>腰狙撃ち
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/05/05 09:15 投稿番号: [5293 / 41162]
>これは緊急時対応の射撃教範で有り当然の事です。
ところが、そもそも軽機関銃の腰狙射撃は不可能であると主張する人が結構いるのですね。
この軽機関銃の腰狙射撃話が話題になったのは、
『南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて 元兵士102人の証言』
が出版され、テレビで紹介された時だったのですが、
この本が下関の殲滅戦の情景を「虐殺」として紹介してしまったものだから、
「軽機関銃の腰狙射撃は不可能である」という変な合唱が起こってしまった。
普通に戦記として出てくれば、そんな話にならなかったと思うのですけどね。
「虐殺」という言葉が入った途端に、思いつきで発言する人がどっと群がってくるのです (−−;
>小銃、軽機関銃等は主力の戦いが終わった後の掃討作戦、治安維持に使います。
「虐殺」と呼ばれる事柄は、当然主力の決着がついた後に行われたわけで、
日本軍としては掃蕩戦、治安確保のための行動として実行したわけです。
>南京で大虐殺?を機関銃や銃や日本刀で殺害したと言われていますが物理的に考えて^^不可能だと思います。
総勢力20万の日本軍が2ヶ月がかりでやったという主張は、「物理的に不可能」ではないのです。
要は、30万殺害という信頼すべき記録があるかどうかです、・・これが信憑性がない。
私は実際には戦死者を含めて10〜15万人の犠牲だったのではないかと思っています。
>ナチのように騙して収容所に連れ込みガス、毒殺で殺害しそのまま焼き尽くす非常に合理的です。これだと大量の殺害も可能です。
ホロコースト否定論の人は逆の主張をするんですね。
大量殺害が目的なら、なんでそんなガス室なんて手間のかかることをするんだ、と。
効率だ理由だということで起きたとされることを否定しちゃうとどんな理屈でもつく。
>もしその時5千人殺害したとしてもその後の遺体処理だけでも重機類の無い時代膨大な人的労力が要ります。
幕府山事件の時は殺害後にだいぶ労力を投入したようです。
山田旅団長の日記では二日に亘り隊総力で死体の始末をしたとありますし、
兵士の日記を見ても65連隊中のかなりを投入して二日に亘って死体の始末をしたようです。
実際に発生した死体の総数が正確に幾らであったのかは記録されていませんが、
山田支隊の捕虜総数で1万5千〜2万と推定されていますので、これ以下です。
ところが、この幕府山付近での大量殺害と思われるものが、
中国側では草鞋峡の5万7千人、延子磯の5万人の虐殺として記録されているのですね。
日本側記録から辿ると、最大2万人、数千と推定する人もある大量殺害が、
中国側記録によれば10万人以上ということになる。
私は、このあたりの実態と中国側の数字の差が、
そのまま南京事件全体の実態と中国側の言う犠牲者30万の差に繋がっているのではないかと思うのです。
ところが、そもそも軽機関銃の腰狙射撃は不可能であると主張する人が結構いるのですね。
この軽機関銃の腰狙射撃話が話題になったのは、
『南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて 元兵士102人の証言』
が出版され、テレビで紹介された時だったのですが、
この本が下関の殲滅戦の情景を「虐殺」として紹介してしまったものだから、
「軽機関銃の腰狙射撃は不可能である」という変な合唱が起こってしまった。
普通に戦記として出てくれば、そんな話にならなかったと思うのですけどね。
「虐殺」という言葉が入った途端に、思いつきで発言する人がどっと群がってくるのです (−−;
>小銃、軽機関銃等は主力の戦いが終わった後の掃討作戦、治安維持に使います。
「虐殺」と呼ばれる事柄は、当然主力の決着がついた後に行われたわけで、
日本軍としては掃蕩戦、治安確保のための行動として実行したわけです。
>南京で大虐殺?を機関銃や銃や日本刀で殺害したと言われていますが物理的に考えて^^不可能だと思います。
総勢力20万の日本軍が2ヶ月がかりでやったという主張は、「物理的に不可能」ではないのです。
要は、30万殺害という信頼すべき記録があるかどうかです、・・これが信憑性がない。
私は実際には戦死者を含めて10〜15万人の犠牲だったのではないかと思っています。
>ナチのように騙して収容所に連れ込みガス、毒殺で殺害しそのまま焼き尽くす非常に合理的です。これだと大量の殺害も可能です。
ホロコースト否定論の人は逆の主張をするんですね。
大量殺害が目的なら、なんでそんなガス室なんて手間のかかることをするんだ、と。
効率だ理由だということで起きたとされることを否定しちゃうとどんな理屈でもつく。
>もしその時5千人殺害したとしてもその後の遺体処理だけでも重機類の無い時代膨大な人的労力が要ります。
幕府山事件の時は殺害後にだいぶ労力を投入したようです。
山田旅団長の日記では二日に亘り隊総力で死体の始末をしたとありますし、
兵士の日記を見ても65連隊中のかなりを投入して二日に亘って死体の始末をしたようです。
実際に発生した死体の総数が正確に幾らであったのかは記録されていませんが、
山田支隊の捕虜総数で1万5千〜2万と推定されていますので、これ以下です。
ところが、この幕府山付近での大量殺害と思われるものが、
中国側では草鞋峡の5万7千人、延子磯の5万人の虐殺として記録されているのですね。
日本側記録から辿ると、最大2万人、数千と推定する人もある大量殺害が、
中国側記録によれば10万人以上ということになる。
私は、このあたりの実態と中国側の数字の差が、
そのまま南京事件全体の実態と中国側の言う犠牲者30万の差に繋がっているのではないかと思うのです。
これは メッセージ 5292 (kaka8950jc さん)への返信です.