Re: 市民の服を奪うことは許可?
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/02/18 11:33 投稿番号: [8948 / 41162]
>「…強盗、強姦、掠奪、聞くに忍びざるものありたり」
>(真崎甚三郎『真崎甚三郎日記』(山川出版社
1987)昭和13年1月28日付より)
真崎大将が伝聞によって得た話に過ぎないよ。
真崎大将は、自分では何も確かめていない。
しかも、「虐殺」なんて全く書かれてない。
つまり、「虐殺」は真崎大将に伝わった伝聞にすらなかったということ。
これこそが、「虐殺0件」の証明ではないのか?!
当時は安全区国際委員会が、上海の領事館や知人、自国の知人や、日本大使館などに日本軍の悪行のデマを盛んに流していたから、風説だけはあった。
ただ、現場の日本軍憲兵隊に通報された事件は、強姦がせいぜい10件程度で掠奪も似たようなもの。
殺人に至っては0件だった。
真崎大将が安全区国際委員会が流した風説が伝わって嘆いたのか、憲兵隊が把握していた10件や20件の掠奪や強姦を嘆いたのかは知らない。
しかし、いずれにせよ、虐殺に関しては、0件で間違いないということになる。
>陸軍省人事局長阿南惟幾少将(のち大将、終戦時陸軍大臣)
>重光葵(外交官・事件当時、駐ソ連大使)
>徳川義寛「侍従長の遺言」
上記3つも、全て、真崎大将のケースと同じ。
自分で確かめた事件など何一つない。
全て安全区国際委員会が発した「嘘・出鱈目・宣伝」が発信源。
そして、安全区国際委員会が目撃したり確認した虐殺は0件。
1937年12月に南京に居た15人の安全区国際委員会メンバーや100人以上の日本人記者たちは、誰一人として虐殺など目撃していないし、確認していない。
これは メッセージ 8937 (ja2047 さん)への返信です.
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