Re: 捕虜となる権利について(5)
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/01/29 02:30 投稿番号: [8717 / 41162]
では最後に、そもそも国際法の法源は何か。
日本では横田喜三郎×田岡良一の論争の結果、条約と慣習法を法源とみる説が有力、ということになっています。
しかし、何が慣習法かとなると、言葉の上では定義できても、その定義を適用するに当たっては人によって見解が異なるでしょう。
そうすると、歴史事象を評価するに当たっては、やはり「その時代、国際的に有力であった国家がどのような判断を示したか」が重要な尺度になってきます。
それを例示したのがNo.7659とNo.7660です。
特にNo.7660は、当時(そして今も)最有力国家だったアメリカの、最も権威ある司法の場において、1929年ジュネーブ条約に対して示した解釈です。
これは多分に政治的な判断であり、純然たる司法の判例として採用することは出来ないと考えます。
しかし逆に言えば、南京戦から10年が経過しようとしていた1946年当時においてさえ、捕虜の権利についての国際社会の意識はこの程度のものだったのです。
正規兵は戦闘行為開始からの全ての行為について、無条件で捕虜としての保護が与えられるとか、捕獲した敵対者を処刑する為には裁判が絶対必要だとか、そんな概念は所詮、現代の価値観で過去を判断するものに過ぎません。
国際法学者の学説としては正しいかも知れませんが、歴史の見方としては不適切です。
さて、今日はここまでです。
明日は犯罪の成立要件についてお話ししますのでお楽しみに。
それから、国際連盟第100回理事会で「南京大虐殺」非難決議がされなかった件についても追求させてもらいますので、前もって理論武装をしていて下さい。
これは メッセージ 8716 (nmwgip さん)への返信です.
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