暴虐支那軍による上海大虐殺と渡洋爆撃
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/05/22 00:58 投稿番号: [5755 / 41162]
>「我海軍機長駆南京へ/空軍根拠地を爆撃す/敵に甚大の損害を与える」
>「我海軍機は長躯南京を襲撃/午後2時から3回に渡り南京付近支那空軍基地に多大な損害を与えた」(東京朝日新聞)
>「世界戦史 空前の渡洋爆撃」(雑誌日の出(新潮社発行)
支那は、上海に12万の大軍を送り込み、8月12日には国際租界の日本人居留区を包囲した。
一方、日本軍で上海にいたのは海軍の陸戦隊わずか「4千」のみで、とても支那の大軍を相手に出来ない。
8月13日、支那軍は上海で攻撃を開始。
翌8月14日には上海市街を爆撃し、キャセイホテルとパレスホテルの間で死者729名、負傷者861名、エドワード7世通りとドモンティグニイ通りの交差点で死者1012名、負傷者1007名を出した。
あまりの暴虐さに日本政府は「暴支膺懲」を宣言し、海軍は台風の中にも拘わらず、日本本土から直接爆撃機を飛ばして、南京などにあった支那軍の飛行場や前線基地を叩き、日本人の命を永らえさせた。
これが世に言う「渡洋爆撃」!
第二次上海事変を始めたのは支那軍だ。
そして、1945年まで長く長く続く戦争の始まりだった。
これは メッセージ 5705 (yominokuni56 さん)への返信です.
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