●便衣兵に関するまとめ
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/02/11 21:49 投稿番号: [8888 / 41162]
日本軍による南京市民虐殺がなかったことが判明すると、反日主義者は決まって日本軍による便衣兵処分や敗残兵掃蕩を以って「南京大虐殺」だと言い出します。
毎度お決まりのパターンです。
●便衣兵に関するまとめ
戦争中に、一般市民に紛れ込んだ敵兵を見つけ出し(選別し)、殺すのは当然のことだ。
便衣兵が殺されずに済むなら、軍服を着る支那兵なんて誰もいなくなってしまい、その後、日本兵や支那住民の犠牲者は大幅に増加していた。
日本軍は上海戦が始まった直後から便衣兵によって被害を受けており、南京入場後に軍服が大量に捨てられていた以上、便衣兵を徹底的に掃蕩しなければならなかった。
戦場においてゲリラ(便衣兵)から狙われるほど恐ろしいものはない。
制圧したと思って村や町に入ると、建物の陰から鉄砲の弾が飛んでくる。
敵兵を探しても、いるのは善良そうな顔をした人々だけ…。
あるいは、少年少女だと思って油断していると突然懐から拳銃が出てきて撃ち殺されたりする。
このようなことが繰り返されると、たちまち兵士は神経がおかしくなる。
周囲にいる人が全てゲリラに思えてくる。
ベトナム戦争の時、多くの米兵が戦場神経症になったのはそのせいだ。
祖国に帰還しても後遺症が続き、正常な市民生活が送れない身体になったという悲惨な例は数え切れない。
しかも、ゲリラ戦は民間人も不幸に巻き込む。
相手国の軍隊にしてみれば、誰が敵か区別が出来ないから、少しでも疑いがあれば殺すしかない。
日本軍は便衣兵摘出の際、体つきの他、坊主頭、鉄帽子の日焼け跡、手の銃ダコ、下着(兵隊服)、市民の証言などを確認して摘出した。
便衣兵と判れば殺す以外にない。
便衣兵を殺さなければ、その後、支那軍は癖になってその後も便衣隊戦術をエスカレートさせ、便衣兵は増加し、日本軍や一般市民の被害は拡大する一方だ。
仮に、掃蕩された便衣兵の中に市民が交じっていても支那軍の責任であり、支那軍による虐殺となる。
南京戦の前にも、具体的な事例として次のような事態があった。
〆 〆 〆
下士哨に立ち寄ると3・4名休憩中の日本兵がいる。いずれも銃を抱いた体で城壁の下の穴倉みたいなところで仮眠している。そこに突然便衣隊が2名忍び寄り、日本兵がまどろんでいる隙をみて銃を奪い取った。
敵という声に目をさまし立ち上がり格闘となった。突然のことであり便衣隊の1名は逃げたが1名は頑強に抵抗してなかなか取り押さえられず、3・4人がかりで1名の便衣兵の手をとり、足をとり、捕虜にしようとするが、日本兵の方が危なそうである。発砲すれば友軍への危険もある。
…自分は下手をすると被害がこっちにもでかねないと思った。咄嗟になかに入り、便衣隊の顔を軍靴で踏みつけた。すると静かになった。騎兵隊がちょうど傍らにいた。殺させてくれという。騎兵は長い軍刀を引き抜くと首は飛んでいた。
第18師団歩124歩兵伍長、村田和志郎の日記
〆 〆 〆
南京において便衣隊が武器を取って襲撃してきた記録がないのは、日本軍が迅速かつ徹底した便衣兵の掃蕩を行ったからに他ならない。
もしも、南京で日本軍が迅速かつ徹底した便衣兵の掃蕩を行わなかったら、後日、便衣隊は武器を取って襲撃し、日本軍や一般住民に多大な犠牲者が出ただろう。
毎度お決まりのパターンです。
●便衣兵に関するまとめ
戦争中に、一般市民に紛れ込んだ敵兵を見つけ出し(選別し)、殺すのは当然のことだ。
便衣兵が殺されずに済むなら、軍服を着る支那兵なんて誰もいなくなってしまい、その後、日本兵や支那住民の犠牲者は大幅に増加していた。
日本軍は上海戦が始まった直後から便衣兵によって被害を受けており、南京入場後に軍服が大量に捨てられていた以上、便衣兵を徹底的に掃蕩しなければならなかった。
戦場においてゲリラ(便衣兵)から狙われるほど恐ろしいものはない。
制圧したと思って村や町に入ると、建物の陰から鉄砲の弾が飛んでくる。
敵兵を探しても、いるのは善良そうな顔をした人々だけ…。
あるいは、少年少女だと思って油断していると突然懐から拳銃が出てきて撃ち殺されたりする。
このようなことが繰り返されると、たちまち兵士は神経がおかしくなる。
周囲にいる人が全てゲリラに思えてくる。
ベトナム戦争の時、多くの米兵が戦場神経症になったのはそのせいだ。
祖国に帰還しても後遺症が続き、正常な市民生活が送れない身体になったという悲惨な例は数え切れない。
しかも、ゲリラ戦は民間人も不幸に巻き込む。
相手国の軍隊にしてみれば、誰が敵か区別が出来ないから、少しでも疑いがあれば殺すしかない。
日本軍は便衣兵摘出の際、体つきの他、坊主頭、鉄帽子の日焼け跡、手の銃ダコ、下着(兵隊服)、市民の証言などを確認して摘出した。
便衣兵と判れば殺す以外にない。
便衣兵を殺さなければ、その後、支那軍は癖になってその後も便衣隊戦術をエスカレートさせ、便衣兵は増加し、日本軍や一般市民の被害は拡大する一方だ。
仮に、掃蕩された便衣兵の中に市民が交じっていても支那軍の責任であり、支那軍による虐殺となる。
南京戦の前にも、具体的な事例として次のような事態があった。
〆 〆 〆
下士哨に立ち寄ると3・4名休憩中の日本兵がいる。いずれも銃を抱いた体で城壁の下の穴倉みたいなところで仮眠している。そこに突然便衣隊が2名忍び寄り、日本兵がまどろんでいる隙をみて銃を奪い取った。
敵という声に目をさまし立ち上がり格闘となった。突然のことであり便衣隊の1名は逃げたが1名は頑強に抵抗してなかなか取り押さえられず、3・4人がかりで1名の便衣兵の手をとり、足をとり、捕虜にしようとするが、日本兵の方が危なそうである。発砲すれば友軍への危険もある。
…自分は下手をすると被害がこっちにもでかねないと思った。咄嗟になかに入り、便衣隊の顔を軍靴で踏みつけた。すると静かになった。騎兵隊がちょうど傍らにいた。殺させてくれという。騎兵は長い軍刀を引き抜くと首は飛んでいた。
第18師団歩124歩兵伍長、村田和志郎の日記
〆 〆 〆
南京において便衣隊が武器を取って襲撃してきた記録がないのは、日本軍が迅速かつ徹底した便衣兵の掃蕩を行ったからに他ならない。
もしも、南京で日本軍が迅速かつ徹底した便衣兵の掃蕩を行わなかったら、後日、便衣隊は武器を取って襲撃し、日本軍や一般住民に多大な犠牲者が出ただろう。
これは メッセージ 8866 (deliciousicecoffee さん)への返信です.