客観的事実
投稿者: inter_national_21th 投稿日時: 2005/07/02 17:35 投稿番号: [6332 / 41162]
1937年12月13日、日本軍(中支方面軍)は、南京を占領した。中山城の城壁には、日の丸がひるがえった。
6つの王朝の古都である南京は火の海に沈み、人間の地獄となった。人間の仕業と思えない大虐殺がは
じまった。南京の街角のいたるところに屍が横たわり、血は海のように流れた。
普通の市民も、捕虜も婦人であれ子どもであれ、みな日本軍の屠殺の対象になった。銃で殺し、銃剣で
殺し、首を斬り、生き埋めにし、腹を切り裂いた。およそ殺人鬼が考えうる殺人方法は、日本軍はすべて
使った。日本軍は多くの中国人を口ープで縛り、集団殺戮を行った。人の山にガソリンをまき、火をつけ
焼き払った。非道な日本兵はそばに立ち、火の中で手足を痙攣させ、苦悶しながら死んでいく人々を笑
って見ていた。南京大虐殺は、世界中に大きなショックを与えた。
人類の文明史上、日本軍の「100人切り競争」ほど世間を震憾させたものはなかった。ふたりの日本軍
少尉は105人と106人の中国人を殺した後も、まだ勝負をやめようとはしなかった。彼らは血のついた日
本刀を拭きながら、150人の中国人を殺すことを目標に決めた。この「競争」の犠牲者の多くは、一般民
衆であった。日本軍は、6週間に30万人を殺害して世界中に大きなショックをあたえた。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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