大量餓死で「英霊」を増産した日本軍(2)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/01 15:30 投稿番号: [40990 / 41162]
餓死
という言葉で
まず思い浮かぶのは、ガダルカナルでの
餓死者の大量発生であり、ガ島は
「餓島」
と揶揄されるほど
これは
ひじょうに有名な
事実だ。
1942年8月から43年1月にかけてのガダルカナル戦は、
太平洋戦争での米軍反攻による戦局転換のきっかけになった。
ガダルカナル戦は、この島に日本海軍が建設した航空基地を、
上陸・急襲した
米軍の海兵一個師団が占領し、
それを奪還しようとする日本軍との間で
戦われた攻防戦だ。
日本軍は、すでに制海・制空権を奪われていたにも係わらず、
飛行場奪回のために、次々と
陸軍の部隊を島に送り込んだ。
兵員・物資の輸送もままならず、かろうじて上陸した部隊も
補給が途絶している上に、利用すべき現地物資も皆無に近く、
餓死者続出の
惨状をもたらした。
半年後、装備を捨てて
生き残った人員だけを
かろうじて
撤退させることになった。
この敗退を
大本営は
国民に
「転進」
と発表したが、日本軍敗退の
第一歩となった。
ガダルカナル撤退を指揮したラバウルの第八方面軍司令官の
今村均大将は、その回顧録に
次のように
記している。
五ヶ月以前、大本営直轄部隊として、ガダルカナル島に
進められた
第十七軍の百武中将以下
約三万の将兵中、
敵兵火により斃れた者は約五千、餓死した者は約一万五千、
約一万のみが、救出されたのだ。
そして、自決して責任をとる
と申し出た百武軍司令官を
押し止めた言葉の中でも、次のように言ったと述べている。
今度のガ島での敗戦は、戦によったのではなく、饑餓の
自滅だったのであります。
この飢えはあなたが作った
ものですか。
そうではありますまい。
日本人の横綱に百日以上も食を与えず草の根だけを口に
させ、毎日たらふく食ってる
かけだしの米人小角力に、
土俵のそとに押しだされるようにしたのは、全くわが
軍部中央部の過誤によったものです。
これは、補給と関連なしに戦略戦術だけを研究し教育
していた陸軍多年の弊風が累をなし、既に
制空権を
失いかけている時機に、祖国からこんなに離れた、
敵地に近い小島に、三万からの第十七軍をつぎこむ
過失を、中央は
犯したものです。
今村大将による
この指摘は、まさにガダルカナル敗戦の原因、
餓死者大量発生の責任を
的確に衝く言葉ということができる。
これは メッセージ 40989 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.
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