ん ですからね
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/02/06 20:20 投稿番号: [8859 / 41162]
>着用してたかじゃなくて、持ってたかどうか聞いてるんだけど。持ってなかったでいいの。
持ってた人も持ってなかった人も殺したのです。
日本軍の目的は城内から中国軍兵士を殲滅して排除することであり、別に捕らえたものが国際法違反であるかどうかなど問題にした形跡はありません。
捕らえたものはほとんど殺しています。
日本軍の受けていた命令はこんなものです。
歩七作命甲第111号
歩兵第七連隊命令(12月15日午後8時30分、於 南京東部連隊本部
一(略)
二、連隊は明十六日全力を難民地区に指向し徹底的に敗残兵を捕捉し殲滅せんとす。
憲兵隊は連隊に協力する筈。
実際の様子はこうです。
軍服を着用していても、いや、着用しているからこそ敵として殺害したことが判ります。
『新愛知(三河版)』昭和13年1月16日
小生は名譽ある上海特別陸戰隊の一員となり上海総攻撃に東部戦線に北部戰線閘北戰線等に轉 戰數度又此の度は海軍陸戰隊中唯一部隊として南京総攻撃に海軍陸戰隊一番乗りの榮に浴しました [中略]
南京陥落一兩日中には敗殘兵は數知れず毎日數百を捕へ武装解除と同時に○○○したのであり ます當時の市中は死人の半焼人多数あり臭氣も鼻をつき惨の極に達して居りました
[中略]
南京人城式後は敗殘兵も少くなりましたが一日十五名位は何處からともなく正規兵の服装で捕はれて揚子江岸に引かれて行く有様です 』
第16師団第20連隊伍長 増田六助日記
「明れば十四日、今日は国際委員会の設置している難民区へ掃蕩に行くのである。
昨日まで必死で抵抗していた数万の敗残兵は、八方より包囲されて唯の一人も逃げていない。結局この難民区へ逃げ込んでいるのだ。
今日こそ虱潰しに、草の根を分けても捜し出し、亡き戦友の恨みを晴らしてやろうと意気込んで配置に付いた。各小隊分かれて、それぞれ複雑な支那家屋を一々捜して男は全部取り調べた。
その中にある大きな建物の中に数百名の敗残兵が軍服を脱いで便服と着替えつつあるところを第二小隊の連絡係前原伍長等が見つけた。それというので飛び込んでみると、何のそのそうそうたる敗残兵だ。傍らには小銃、拳銃、青竜刀など兵器が山ほど積んであるではないか。片っ端から引っ張りだして裸にして持ち物の検査をし、道路へ垂れ下がっている電線で引っくくり珠々つなぎにした。
大西伍長、井本伍長をはじめ気の立っている者どもは、木の枝や電線で力まかせにしばき付けながら、「きさま達のために俺たちはこんなに苦労しているんだエイ」ピシャン。「貴様らのためにどんなに多くの戦友が犠牲になっているか知れんのじゃエイ」ピシリ。「貴様らのためにどんなに多くの国民が泣いているか知れんのだぞ」エイ。ピシリヒシリ、エイ、この餓鬼奴ポン「こらこの餓鬼もだ」ポン。
素裸の頭といわず背中といわず蹴る、しばく、たたく、思い思いの気晴らしをやった。
少なくとも三百人くらいはいる。ちょっと多すぎて始末に困った。
しばらくして委員会の腕章をつけた支那人に、「支那兵有没有」と聞くと、向こうの建物を指差して「多多的有」と答える。その家に這入って見ると一杯の避難民だ。その中から怪しそうな者千名ばかり選びだして一室に入れ、またその中より兵隊に違いない者ばかりを選り出して最後に三百人くらいの奴らを縛った。
夕闇せまるころ、六百人近くの敗残兵の大群を引き立てて玄武門にいたり、その近くで一度に銃殺したのであった。」
持ってた人も持ってなかった人も殺したのです。
日本軍の目的は城内から中国軍兵士を殲滅して排除することであり、別に捕らえたものが国際法違反であるかどうかなど問題にした形跡はありません。
捕らえたものはほとんど殺しています。
日本軍の受けていた命令はこんなものです。
歩七作命甲第111号
歩兵第七連隊命令(12月15日午後8時30分、於 南京東部連隊本部
一(略)
二、連隊は明十六日全力を難民地区に指向し徹底的に敗残兵を捕捉し殲滅せんとす。
憲兵隊は連隊に協力する筈。
実際の様子はこうです。
軍服を着用していても、いや、着用しているからこそ敵として殺害したことが判ります。
『新愛知(三河版)』昭和13年1月16日
小生は名譽ある上海特別陸戰隊の一員となり上海総攻撃に東部戦線に北部戰線閘北戰線等に轉 戰數度又此の度は海軍陸戰隊中唯一部隊として南京総攻撃に海軍陸戰隊一番乗りの榮に浴しました [中略]
南京陥落一兩日中には敗殘兵は數知れず毎日數百を捕へ武装解除と同時に○○○したのであり ます當時の市中は死人の半焼人多数あり臭氣も鼻をつき惨の極に達して居りました
[中略]
南京人城式後は敗殘兵も少くなりましたが一日十五名位は何處からともなく正規兵の服装で捕はれて揚子江岸に引かれて行く有様です 』
第16師団第20連隊伍長 増田六助日記
「明れば十四日、今日は国際委員会の設置している難民区へ掃蕩に行くのである。
昨日まで必死で抵抗していた数万の敗残兵は、八方より包囲されて唯の一人も逃げていない。結局この難民区へ逃げ込んでいるのだ。
今日こそ虱潰しに、草の根を分けても捜し出し、亡き戦友の恨みを晴らしてやろうと意気込んで配置に付いた。各小隊分かれて、それぞれ複雑な支那家屋を一々捜して男は全部取り調べた。
その中にある大きな建物の中に数百名の敗残兵が軍服を脱いで便服と着替えつつあるところを第二小隊の連絡係前原伍長等が見つけた。それというので飛び込んでみると、何のそのそうそうたる敗残兵だ。傍らには小銃、拳銃、青竜刀など兵器が山ほど積んであるではないか。片っ端から引っ張りだして裸にして持ち物の検査をし、道路へ垂れ下がっている電線で引っくくり珠々つなぎにした。
大西伍長、井本伍長をはじめ気の立っている者どもは、木の枝や電線で力まかせにしばき付けながら、「きさま達のために俺たちはこんなに苦労しているんだエイ」ピシャン。「貴様らのためにどんなに多くの戦友が犠牲になっているか知れんのじゃエイ」ピシリ。「貴様らのためにどんなに多くの国民が泣いているか知れんのだぞ」エイ。ピシリヒシリ、エイ、この餓鬼奴ポン「こらこの餓鬼もだ」ポン。
素裸の頭といわず背中といわず蹴る、しばく、たたく、思い思いの気晴らしをやった。
少なくとも三百人くらいはいる。ちょっと多すぎて始末に困った。
しばらくして委員会の腕章をつけた支那人に、「支那兵有没有」と聞くと、向こうの建物を指差して「多多的有」と答える。その家に這入って見ると一杯の避難民だ。その中から怪しそうな者千名ばかり選びだして一室に入れ、またその中より兵隊に違いない者ばかりを選り出して最後に三百人くらいの奴らを縛った。
夕闇せまるころ、六百人近くの敗残兵の大群を引き立てて玄武門にいたり、その近くで一度に銃殺したのであった。」
これは メッセージ 8858 (shingan_magan さん)への返信です.