>日本兵の日記をどう説明されます?
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/12/14 20:30 投稿番号: [4206 / 41162]
>#あなたもお気付きと思いますが。
>#念のために資料をどうぞ。
>#当時の日本兵の日記です。弁解の余地無しです。
>「12月19日
…日本軍がまた我先にと進入し…お構いなしに強奪してゆく。…結極ずうずうしい奴が得というのである。
虐殺なんて全然ありませんね。
これは虐殺がなかったことの証拠ですね。
かっぱらいがあったのは知っていますよ。
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1937年12月20日
・松井日記原本
「尚聞く所城内残留内外人は一時不少恐怖の情なりしか我軍の漸次落付くと共に漸く安堵し来れり一時我将兵により少数の奪掠行為(主として家具等なり)強姦等もありし如く多少は已むなき実情なり」
1937年12月27日
・通達文
「南京で日本軍の不法行為があるとの噂だが、入城式のときも注意したごとく、日本軍の面目のために断じて左様なことあってはならぬ。ことに朝香宮が司令官であられるから、いっそう軍規風紀を厳重にし、もし不心得者があったなら厳重に処断し、また被害者に対しては賠償または現物返還の措置を講ぜられよ」
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>#以下は便衣兵『容疑者』の処刑ついて。
便衣兵の処刑があったことも事実ですよ。
便衣兵の処刑は虐殺ではありませんよ。
中には便衣兵ではない者も含まれていたかも知れませんが、責任は市民に紛れ込んだ支那軍にあります。
>#また、スマイスの統計からは、
>#一般人の巻き添えが数千人ということも読み取れます。
>#(スマイスは、誇張して一万人以上などと言っていますが。)
スマイス調査は、南京における日本軍による市民虐殺を1人も証明していません。
スマイス調査は、南京市民の犠牲者数を調査した訳であり、日本軍による犠牲者数を示した訳ではありません。
犠牲者の大半は、支那軍によるものと考えるのが自然です。
これは メッセージ 4191 (misakikazejp さん)への返信です.
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