南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 城内・安全区外(b)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/01/23 22:51 投稿番号: [8596 / 41162]
> どさくさに紛れて根拠の示せない話を書くのは感心しません。
> 攻略戦自体による市街地の破壊は少なく、市街の焼失は占領後の
> 放火(あるいは失火もあるか)によることは、委員会側、日本側とも
> 共通の認識です。

  貴方こそ根拠の無いことを言ってはいけません。
>
(1)榊原主計証人(上海派辻軍参謀)は、放火・火災について次のように供述している。
「南京大虐殺事件資料集」青木書店   第1巻、p258
「戦場で戦術としての放火は、支那軍でも日本軍でもやった。殊に支那軍の退却前に為す放火は、各地で相当な被害があり、此の為、日本軍の進撃又は占領後の宣撫工術(作)に支障を来しました。
  南京で火事があったと言うのも、日本軍の占領前のことで、占領後には大規模な火事はなかった。自分が知っている範囲では、極く小部分が焼失して居たのみで、大部(分)の市街は焼けて居ない。
夫子廟附近にしろ、その他の中心地にしろ、戦前の儘残って居るのは、現地を見れば明瞭であります。之を東京のそれに比較したら、物の数でもない。」
<
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Himawari/9729/uso5.htm

  日本側にそんな認識はありません。
  占領後の放火・失火は、件数はともかく規模はごく小部分というのが日本側の認識です。
  1件や2件、自軍兵士による放火を憶測した兵士が日本軍にいたからといって、大規模な焼き払いが行われたということにはなりません。

> 廃墟になったところには人がいられないから、そこから逃れて安全区に入ったのだ、
> という推理をするために、なんで現に廃墟であるところに人がいることを確認しなく
> てはならないのですか。

  誰もいないところから、誰も逃げ出してくることはできないからですが。
  それとも、ラーベはもっと直接的に難民流入の事実を掌握していたと言うのですか?
  城内・安全区外の廃墟から安全区へ難民が流入してきたと結論付けるためには、自分が廃墟から来たという信頼の置ける証言を得るか、廃墟から安全区へ流入する難民を観測するか、廃墟の難民の減少とそれに見合う安全区内の難民の増加を観測しなければなりませんが。

> そこにいなくなった人が逃げてきたのですから、そこに人がいてはおかしいのです。

  はい、また仮説の使い分けをしていますね。
  貴方は、安全区の人口が増えたとは言えないと言っているのですよ。
  「逃げてきた」というのは、何処から何処へ逃げてきたと言うのですか。
  安全区へ逃げてきたのであれば、安全区の人口が増加しなければおかしいでしょう。
  それとも、安全区の人口は増加した、が貴方の論述の前提条件なんですか?

> それを言っちゃうと、「人口が減少したことを否定できない」と言うのも同様に
> 正しいわけです。

  そして誰も人口の減少を認識していないというのが事実です。
  この差は大きいと思いますがね。

> この司令官布告の出所を示して下さい。
> 確認したいと思います。

  No.8418にて既出ですが

>
『南京安全地帯の記録』第23号   布告
  本司令官は12月24日より、全ての難民と市民に対し良民証を発給する。これは居住と就労の便宜だけのためのものである。・・・この調査の後には良民証を持たない者の南京城内居住は許されない。・・・
  昭和12年12月22日
  日本陸軍   南京憲兵司令官
(『南京安全地帯の記録』完訳と研究   冨澤繁信著   展転社より抜粋)
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