◆お粗末な肯定論の限界と大破綻⑤
投稿者: madabakayatuterunokaomae 投稿日時: 2012/12/28 02:24 投稿番号: [40946 / 41162]
7.スマイス報告は日本軍による虐殺の証拠にはならない
南京安全区国際委員会の事務局長であったルイス・S・C・スマイスが南京陥落の3ヶ月後に実施した戦争被害調査「スマイス報告」によると南京市街地(城内)での民間人の被害は、暴行による死者が2400、拉致4200(拉致されたものはほとんど死亡したものとしている)、さらに南京周辺部(城外)での暴行による死者が9160、計15,760人が民間人の被害ということでした。これは「30万人」虐殺説には程遠い数字です。
Q)12月7日に中国軍によって城外の建物が焼き払われ近郊の住民は住む所がなくなり、8日に唐生智司令長官は城内のすべての非戦闘員に対し「難民区」に集結するよう布告し、9日には日本軍が飛行機で「勧告文」を城内に散布したのに、それでも南京城外に9160名もの住民たちは降伏勧告回答期限まで残っていたのでしょうか?
Q)戦闘員ですら軍服を脱ぎ捨てて便衣兵となって安全区に隠れていたのに安全区外に6600名、南京城外に9160名も非戦闘員が残っていたのでしょうか?
Q)ラーベら国際安全委員会がいた安全区で日本軍はどうやって非戦闘員を何百人何千人も虐殺したのでしょうか?
Q)何千人、いや何百人であっても民間人が日本軍に虐殺されたというのなら、日本側が管理している安全区の人口がどうして5万人も増えたのだろう。逆に日本軍を恐れて人口が大量に流出・減少するはずではないでしょうか?
A)私個人の見解ですが、南京周辺部の死者9160名も城内の6600人も、ほぼすべてが中国軍による殺人(清野作戦や徴兵徴用、漢奸狩りなど)と見て良いと考えます。
さらに国民党の外交戦略に基づいて故意に歪められた情報であることも指摘されている。
中間派と呼ばれる秦郁彦氏と板倉由明氏は、日本軍による民間人殺害をスマイス報告による死者数の1/2から1/3と非常に大雑把に結論しています。私は彼らに上記の質問をしてみたいのですが、すでに板倉氏は他界なさっていらっしゃいます。
8.捏造・水増しされた埋葬記録
東京裁判にも書証として提出された二つの「埋葬表」によれば、一九三七年十二月から翌年秋にかけて崇善堂という慈善団体が十一万体、紅卍字会という慈善団体が四万体それぞれ埋葬したという。しかし、本当に十五万体もの死体を埋葬したのだろうか。
『紅卍字会の倍以上の埋葬を行ったはずの崇善堂の名はどの記録にも出て来ない。ベイツがまとめた『南京救済安全区委員会報告書』(一九三九年)にも、南京で埋葬活動をしたと記録されているのは紅卍字会だけであった。そもそも崇善堂の活動内容は「施料(衣料給与)・救恤(寡婦の救済)・哺嬰(保育)」であり「埋葬」は含まれていなかった。しかも市来義道編『南京』(一九四一年、南京日本商工会議所発行)によれば、崇善堂は南京陥落の一九三七年十二月から翌年八月まで活動を停止していた。崇善堂が当時、埋葬作業に従事したとする証拠は存在しないのだ。そもそも崇善堂の埋葬表は、事件から九年経った後の一九四六年に作成されたものであって、一九三八年当時作成されたものではなかった。』
捏造されたのは崇善堂だけではない。「紅卍字会」の埋葬数も不自然なところがあり賃金を多くもらいたいばかりに埋葬数を水増し報告してきた可能性が高いのである。
『以上のことから、紅卍字会の埋葬数は一万前後であり、その素性はほとんどが中国軍の戦死者だと推測できる。』紅卍会の埋葬記録(約4万3千体)には女子供は皆無に近い。※
南京安全区国際委員会の事務局長であったルイス・S・C・スマイスが南京陥落の3ヶ月後に実施した戦争被害調査「スマイス報告」によると南京市街地(城内)での民間人の被害は、暴行による死者が2400、拉致4200(拉致されたものはほとんど死亡したものとしている)、さらに南京周辺部(城外)での暴行による死者が9160、計15,760人が民間人の被害ということでした。これは「30万人」虐殺説には程遠い数字です。
Q)12月7日に中国軍によって城外の建物が焼き払われ近郊の住民は住む所がなくなり、8日に唐生智司令長官は城内のすべての非戦闘員に対し「難民区」に集結するよう布告し、9日には日本軍が飛行機で「勧告文」を城内に散布したのに、それでも南京城外に9160名もの住民たちは降伏勧告回答期限まで残っていたのでしょうか?
Q)戦闘員ですら軍服を脱ぎ捨てて便衣兵となって安全区に隠れていたのに安全区外に6600名、南京城外に9160名も非戦闘員が残っていたのでしょうか?
Q)ラーベら国際安全委員会がいた安全区で日本軍はどうやって非戦闘員を何百人何千人も虐殺したのでしょうか?
Q)何千人、いや何百人であっても民間人が日本軍に虐殺されたというのなら、日本側が管理している安全区の人口がどうして5万人も増えたのだろう。逆に日本軍を恐れて人口が大量に流出・減少するはずではないでしょうか?
A)私個人の見解ですが、南京周辺部の死者9160名も城内の6600人も、ほぼすべてが中国軍による殺人(清野作戦や徴兵徴用、漢奸狩りなど)と見て良いと考えます。
さらに国民党の外交戦略に基づいて故意に歪められた情報であることも指摘されている。
中間派と呼ばれる秦郁彦氏と板倉由明氏は、日本軍による民間人殺害をスマイス報告による死者数の1/2から1/3と非常に大雑把に結論しています。私は彼らに上記の質問をしてみたいのですが、すでに板倉氏は他界なさっていらっしゃいます。
8.捏造・水増しされた埋葬記録
東京裁判にも書証として提出された二つの「埋葬表」によれば、一九三七年十二月から翌年秋にかけて崇善堂という慈善団体が十一万体、紅卍字会という慈善団体が四万体それぞれ埋葬したという。しかし、本当に十五万体もの死体を埋葬したのだろうか。
『紅卍字会の倍以上の埋葬を行ったはずの崇善堂の名はどの記録にも出て来ない。ベイツがまとめた『南京救済安全区委員会報告書』(一九三九年)にも、南京で埋葬活動をしたと記録されているのは紅卍字会だけであった。そもそも崇善堂の活動内容は「施料(衣料給与)・救恤(寡婦の救済)・哺嬰(保育)」であり「埋葬」は含まれていなかった。しかも市来義道編『南京』(一九四一年、南京日本商工会議所発行)によれば、崇善堂は南京陥落の一九三七年十二月から翌年八月まで活動を停止していた。崇善堂が当時、埋葬作業に従事したとする証拠は存在しないのだ。そもそも崇善堂の埋葬表は、事件から九年経った後の一九四六年に作成されたものであって、一九三八年当時作成されたものではなかった。』
捏造されたのは崇善堂だけではない。「紅卍字会」の埋葬数も不自然なところがあり賃金を多くもらいたいばかりに埋葬数を水増し報告してきた可能性が高いのである。
『以上のことから、紅卍字会の埋葬数は一万前後であり、その素性はほとんどが中国軍の戦死者だと推測できる。』紅卍会の埋葬記録(約4万3千体)には女子供は皆無に近い。※