南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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写真は難しいね

投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/01/29 15:53 投稿番号: [8730 / 41162]
>その写真の斬首された頭部を良く見ると白髪頭の短髪だ。
しかし、何故か斬った兵士が左手で掴み持っている部分だけが不自然に黒く塗り潰されている。
斬首された頭部は白髪頭の短髪であり、兵士が髪の毛を掴んでいるように見せるために頭のテッペンのみを黒く塗り潰してあるようだ。
それから、兵士が上半身に着ているのは水兵服らしいことは判るが、穿いているズボンが真っ暗で全く判らない。
ちょうど、斬首された頭部の周辺を真っ黒に塗り潰されているから、兵士の下半身の部分とその背景(ズボン全体と周辺)が真っ黒に塗り潰されているのだ。

なかなか想像力豊かだね。
写真のシャドウ部が黒くつぶれているのは事実だが、黒く塗りつぶされたからか
どうかは、写真から読みとることは無理だろう。
家の戸口で直射日光の元で撮られたために、影がつぶれてしまったと見ても
おかしくはない、意図的な塗りつぶしまで読みとるのは無理がある。


>それにしても、刀を振り下ろすには随分と窮屈な場所で斬首したものだ。

わざわざこの場所を選んで斬首するはずがないような場所ではある。
同時に、演出で選ぶ理由もないような場所だな。


>ソースを提示してください。
確かに、首を掴み持っている兵士は陸軍ではなく海軍兵っぽい。
上海では、突然の支那の大軍による包囲攻撃に対して、僅かな日本海軍陸戦隊が防衛戦を行なって殆ど全滅したらしいが、南京戦に海軍が上陸して参戦していたなんて聞いたことがなかった。

『新愛知(三河版)』昭和13年1月16日
  忽ち敵死體の山!
     縄梯子で逃げる奴を機銃掃射
       一色出身 中島水兵ら南京で

幡豆郡一色町出身○○陸戰隊所属中島榮君より本社宛に大要左の如き陣中便りを寄せられた
  小生は名譽ある上海特別陸戰隊の一員となり上海総攻撃に東部戦線に北部戰線閘北戰線等に轉   戰數度又此の度は海軍陸戰隊中唯一部隊として南京総攻撃に海軍陸戰隊一番乗りの榮に浴しました   [中略]
  南京陥落一兩日中には敗殘兵は數知れず毎日數百を捕へ武装解除と同時に○○○したのであり   ます當時の市中は死人の半焼人多数あり臭氣も鼻をつき惨の極に達して居りました
小生も敵兵より奪取したる独逸製のモーゼル銃にて十數名も射殺致しましたが支那兵も自分の武器で自分が殺されるとは思ひもよらない事だらうと苦笑して居ります、
南京人城式後は敗殘兵も少くなりましたが一日十五名位は何處からともなく正規兵の服装で捕はれて揚子江岸に引かれて行く有様です   』

従軍画家   住谷磐根画伯   「南京事件   日本人48人の証言」   P275−276
――南京には相当捕虜がいたと言われていますが・・・
「−−そのうち(砲艦安宅の)一人の中尉が試し斬りをすると、軍刀を持っていこうと
するので私もついていきました。
行くと、埠頭の突端に鉄の柵があり、そこから先はコンクリートで護岸されてまして、
ここに四、五人ずつ並べて、後ろから銃剣で突いてコンクリートに落としていました。
日本兵は二十人ほどで、中国兵が千人弱いました。−−」

>しかし、写真の水兵が着ている制服が、日本海軍の制服とは違っているとも言われている。
おそらく、宣伝か何かのためにトリック写真を撮影し、黒で所所を塗り潰した写真なのだ。

東中野本のことなら、日本の軍装に関する無知に基づく検証だよ。
着ているものは昭和12年−13年の日本海軍兵士の服に見える。
しかも、濃色の戦闘帽を被っているところから、陸戦隊配備につくべき
兵士であり、それでいながら正式の陸戦隊装備をしていない。
戦闘のために上陸したのではないことは確かだ。
住谷証言にあるように、斬首を目的に上陸したのかも知れない。
なお、この戦闘帽が採用されたのは昭和12年夏以降のことなので、
昭和13年夏までに中国側が情報なり現物なりを入手して演出写真に
使用することは時間的に無理なのではないかと思う。


>たとえ、どう転んでも、日本軍による虐殺の証拠にならなり得ない。

まあ写真だけではたいした証拠にはならないな。

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