ラーベの功績を讃える人は多い
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/01/15 09:40 投稿番号: [8360 / 41162]
>同盟通信・前田雄二記者の証言
「虐殺とは戦争に関係ない住民や婦女子をむげに殺害することだろう。
当時欧米の記者が報道し、国内で問題化したのは捕虜の大量殺害と
市民への暴行、殺人の多発だ。
東京裁判、南京裁判で告発されたのは、無抵抗の軍人、市民の虐殺。
今もあったと言われ、研究の対象にもなり、教科書にも記載されているのも
軍人、市民の殺害であって、市民殺害だけではない。
>この地区の情報はちくいち私たちの耳目に入っていたのだ。
こういう中で、万はおろか、千、百、あるいは十をもって数えるほどの虐殺など行われようはずがない。
もしあれば、私たちが見逃すはずがない」
中国側の見解でさえ、「安全区内で大虐殺があった」とは言ってない
大部分が城壁外で行われたと主張している。
日本の研究者でも、安全区内で大量殺害が行われたと主張するものは
いない。
誰も主張していないものを前田氏が見ていないということであって、
別に不思議はない。
>>何のための対比かを考えると、「中略」で済ませるべきところじゃあないだろう。
>「数千人」とか「5万人から6万人」の犠牲者と対比するには、「中略」で済ませて十分だよ。
単にガセネタの引用元が発言の不整合を強調するためにこの部分を
カットしていただけだと推測するが。 真相は?
でりちゃんも元の資料を見ていないからごまかされただけではないのかな?
>>多分、1938年1月14日付のマイアー、ジーメンス社社長への手紙の写
>>しをドイツ外務省が保管している分のことと思います。
>「速記録第五九号」『南京大残虐事件資料集 第一巻』一六六─一六七頁。検察側書証として提出された「一九三八年一月十四日付の、上海総領事宛のジョン・ラーベの手紙」には次のように記されている。
同じものだということは確認した。
内容は1月3日付のW・マイアーからの書簡に対する1月14日付の返信で、
上海総領事気付で送られたものだ。
これを東京裁判速記録は総領事宛という前提で翻訳している。
>大体、ラーベが、安全区内の自宅に、龍大佐と周大佐を潜伏させていたこと自体が、「ラーベ」=「支那軍の工作員」の証だろ。
「窮鳥懐に入らば」というのは洋の東西を越えた人道主義というものだ。
かつて孫文が日本に身を寄せていたり、ビハリ・ボースが日本に身を寄せて
いたりしたこともある。
ユダヤ難民に便宜を図った杉原千畝がシオニズムの工作員というわけでも
ないだろう。
義に感じて行動する人は古今東西どこにでもいるし、歴史と言うほど
大げさでなくても、我々の社会はそう言うことの積み重ねで成り立って
いるわけよ。
>よく分からんが、ラーベが、一方の出来事だけ聞いて肩入れしていたのは紛れもない事実じゃん。
シャルフェンベルクは日本軍の残虐行動があったこと自体はまったく疑って
おらず、事実と認識していたことが理解してもらえればそれでよろしい。
>>今日では「南京事件」について語ることを禁じたナチスよりも、
>>難民の保護に奔走したラーベの方が「義の人」として讃えられて
>>いるわけだ。
>共産支那からね。
台湾でもドイツでもそうだしね、どこでもこの話を知っている人はそうだよ。
http://www.moreorless.au.com/heroes/
「発言を禁じたナチスが正しかった」と言う論評は他で聞いたことがない。
これはでりちゃんのユニークな見解みたいだね。
「虐殺とは戦争に関係ない住民や婦女子をむげに殺害することだろう。
当時欧米の記者が報道し、国内で問題化したのは捕虜の大量殺害と
市民への暴行、殺人の多発だ。
東京裁判、南京裁判で告発されたのは、無抵抗の軍人、市民の虐殺。
今もあったと言われ、研究の対象にもなり、教科書にも記載されているのも
軍人、市民の殺害であって、市民殺害だけではない。
>この地区の情報はちくいち私たちの耳目に入っていたのだ。
こういう中で、万はおろか、千、百、あるいは十をもって数えるほどの虐殺など行われようはずがない。
もしあれば、私たちが見逃すはずがない」
中国側の見解でさえ、「安全区内で大虐殺があった」とは言ってない
大部分が城壁外で行われたと主張している。
日本の研究者でも、安全区内で大量殺害が行われたと主張するものは
いない。
誰も主張していないものを前田氏が見ていないということであって、
別に不思議はない。
>>何のための対比かを考えると、「中略」で済ませるべきところじゃあないだろう。
>「数千人」とか「5万人から6万人」の犠牲者と対比するには、「中略」で済ませて十分だよ。
単にガセネタの引用元が発言の不整合を強調するためにこの部分を
カットしていただけだと推測するが。 真相は?
でりちゃんも元の資料を見ていないからごまかされただけではないのかな?
>>多分、1938年1月14日付のマイアー、ジーメンス社社長への手紙の写
>>しをドイツ外務省が保管している分のことと思います。
>「速記録第五九号」『南京大残虐事件資料集 第一巻』一六六─一六七頁。検察側書証として提出された「一九三八年一月十四日付の、上海総領事宛のジョン・ラーベの手紙」には次のように記されている。
同じものだということは確認した。
内容は1月3日付のW・マイアーからの書簡に対する1月14日付の返信で、
上海総領事気付で送られたものだ。
これを東京裁判速記録は総領事宛という前提で翻訳している。
>大体、ラーベが、安全区内の自宅に、龍大佐と周大佐を潜伏させていたこと自体が、「ラーベ」=「支那軍の工作員」の証だろ。
「窮鳥懐に入らば」というのは洋の東西を越えた人道主義というものだ。
かつて孫文が日本に身を寄せていたり、ビハリ・ボースが日本に身を寄せて
いたりしたこともある。
ユダヤ難民に便宜を図った杉原千畝がシオニズムの工作員というわけでも
ないだろう。
義に感じて行動する人は古今東西どこにでもいるし、歴史と言うほど
大げさでなくても、我々の社会はそう言うことの積み重ねで成り立って
いるわけよ。
>よく分からんが、ラーベが、一方の出来事だけ聞いて肩入れしていたのは紛れもない事実じゃん。
シャルフェンベルクは日本軍の残虐行動があったこと自体はまったく疑って
おらず、事実と認識していたことが理解してもらえればそれでよろしい。
>>今日では「南京事件」について語ることを禁じたナチスよりも、
>>難民の保護に奔走したラーベの方が「義の人」として讃えられて
>>いるわけだ。
>共産支那からね。
台湾でもドイツでもそうだしね、どこでもこの話を知っている人はそうだよ。
http://www.moreorless.au.com/heroes/
「発言を禁じたナチスが正しかった」と言う論評は他で聞いたことがない。
これはでりちゃんのユニークな見解みたいだね。
これは メッセージ 8321 (deliciousicecoffee さん)への返信です.