ニセ写真は確定的だな
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/01/29 22:44 投稿番号: [8741 / 41162]
>男性の顔はせいぜい40−50ぐらいで、老人ではないような気がするな。
そのことと、斬首後の頭のテッペン部分と頭の側面部分の髪の毛の色や長さが違うことは全く別問題。
斬首後の頭の白い短髪部分から推測して、水兵の握り拳で斬首後の頭の髪の毛を掴んで持つのはとても不可能。
やはり、斬首後の頭のテッペン部分を黒く塗り潰しているように見えてしまう。
>私はそれよりも首にわざわざ紐を掛けて提げているように見えるのが
>気になるんだけどね。
なるほど。
それなら、斬首後の頭の白い短髪部分から推測して、水兵の握り拳で斬首後の頭の髪の毛を掴んで持つのはとても不可能であっても良い訳だ。
確かに水兵の左手の握り拳のところに紐の結び目みたいなのが見える。
でも、そうだとすると、寧ろトリック写真の可能性が高まるような気がするが。
>だから、紐で吊ってるように見るのだね。
>理由までは判らないが。
「斬首後の頭」は、本当は「作り物」なんじゃないの?
>中間色が白か黒かどっちかに飛んでるので、細部が判らないんだ。
でも、水兵の下半身部分は真っ黒だし、もし上半身の水兵服もズボンと同じ色だったら、水兵の顔と手しか写らなかったということ?
やっぱり、おかしい。
>左の柱にナナメに斬りつけたような痕があるが、まあ、この写真だけでは断定
>できないから、刀の痕だなどというつもりはない。
そうだな。
それを言うと、尚更、戸口の狭い場所で斬首した不可解さを強調することになるだろう。
>――第16師団の軍紀はどうでしたか?
>「――南京に向かう途中でしたが、第16師団の曹長で、百人斬りをするんだと言ってたのがいました。南京まで百人斬ったかどうか知りませんけど、
>・・・
>「私の支那事変」望月五三郎著私家版1985年P43-45
それ、全部「百人斬り」の話だ…
百人斬りの話は面倒臭いから、俺はしないよ。
100人斬りを支えるあやふやな資料(2)
望月手記
http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page068.html
(抜粋)
これが日記であれば史料価値は高いのですが、戦後の1985年に発行された回想記です。100人斬り論争真っ只中に出版された回想記ですから、論争の内容を踏まえて出版することが可能だったことになります。つまり、記述内容が戦争当時のものであるという根拠がどこにもないので、史料価値はかなり低くなります。
また『私家版』ということですが、出版社を通して自費出版したものなのか、自分でガリ版で刷ったりコピーして製本した程度のものなのかによって史料価値が変わってきます。というのは自分でまとめた場合、発行日はあってないようなものですから、裁判で本多氏を援護する目的で作成した可能性も出てくるからです。
(略)
とりあえず、望月五三郎氏の所属と階級。発行日が正しいものとして検証します。
望月回想記の問題点
(1)状況が全く不明
まず回想記では処刑の日時が不明ですし周囲の状況もわかりません。
文中で処刑されたのは支那人と記述されていますが、これが捕虜なのか民間人なのかはっきりしません。その辺の農夫を拉致して来たようにも読めます。支那人は何人くらいいたのでしょうか。縛られていたのでしょうか。これもはっきりしません。
また、処刑を行っていたのが野田少尉だけなのか、他にもいたのかも分かりません。他に日本軍の軍人はいたのでしょうか。突発的な処刑なのか、多数を処刑していたのかもわかりません。事件の当事者が書いたわりにはまったくリアリティーがないのです。この程度の記述であれば後に創作することも容易です。
(2)競争に不可欠な数を数えている人間がでてこない
(3)私が調べた範囲では、野田少尉は大隊の副官であり、基本的に部下はいなかったということです。つまり、指揮系統から考えると野田少尉は望月氏に命令する権利はなかったと考えられます。
(4)向井少尉と野田少尉が支那人を取り合いするという状況が不明です。砲兵隊の向井少尉と大隊副官の野田少尉は基本的に別行動です。また、取り合いの現場を望月氏が目撃できるという状況はかなり限られてきます。
そもそも、民間人ならいくらでもいるので取り合う必要もないでしょう。
こういった、戦後に捏造可能なものしか百人斬りを支える史料はないというのが現実です。
そのことと、斬首後の頭のテッペン部分と頭の側面部分の髪の毛の色や長さが違うことは全く別問題。
斬首後の頭の白い短髪部分から推測して、水兵の握り拳で斬首後の頭の髪の毛を掴んで持つのはとても不可能。
やはり、斬首後の頭のテッペン部分を黒く塗り潰しているように見えてしまう。
>私はそれよりも首にわざわざ紐を掛けて提げているように見えるのが
>気になるんだけどね。
なるほど。
それなら、斬首後の頭の白い短髪部分から推測して、水兵の握り拳で斬首後の頭の髪の毛を掴んで持つのはとても不可能であっても良い訳だ。
確かに水兵の左手の握り拳のところに紐の結び目みたいなのが見える。
でも、そうだとすると、寧ろトリック写真の可能性が高まるような気がするが。
>だから、紐で吊ってるように見るのだね。
>理由までは判らないが。
「斬首後の頭」は、本当は「作り物」なんじゃないの?
>中間色が白か黒かどっちかに飛んでるので、細部が判らないんだ。
でも、水兵の下半身部分は真っ黒だし、もし上半身の水兵服もズボンと同じ色だったら、水兵の顔と手しか写らなかったということ?
やっぱり、おかしい。
>左の柱にナナメに斬りつけたような痕があるが、まあ、この写真だけでは断定
>できないから、刀の痕だなどというつもりはない。
そうだな。
それを言うと、尚更、戸口の狭い場所で斬首した不可解さを強調することになるだろう。
>――第16師団の軍紀はどうでしたか?
>「――南京に向かう途中でしたが、第16師団の曹長で、百人斬りをするんだと言ってたのがいました。南京まで百人斬ったかどうか知りませんけど、
>・・・
>「私の支那事変」望月五三郎著私家版1985年P43-45
それ、全部「百人斬り」の話だ…
百人斬りの話は面倒臭いから、俺はしないよ。
100人斬りを支えるあやふやな資料(2)
望月手記
http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page068.html
(抜粋)
これが日記であれば史料価値は高いのですが、戦後の1985年に発行された回想記です。100人斬り論争真っ只中に出版された回想記ですから、論争の内容を踏まえて出版することが可能だったことになります。つまり、記述内容が戦争当時のものであるという根拠がどこにもないので、史料価値はかなり低くなります。
また『私家版』ということですが、出版社を通して自費出版したものなのか、自分でガリ版で刷ったりコピーして製本した程度のものなのかによって史料価値が変わってきます。というのは自分でまとめた場合、発行日はあってないようなものですから、裁判で本多氏を援護する目的で作成した可能性も出てくるからです。
(略)
とりあえず、望月五三郎氏の所属と階級。発行日が正しいものとして検証します。
望月回想記の問題点
(1)状況が全く不明
まず回想記では処刑の日時が不明ですし周囲の状況もわかりません。
文中で処刑されたのは支那人と記述されていますが、これが捕虜なのか民間人なのかはっきりしません。その辺の農夫を拉致して来たようにも読めます。支那人は何人くらいいたのでしょうか。縛られていたのでしょうか。これもはっきりしません。
また、処刑を行っていたのが野田少尉だけなのか、他にもいたのかも分かりません。他に日本軍の軍人はいたのでしょうか。突発的な処刑なのか、多数を処刑していたのかもわかりません。事件の当事者が書いたわりにはまったくリアリティーがないのです。この程度の記述であれば後に創作することも容易です。
(2)競争に不可欠な数を数えている人間がでてこない
(3)私が調べた範囲では、野田少尉は大隊の副官であり、基本的に部下はいなかったということです。つまり、指揮系統から考えると野田少尉は望月氏に命令する権利はなかったと考えられます。
(4)向井少尉と野田少尉が支那人を取り合いするという状況が不明です。砲兵隊の向井少尉と大隊副官の野田少尉は基本的に別行動です。また、取り合いの現場を望月氏が目撃できるという状況はかなり限られてきます。
そもそも、民間人ならいくらでもいるので取り合う必要もないでしょう。
こういった、戦後に捏造可能なものしか百人斬りを支える史料はないというのが現実です。
これは メッセージ 8734 (ja2047 さん)への返信です.