日本兵の日記をどう説明されます?
投稿者: misakikazejp 投稿日時: 2004/12/13 08:05 投稿番号: [4191 / 41162]
#あなたもお気付きと思いますが。
#念のために資料をどうぞ。
#当時の日本兵の日記です。弁解の余地無しです。
「12月19日
…日本軍がまた我先にと進入し…お構いなしに強奪してゆく。…結極ずうずうしい奴が得というのである。
その一番好適例として
…中に入りてみれば政府主席の室(撤退前には蒋介石がいた部屋)から何からすっかり引かきまわして、目星のつくものは…みな持ってゆく。
予は15日入城後、残物を集めて一の戸棚に入れ封印してあったがだめである。翌々日入りて見れば、…これはと思ったものは皆無くなりて居る。金庫の中でも入れねば駄目…
日本人は物好きである。…ただ見物だけならば可なるも、何か目につけば直ちにかっぱらってゆく。兵卒の監督位では何もならぬ。堂々たる将校様の(中島の戦利品(笑)に対する)盗人だから真に驚いたことである。」
(中島第16師団長の日記を、現代かな遣いに改め)
#中島は後日、戦利品を私物化して日本に送ってたことが発覚。
#まさに皇軍の面汚し。戦死によって彼の罪はあがなわれたのだろうか?
#以下は便衣兵『容疑者』の処刑ついて。
「真実は分からないが、哀れな犠牲者が多少含まれているとしても、致し方のないことだろう」
(第9師団水谷上等兵の日記)
#また、スマイスの統計からは、
#一般人の巻き添えが数千人ということも読み取れます。
#(スマイスは、誇張して一万人以上などと言っていますが。)
これは メッセージ 4188 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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