜の様相を深めていった、というごく当たり前の常識を指摘しているに過ぎません。
いくらあなたでも、これを否定はなさらないことと思います。
>> 以前にも書きましたが、1937年というのは両大戦間の平和の時代に分類されるのです。
> >この頃に「大変な大虐殺」と捉えられたものが、第二次大戦の結果を裁く裁判で取り上げられた結果、第二次大戦を経験した後の基準で「大変な大虐殺」であるにふさわしく、化けてしまったのではないか。
(No.8972)
>この頃に「大変な大虐殺」と捉えられたものが、というからには、貴方の言う1937年は南京攻略戦後の1ヶ月弱としか理解できませんけどね。
外国人達や日本軍人の認識の話をしています、日中間の大規模な紛争は8月以降のことであり、それさえも程なく訪れる第二次世界大戦での大規模殺戮に比べれば、まだまだ地域的な戦闘でしかありません。
南京爆撃の死者数と、大戦末期のドイツや日本に対する爆撃の死者数を比べて貰えば、二桁も三桁もの差があることは容易に理解頂けると思います。
>No.8982の指摘をもう一度くり返しましょうか?
「1937年は平和の時代で、1938年2月、3月には日中戦争どころではない動乱の時代になっていた、とでも言いたいんですか?」
かたや、1937年にはこの先に起こる戦争の惨禍は誰にも予想できないのだから、平和な時代の感覚でしか人の死や暴力を認識できなかったのであろう、という話であり、
かたや、1938年には日中戦争はさらに拡大し、ヨーロッパにおける国際関係は戦争の予感の中にあった、という話ですから、いずれも常識的な認識であり、対立するものでもありません。
これに無理矢理矛盾を見出そうというあなたの意図は「手間を掛けた」わりには成功していません。
>> それでもちゃんと話を続けているという論争技術のレベルの高さには素直に感服しますけど、それだけですね。
>私は貴方の誠実性の欠如に辟易していますよ。
上記の通り、まっとうな認識であり、言いがかりには反論するのみです。
無理な論理を振り回している結果、自分でうんざりされる分には私の方で責任は取りかねます。
>あまり手間を掛けさせないでもらえますか。
別に矛盾対立していない話に、無理矢理矛盾を見出そうとするから手間が掛かるのです d(^^
>> 1938年2月の顧維鈞演説は日中間の紛争に対する中国支持の再確認の決議
>> に対する返礼の演説の中で行われたものです。
>> 国際連盟が日本の戦争行為全体を非難する決議を行っている中での演説ですから、
>> あらためてこれを取り上げることはなかった。 別に不思議ではありません。
>> 日中戦争はその後もエスカレーションして行って南京に続いて漢口が陥落し、
>> 次は重慶が継続的に空襲下に置かれるようになる、中国も終わった出来事どころ
>> じゃあない。
>> 欧米諸国はどうかというと、1938年2月となると、翌3月にはドイツが
>> オーストリアを併合するし、半年後にはズデーテン地方の割譲問題でミュン
>> ヘン会談が開かれる。
>> ヨーロッパも大戦前夜だったのです、だんだんと「黄色い奴ら」の殺し合い
>> どころではなくなっていってたのでしょう。
(No.8136)
>どこが、平和な時代ですって?
1938年になって日中戦争はさらにエスカレーションして戦火は拡大し、ヨーロッパは大戦前夜の様相を深めていった、というごく当たり前の常識を指摘しているに過ぎません。
いくらあなたでも、これを否定はなさらないことと思います。
>> 以前にも書きましたが、1937年というのは両大戦間の平和の時代に分類されるのです。
> >この頃に「大変な大虐殺」と捉えられたものが、第二次大戦の結果を裁く裁判で取り上げられた結果、第二次大戦を経験した後の基準で「大変な大虐殺」であるにふさわしく、化けてしまったのではないか。
(No.8972)
>この頃に「大変な大虐殺」と捉えられたものが、というからには、貴方の言う1937年は南京攻略戦後の1ヶ月弱としか理解できませんけどね。
外国人達や日本軍人の認識の話をしています、日中間の大規模な紛争は8月以降のことであり、それさえも程なく訪れる第二次世界大戦での大規模殺戮に比べれば、まだまだ地域的な戦闘でしかありません。
南京爆撃の死者数と、大戦末期のドイツや日本に対する爆撃の死者数を比べて貰えば、二桁も三桁もの差があることは容易に理解頂けると思います。
>No.8982の指摘をもう一度くり返しましょうか?
「1937年は平和の時代で、1938年2月、3月には日中戦争どころではない動乱の時代になっていた、とでも言いたいんですか?」
かたや、1937年にはこの先に起こる戦争の惨禍は誰にも予想できないのだから、平和な時代の感覚でしか人の死や暴力を認識できなかったのであろう、という話であり、
かたや、1938年には日中戦争はさらに拡大し、ヨーロッパにおける国際関係は戦争の予感の中にあった、という話ですから、いずれも常識的な認識であり、対立するものでもありません。
これに無理矢理矛盾を見出そうというあなたの意図は「手間を掛けた」わりには成功していません。
>> それでもちゃんと話を続けているという論争技術のレベルの高さには素直に感服しますけど、それだけですね。
>私は貴方の誠実性の欠如に辟易していますよ。
上記の通り、まっとうな認識であり、言いがかりには反論するのみです。
無理な論理を振り回している結果、自分でうんざりされる分には私の方で責任は取りかねます。
これは メッセージ 9064 (nmwgip さん)への返信です.