南京への道(4)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/12/28 20:50 投稿番号: [40958 / 41162]
ハーグ条約には
日本も加入し、1912年に
批准していた。
しかし、欧米諸国の兵と中国人兵士に対する日本軍の認識には
あきらかに異なる位置づけが 存在していた。 1933年に
陸軍歩兵学校が配布した 参考書「対支那軍戦闘法ノ研究」の
「捕虜ノ処置」 の項目には、次のように 書かれていた。
「捕虜ハ 他列国人ニ対スル如ク必ズシモ之レヲ後送監禁シテ
戦局ヲ待ツヲ要セズ」 「兵員ハ浮浪者多ク其存在ヲ確認セラ
レアルモノ少キヲ以テ 仮ニ之レヲ殺害又ハ他ノ地方ニ放ツモ
世間的ニ問題トナルコト無シ」
中国兵捕虜は殺しても世間的に問題にならない、と教育された
日本軍将兵に、中国人蔑視の思想が根付いたのは 当然だった。
さらに、日中戦争が全面化しはじめた時点で出された陸軍次官
通牒「交戦法規ノ適用ニ関スル件」 は、以下のように示した。
「現下ノ情勢ニ於テ帝国ハ対支全面戦争ヲ為シアラザルヲ以テ
『陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約其ノ他交戦法規ニ関スル諸条約』
ノ具体的事項ヲ悉ク適用シテ行動スルコトハ適当ナラズ」
(1937年8月5日付 陸軍次官通牒陸支密第198号)
これにつづいて、「日支全面戦ヲ相手側ニ先ンジテ決心セリト
見ラルル如キ言動(例ヘバ戦利品、俘虜等ヘノ名称ノ使用)」
などはつとめて避けよ と指示していた。
国際法規は 適用しなくてよい、捕虜という位置づけも不要。
このような指示が、とくに 敵愾心にあふれた第一線部隊の
兵士たちが 捕虜を 躊躇なく殺すうえで 免罪符となった。
日本軍の包囲網が完成し、また 防衛軍側が ギリギリまで
「南京固守」 を唱え、退却の判断が 遅れたこともあって、
何万人もの中国兵が 逃げ遅れて 投降することになった。
これに対して 日本軍側には、捕虜収容の用意は なかった。
予想を超える大量の捕虜が発生し、その処置に窮したことが、
大量殺害の直接原因だった。 方面軍司令官松井石根大将は、
南京での捕虜殺害について 次のように 述べている。
捕虜も相当出来たけれども、捕虜に 食はせる物もない。
さういふ状態で 戦闘しつつ捕虜が出来るから
捕虜を始末することができない。
それで ちよん斬つてしまふことになつた。 (中略)
始末が付かぬものだからシャーシャーと射つてしまつたのだ。
その死骸が 川に流れた。 それから問題になつたのだ。
(吉田裕「南京事件と国際法」より)
松井大将の捉えていた「南京事件」 とは、外国権益の侵害と
一般市民に対する 掠奪、暴行、強姦の 軍紀風紀問題であり、
捕虜処分の問題は視野の外だったようだ。 中国兵に限っては、
捕虜として 扱わなくとも、国際法上の犯罪行為にあたるとは
考えなかったことが うかがえる。
しかし、欧米諸国の兵と中国人兵士に対する日本軍の認識には
あきらかに異なる位置づけが 存在していた。 1933年に
陸軍歩兵学校が配布した 参考書「対支那軍戦闘法ノ研究」の
「捕虜ノ処置」 の項目には、次のように 書かれていた。
「捕虜ハ 他列国人ニ対スル如ク必ズシモ之レヲ後送監禁シテ
戦局ヲ待ツヲ要セズ」 「兵員ハ浮浪者多ク其存在ヲ確認セラ
レアルモノ少キヲ以テ 仮ニ之レヲ殺害又ハ他ノ地方ニ放ツモ
世間的ニ問題トナルコト無シ」
中国兵捕虜は殺しても世間的に問題にならない、と教育された
日本軍将兵に、中国人蔑視の思想が根付いたのは 当然だった。
さらに、日中戦争が全面化しはじめた時点で出された陸軍次官
通牒「交戦法規ノ適用ニ関スル件」 は、以下のように示した。
「現下ノ情勢ニ於テ帝国ハ対支全面戦争ヲ為シアラザルヲ以テ
『陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約其ノ他交戦法規ニ関スル諸条約』
ノ具体的事項ヲ悉ク適用シテ行動スルコトハ適当ナラズ」
(1937年8月5日付 陸軍次官通牒陸支密第198号)
これにつづいて、「日支全面戦ヲ相手側ニ先ンジテ決心セリト
見ラルル如キ言動(例ヘバ戦利品、俘虜等ヘノ名称ノ使用)」
などはつとめて避けよ と指示していた。
国際法規は 適用しなくてよい、捕虜という位置づけも不要。
このような指示が、とくに 敵愾心にあふれた第一線部隊の
兵士たちが 捕虜を 躊躇なく殺すうえで 免罪符となった。
日本軍の包囲網が完成し、また 防衛軍側が ギリギリまで
「南京固守」 を唱え、退却の判断が 遅れたこともあって、
何万人もの中国兵が 逃げ遅れて 投降することになった。
これに対して 日本軍側には、捕虜収容の用意は なかった。
予想を超える大量の捕虜が発生し、その処置に窮したことが、
大量殺害の直接原因だった。 方面軍司令官松井石根大将は、
南京での捕虜殺害について 次のように 述べている。
捕虜も相当出来たけれども、捕虜に 食はせる物もない。
さういふ状態で 戦闘しつつ捕虜が出来るから
捕虜を始末することができない。
それで ちよん斬つてしまふことになつた。 (中略)
始末が付かぬものだからシャーシャーと射つてしまつたのだ。
その死骸が 川に流れた。 それから問題になつたのだ。
(吉田裕「南京事件と国際法」より)
松井大将の捉えていた「南京事件」 とは、外国権益の侵害と
一般市民に対する 掠奪、暴行、強姦の 軍紀風紀問題であり、
捕虜処分の問題は視野の外だったようだ。 中国兵に限っては、
捕虜として 扱わなくとも、国際法上の犯罪行為にあたるとは
考えなかったことが うかがえる。
これは メッセージ 40957 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.