屁理屈と如何様に辟易、蒋介石に認識なし
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/09/04 20:57 投稿番号: [7346 / 41162]
>編集ミスだな、こいつぁ
>「まーた、性懲りもなく一度論破されたことを繰り返していやがる」
>と、思ったもんだから半年以上も前の ↓これを使い回しした (^┰^)
>・・・
ハァ?
9月1日の俺の投稿に対する9月2日のオマエのレスなのに、「>」マークを付けた後に去年の軍事カテの俺の投稿をコピペする訳ないだろ?
それに、論破されたのはオマエだ!
>ミスを認めた上、次のように訂正しよう。
ミスじゃなく、如何様だろ!
レスする時に、「>」マークを付けたら、そこに突然、相手の去年の別トピの文を貼り付けることは有り得ない。
【広州などへの爆撃のこと】ではイチャモンを付け難いから、【広州爆撃のこと】と書いた俺の去年の別トピの文を貼り付けたんだろ。
そもそも、それ自体が重箱の隅っこを突っ突くような揚げ足取り・屁理屈であり、時間と労力の無駄なのだ。
『日本国民に告げる書』は、蒋介石が日本軍による南京市民虐殺を認識していなかった明白な証拠なのだ。
『日本国民に告げる書』で蒋介石は、「八月十三日に上海を進犯す」と述べたが、8月13日に上海を大軍で攻撃したのは蒋介石自身だ。
更に蒋介石は日本軍による毒ガス使用を非難するが、違法毒ガスを使用したのは支那軍であり、『日本国民に告げる書』を発表したほんの少し前の1938年6月20日頃にも支那軍は山西で違法毒ガスを使用し付近の住民を巻き添えにしたばかりだった。
『日本国民に告げる書』は、次に日本軍占領地区における無辜の良民及負傷兵士の大規模殺戮を非難するが、これも事実は全く逆だ。
例えば、日本軍が占領し、支那軍の攻撃から開放された上海には、支那軍が戻って来た南京などから大勢の市民が避難して来たのだ。
そして、日本軍が南京を占領すると、今度は上海などから多くの市民が南京に戻って来て南京の人口は増加に転じたのだ。
支那事変が始まってから、日本軍は半年間で北京などの北支や上海・南京など揚子江流域の大半の主要都市を占領したが、いずれの地域でも日本軍占領前より治安は改善されたのが史実だ。
満州事変以降、年間百万人を超す支那人が満州国へとなだれ込んだ事実だってある。
その次に『日本国民に告げる書』で蒋介石は日本軍による広州などへの爆撃を非難する。
しかし、最も悪質で被害も大きかった爆撃も支那軍による上海の市街地爆撃だった。
上海で戦争を始めたのも、違法毒ガスを使用したのも、支配地(占領地)で暴虐・悪逆の限りを尽くしたのも、爆撃で多大な犠牲者を出したのも、全て蒋介石の支那軍なのに、支那はその都度自分たちの暴虐・悪逆を日本軍の仕業に転嫁して宣伝した。
蒋介石の『日本国民に告げる書』は、国民党や外国人工作員が常日頃から行なっていた嘘・デタラメを羅列する低俗で卑劣な宣伝工作を凝縮したものに過ぎない。
この低俗で卑劣な宣伝文書を読んで、蒋介石が日本軍による南京市民の大規模虐殺を認識していたと言い張る奴は脳タリンだ。
当時の日本国民や支那人や外国人が読んでも誰もそんなことは思わなかった。
更に、目的が全く違う『終戦の詔勅』と比較して屁理屈を言う神経には唖然とするしかない。
同じように、スマイスの戦争被害調査では、市部調査の死亡原因は「事故」と「戦争」の二者択一であり、農村調査の死亡原因は結果として「暴行」と「病死」の2通りしかなくなったので、日本軍による南京市民虐殺人数なんて全く判らないのだ。
重箱の隅っこを突っ突くような揚げ足取りやトンデモ屁理屈によって無駄な時間と労力を費やすのは、もうウンザリだ。
今回、オマエが如何様をしたので潮時だと判断した。
>「まーた、性懲りもなく一度論破されたことを繰り返していやがる」
>と、思ったもんだから半年以上も前の ↓これを使い回しした (^┰^)
>・・・
ハァ?
9月1日の俺の投稿に対する9月2日のオマエのレスなのに、「>」マークを付けた後に去年の軍事カテの俺の投稿をコピペする訳ないだろ?
それに、論破されたのはオマエだ!
>ミスを認めた上、次のように訂正しよう。
ミスじゃなく、如何様だろ!
レスする時に、「>」マークを付けたら、そこに突然、相手の去年の別トピの文を貼り付けることは有り得ない。
【広州などへの爆撃のこと】ではイチャモンを付け難いから、【広州爆撃のこと】と書いた俺の去年の別トピの文を貼り付けたんだろ。
そもそも、それ自体が重箱の隅っこを突っ突くような揚げ足取り・屁理屈であり、時間と労力の無駄なのだ。
『日本国民に告げる書』は、蒋介石が日本軍による南京市民虐殺を認識していなかった明白な証拠なのだ。
『日本国民に告げる書』で蒋介石は、「八月十三日に上海を進犯す」と述べたが、8月13日に上海を大軍で攻撃したのは蒋介石自身だ。
更に蒋介石は日本軍による毒ガス使用を非難するが、違法毒ガスを使用したのは支那軍であり、『日本国民に告げる書』を発表したほんの少し前の1938年6月20日頃にも支那軍は山西で違法毒ガスを使用し付近の住民を巻き添えにしたばかりだった。
『日本国民に告げる書』は、次に日本軍占領地区における無辜の良民及負傷兵士の大規模殺戮を非難するが、これも事実は全く逆だ。
例えば、日本軍が占領し、支那軍の攻撃から開放された上海には、支那軍が戻って来た南京などから大勢の市民が避難して来たのだ。
そして、日本軍が南京を占領すると、今度は上海などから多くの市民が南京に戻って来て南京の人口は増加に転じたのだ。
支那事変が始まってから、日本軍は半年間で北京などの北支や上海・南京など揚子江流域の大半の主要都市を占領したが、いずれの地域でも日本軍占領前より治安は改善されたのが史実だ。
満州事変以降、年間百万人を超す支那人が満州国へとなだれ込んだ事実だってある。
その次に『日本国民に告げる書』で蒋介石は日本軍による広州などへの爆撃を非難する。
しかし、最も悪質で被害も大きかった爆撃も支那軍による上海の市街地爆撃だった。
上海で戦争を始めたのも、違法毒ガスを使用したのも、支配地(占領地)で暴虐・悪逆の限りを尽くしたのも、爆撃で多大な犠牲者を出したのも、全て蒋介石の支那軍なのに、支那はその都度自分たちの暴虐・悪逆を日本軍の仕業に転嫁して宣伝した。
蒋介石の『日本国民に告げる書』は、国民党や外国人工作員が常日頃から行なっていた嘘・デタラメを羅列する低俗で卑劣な宣伝工作を凝縮したものに過ぎない。
この低俗で卑劣な宣伝文書を読んで、蒋介石が日本軍による南京市民の大規模虐殺を認識していたと言い張る奴は脳タリンだ。
当時の日本国民や支那人や外国人が読んでも誰もそんなことは思わなかった。
更に、目的が全く違う『終戦の詔勅』と比較して屁理屈を言う神経には唖然とするしかない。
同じように、スマイスの戦争被害調査では、市部調査の死亡原因は「事故」と「戦争」の二者択一であり、農村調査の死亡原因は結果として「暴行」と「病死」の2通りしかなくなったので、日本軍による南京市民虐殺人数なんて全く判らないのだ。
重箱の隅っこを突っ突くような揚げ足取りやトンデモ屁理屈によって無駄な時間と労力を費やすのは、もうウンザリだ。
今回、オマエが如何様をしたので潮時だと判断した。
これは メッセージ 7317 (ja2047 さん)への返信です.