南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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● 投降兵の扱い比較:日本、支那、その他

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/02/12 20:10 投稿番号: [8889 / 41162]
日本軍による南京市民虐殺がなかったことが判明すると、反日主義者は決まって日本軍による便衣兵処分や敗残兵掃蕩を以って「南京大虐殺」だと言い出します。
毎度お決まりのパターンです。


ハーグ陸戦法規第二十三条は、「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」を禁止している。

しかしながら、戦闘の進行中で敵軍の一部が投降せんとする場合に、味方軍がこれを受諾し投降兵を収容して後方に送致する為には味方軍の進撃を中止する必要を生じその事が味方軍の勝利を危うくする惧れのある場合には、味方軍の安全と勝利を確保する為に敵軍の降伏信号を黙殺して攻撃を継続する事が軍事上必要となる。

故に、戦時法規は一定の条件下において投降の拒否を認めるのである。
この見解はオッペンハイムを始め多数の戦時国際法家に支持されている。

「投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。
第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、
第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、
第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危うくされる場合においてである。」
(オッペンハイム)


現実に支那事変ではどうだったのか。
南京の場合、日本軍は1万人以上の支那兵を捕虜として保護し、最後まで生存させた。
それに対し、支那軍は日本兵を捕虜として保護するようなことは一切しなかった。
約8年間に及ぶ支那事変の全期間においても、支那軍が日本兵を捕虜として保護した事実は一切ない。
支那軍に捕らえられたごく少数の日本兵が「反戦兵士」に仕立てて前線に送り出された記録があるだけだ。

(参考)

12月13日、光華門城壁を占領   城壁付近で彼我不明の焼死体を発見、まだかすかに息をしていた。これを見た大隊長芳賀少佐は激怒し犯人捜しを命じた。私の部下に犯人はいなかった。検死の結果、焼死体は日本兵と判明。捕虜となった日本兵が、生きたまま焼かれたようだ。
第九師団・山砲第九連隊・第七中隊長   大内義秀氏(要約)

12月13日、南京の南方の城門から入ると、彼我の戦死体が転々と散在していた。その中に、一人の日本兵が手足を立ち木に縛られたまま、身に数弾を受けて死んでいた。一見して、捕虜となった日本兵が支那軍によって虐殺されたと感じ、縄を切って降ろした。
第三師団・野砲兵第五連隊・第一大隊観測班長   大杉浩氏


●まとめ

■支那兵の結末の内訳
戦死、2万
便衣兵処分、1万
正当な投降兵(捕虜)処分、1万
不当な投降兵(捕虜)処分、0〜6千

生存捕虜、1万   ←ここ重要★
その他は南京脱出成功

【結論】
日本軍による不当な支那兵処分は、0人〜6千人


■一般市民の死因の内訳(1937年12月〜1938年春)
支那軍・不逞支那人による虐殺、数百〜数千
日本軍による虐殺、0
誤爆などの事故死、1千
病死、数千

【結論】
日本軍による不当な支那市民殺害は、0人


ちなみに、戦闘行為に参加する資格がない「一般市民」が、通敵行為(妨害行為)などをした場合、戦争法規に違反したという理由で処刑される。
通敵行為か否かの判断は、主権者が決する。
したがって、「一般市民」は、戦時中に敵対行為ととられるような疑惑ある行動をとってはならない。


投降兵・捕縛兵の殺害は、米国、ソ連、、支那、英国など各国が行った一般的な行為であり、米軍やソ連軍などのほうが日本軍より遥かに悪質で大量だった。
特にソ連の場合、日本のポツダム宣言受諾後(終戦後)に100万人以上の日本人を拉致し、シベリアに強制連行し、その内50万人以上を殺したのだから、これが本当の大虐殺である。
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