>もういいよ 了解
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/04/29 07:42 投稿番号: [5148 / 41162]
>もういいよ、谷中将の発言の件は。
「谷申弁書」について言えば、どこまで行っても、
「私がやったのではない、中島部隊のことと聞いている、中島部隊とは共謀していない」
ということを繰り返し訴えているに過ぎない。
>「これを南京大虐殺の証拠証言と見なすのは無理がありすぎ。」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9
oa29ta4n13&sid=1143582&mid=5048ということについては、私は最初からそういう主張はしていないということでご了解下さい。
>君が決して自分の間違いを認めない人間だと分かったから。
私だけじゃあなくて、していない間違いは認めないのが常識ある人間の行動だ。
>それから資料をありがとう。
ただ、内容については、失礼だが多々疑問が残るな。
完璧な記録はないし、相当完全な記録であっても、単独で取り上げれば疑問を挟む余地はいくらでもある。
他の記録や証言と互いに支え合って歴史資料というものは成り立っていると言うことです。
岡村手記について言えば、「市民への略奪暴行などの多発」、「捕虜殺害の多発」ということを
事実として把握していたという内容であり、「市民数十万を殺害した」などとは把握していない。
これは安全区の外国人委員達の記録の内容とか、日本軍の戦闘詳報の記録内容と一致しているわけです。
一致していると言いにくいのは、戦後の東京裁判や南京裁判で検察側の訴えた
「犠牲者総数30万以上にのぼる大虐殺」という像との関係なのですね、
ここで一つの飛躍というか、離陸というか、イメージの拡大があったことは否定しません。
私は、1937年の末か38年の年明け早々に、南京事件が世間に発覚した段階で、
第三国の調査団を入れて関係者の処分をしていれば、何も問題はなかったと思うのですね。
そうすれば「民間人を中心に何十万もの虐殺」というような評価が定着することもなかっただろうし、
今また無謀な全否定論がまかり通って、国際的に「日本人は卑怯な国民である」という
印象を振りまくこともなかっただろうと。
当時の日本軍の姑息な隠蔽体質が、ここまで問題をこじらせた第一の原因であると思います。
隠蔽体質が壊滅的な悪評を招くというのは、最近でも某自動車メーカーが証明して見せた
とおりなのですが・・・
これは メッセージ 5126 (nmwgip さん)への返信です.
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